「とにかく、このまま山で祈りを進めるのは危険だ」

「では、里へ下りますか?」

「うむ。だが、我らは祈りを止める訳にはいかない。里へ下るのは子供の全員と大人の半分だけだ。ここからなら、ウダツの町が近かったな。私の勘じゃその方が色々と都合も良いだろう」

「ウダツ……あの町は今、かなり厄介な魔物悩まされていると聞きますが」

「都合が良い理由の一つはそれだ。魔物が厄介であればあるほど、物好きどもが噂を聞きつけて、多くやってきているはずさ。退治屋がな」

 退治屋。ゴウも聞いたことはある。世の中には魔物を狩ることを生業としている人々がいると。世のしがらみを嫌う者が多く、また人を襲う魔物と相対することから一応に強き者達であると。

「退治屋……ならず者も手練れも多い者達です。その分お金さえあれば、守ってくれるのでしょうが……」

「ああ、そうだ。これさえあればな」

 そう言うと、クレハは懐から山吹色を放つそれを取り出した。金の大粒だった。一族はどよめいた。

「それがあれば、一族の一月分の米が買えるぞ……」

 誰かが呟くのが聞こえた。

「これさえあれば、町へ逃げ込んだ一族の半分に、残って祈りを続ける半分、双方へ用心棒を雇うことが出来るだろう。誰か、先に一走りウダツの町へいってくれないかい?」

 クレハが声を上げるが、すぐさまそれに応える者はいなかった。

「婆様。我らだけでこれを乗り越えられないのでしょうか? この一族の皆は強い。あの賊に加えて手練れの術士が敵方にいたとしても、我らなら……」

 猛者の一人が歩み出て言った。

「ダメだ。私はセンエの一族を誰一人として死なすつもりはない。その為にはより強き者が必要なのだ」

 クレハの語気が強くなった。

「ヒナノ、どうして大人達は退治屋を雇いたくないんだろう?」

 ゴウはヒナノだけに届くように声を小さく抑えた。

「大人達は自分達の強さに誇りを持っているんだよ。あと、あの金の大粒も得体の知れない奴らに上げたくないんじゃないのかな」

「そっか」

 ヒナノはゴウと違った部分で大人達を観察している。自分とはまるで違った角度で見ていて、良い発見になることもある。

「この一族は堕龍人だろうどでもなければ負けることはないのに……」

 その猛者の独り言のような呟きに、クレハは鋭く眼光を飛ばした。それを受けた男は慌てて息を一つ飲み口を固く結んだ。

 堕龍人だろうど。ゴウは初めて聞く言葉だった。しかもそれは、大人達の反応から無闇に口にしてはいけない言葉のようだ。

「もう一度訊く。誰か先にウダツへいってくれる者はいないかい?」

 クレハは再び声を上げた。ゴウの中に湧き立つものがあった。誰もが尻込みをしているならば、ここは物好きの自分にとって好機だ。

「クレハ婆、俺がいくよ」

 そう言いつつ、ゴウはクレハの前に歩み出た。

「な、何言ってるの、ゴウ!」

 大声を上げたのはヒナノだけではなかった。大人達は色めき立っていた。

「ゴウ、何故行きたいんだい?」

「退治屋の中には、俺よりもずっと強い人がいるんでしょ?」

「ああ、そうだね。単純な腕力じゃお前に勝る者は少ないだろうが、戦いの経験や磨かれた技なんかは、上の奴がごろごろいるだろうね」

「なら、それが理由だよ」

「それなら、誰かが用心棒を連れて帰って来るまで待てばいいじゃない?」

 ミズキの言うことは至極真っ当なのだろう。だが、鋭い眼の少年の内は、それでは駄目だと言っていた。ゴウは首を横へ振る。

「俺は、自分でいって、強い色々な人を見たい」

「強い人なら一族にもいるよ。婆様や、他にも強い人はたくさんいる」

「それは分かってるよ。でも、何故かみんな本気で相手してくれないんだ。俺はもっと自分の力を知りたい」

「それは……」

 ミズキは言葉を詰まらせた。しかめた眉が困惑を示しているのは明らかだった。周りの大人達も同じような顔だ。自分はそこまでまずいことを言ったのだろうか? ゴウは不思議に思った。

 クレハは金の大粒を手の平で転がしながら、じっとゴウの瞳を覗き込んだ。まっすぐ見返すその色は深く淀みない黒であった。

「ヒナノ、お前も一緒に行ってやるんだ。交渉ごとはゴウだけでは心許ない。怪我もするかもしれないしね」

「えっ、私も? って……」

「ウダツの町には、お上公認の『請負処うけおいどころ』がある。退治屋が公正に正式に仕事を請負う場所さ。そこでなら、少しは真っ当な退治屋がいるだろう。強い用心棒を見付けたなら、すぐに連れて帰ってきておくれ」

 ゴウもヒナノも行くことに決まってしまったようだった。最早、それに誰も異を唱える者はいなかった。胸のうちでは反対の者も多くいただろう。だが、クレハにはそれを抑え込んでことを先に進めてしまう力があった。図々しさ、豪胆、決断力。呼び名は何でもいいが、長に必要な力である。

「その前にまた賊が攻めて来たら?」

 ヒナノが訊いた。

「また攻めて来るのだとしたら、確実にさっきより強い奴らだろう。その時は、まあ、散り散りになって山の中に逃げるとするよ」

「大丈夫かな……」

「大丈夫。みんな生き残る」

 ゴウは淡々と当たり前のように言った。ヒナノが不思議そうに、何かに不意に突かれたような顔をして頷いた。どうしてこんな顔をするのだろうか、ゴウにとってはそれこそ不思議だったが、納得してくれたならそれで良い。

「さあ、お前達早く支度するんだ。頼んだよ」

 クレハは金の大粒をゴウへ手渡した。ずしりと重い。ゴウは山吹色のそれを漆黒の瞳に写し、一度強く握り締めた。

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