退治屋

 ゴウとヒナノは、道を急ぐ為山の急斜面を跳びながら下っていった。山を生活の場としているセンエの一族は、幼い頃からの訓練により、急斜面でさえ転倒することなく凄まじい速度で下ることが出来る。こんな場所も彼らには、道に変わりない。状況、用途の違いがあるだけで、一族には、山は道にならぬ場所の方が少ない。

 ほどなくして、沢へ辿り着く。川幅は狭いが、そこは紛れもなく四大大河コト川の上流であった。シヨウ山地を北へ下り、アマツ平野に入ると東へ進路を変え海に流れ込む川である。ウダツはその川沿いにある。先を急ぐ二人は、険しいが真っ直ぐに至るその流れに沿っていくことにしたのだ。

 流れる水は速く、両岸はゴツゴツとした岩だらけである。しかし、岩から岩を跳び、時には岩間を行けばそこもまた道になる。

「ねぇ、ゴウはこの山を出て行くとしたら、何がしたい?」

 川幅も広がって流れも緩やかになり、川沿いを通る人の手で造られた道へ辿り着いた頃だった。唐突にヒナノがゴウへ訊いた。

「俺は、ビャクレイって国にある、フソウっていう世界で一番高い山を見たい」

 即答した。それはゴウが前から考えていたことであったからだ。センエの一族は里へ降りて物資を揃えることもある。この前立ち寄った町の初めて立ち寄った草子屋で、たまたまフソウのことを知ったのだった。

「山を出て、違う山を見たいだなんて変わってるよ。ゴウは」

 ヒナノは丸い眼を更に丸くして、口を尖らせて言った。驚きか苛つきなのか。よく分からない顔だ。

「俺は大きなものを見たいんだ」

「どうして?」

「自分が小さいって感じられるから」

「なんでそう感じたいの?」

 ヒナノが矢継ぎ早に訊いてくる。思ったことを口にしてしまう。これが時折大人達を戸惑わせる、彼女らしさでもある。

 その答えを言葉として形作ってなかったゴウは、一間考えた。こんな時、思った言葉を速く繰り出せるヒナノが羨ましいと思う。

「俺は時々感じるんだ。自分がこの大地より大きくて、その全部を操れるんじゃないかって。でも、それはきっと勘違いなんだ。俺が、生まれつき誰よりも力が強いから」

「……ゴウって、すごいね」

 ヒナノはポツリと言った。

「そうかな?」

「私がゴウみたいだったら、力を見せびらかして、威張り散らして、みんなから嫌われてたんだろうな」

「そんなことないよ。ミズキさんが言ってた。癒しの術が得意なのは水の元素に好かれてるからだって。水の元素に好かれるのは、優しいからだって」

「母さんが……でも、私はそんな癒しの術しかまともに使えないしな」

「だけど、誰にも負けない。その歳ですごいよ」

「それ、あんたが言う? やっぱり、ゴウって変わってるよ」

 ヒナノの言葉は不思議だ。なじりながらも、ちっとも嫌な感じはしない。

「そう、俺は変わり者かもしれない」

 ゴウは彼女の言葉を一寸も否定せず受け入れていた。それはゴウが日頃から感じていることでもあるからだ。歳の近い子供と比べても、大人と比べてさえも、自分は人並み外れた怪力だ。馬以上に重い荷物を背負って山道を歩き続けられるなんて、そんなこと出来るのも、したいと思うのも一族でゴウだけだ。でも、それだけではない気がする。感じ方か、頭の中に流れている言葉も違う気がする。だから、口に出して喋るのが遅れてしまうのかもしれない。

「……羨ましい」

 ヒナノがそう呟いた気がした。川音と風の音が混じった悪戯の空耳だったのかもしれない。聞き返すことはしなかった。

「ヒナノは都へいきたいんでしょ?」

 過去に彼女から聞いた記憶がうっすらとあった。

「そ、そう。でも、行きたいのはここアマツ国の都オウキョウだけじゃないよ。ジン大陸全部。サラサって国の千里浜や、テイワの山脈城壁とか、ナンヨウの緋色街道とか、ビャクレイの永凍大樹とか。後、西や南の大陸にも行ってみたい」

「西や南の大陸か。海も渡るんだね」

「そうだよ。航海だってしたい」

「ヒナノ はすごいな」

「私なんて、都へ行きたいただの田舎者だよ。母さんとか大人達に聞いたけど、私ぐらいの歳になると一族を離れて山を出たがる子がよくいるんだってさ。私は普通のセンエの一族の子供だよ」

「そっか……」

 もっと何か言って上げた方が良かったかもしれないと思う。しかし、ゴウはそれしか言葉が出なかった。頭の中に言葉は多くあるのに、どれを選んだら良いか分からない時がある。

 二人はしばらく言葉を交わさず川沿いの道をいった。

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