数の違いも相まって、賊の中には旗色が悪いと判断したのか逃げ出す者もいた。

 ミズキの言う通り大した奴らじゃない。ゴウが構えを解こうとした時だった。

 後方で悲鳴と馬の嗎きが上がった。鈍く何かが砕けるような音がそれに混じっていた。骨と肉。聞き分けたくはない音だった。

 ゴウが反射的に目をやると、そこには大男が立っていた。身の丈は六尺五寸は優にある。黒装束に身を包んではいるが、それでも肥大したはち切れんばかりの筋肉であるのが分かる。手には男の身の丈と同じ長さはあろうかと思える金棒が握られていた。その巨大な金棒で薙ぎ払ったのか、大男の足下には一族の者達が横たわっていた。

 ミズキが腕を振り上げた。怒りの形相だった。いつもゴウへ向ける穏やかな顔とまるで違う別人のようだ。大きな魔術を使うつもりだ。

「待って、ミズキさん」

 突然ゴウがミズキの前を遮った。彼の中に湧き上がるものがあった。試したい。これも好機だと。

「何してるの、ゴウ。どきなさい!」

「俺がやるよ」

 ゴウは背の荷を降ろすと、大男へ向かって歩き出した。

「そんな。いくらゴウでも無理だよ」

 ヒナノが不安げに眉をひそめた。

「大丈夫、ヒナノ 。多分、一撃だ」

 そのゴウの言葉は自惚れでも気休めでもなく出たものだった。

 ゴウがゆっくり近付いて行くと、大男もそれに気付いた。

「なんだ、餓鬼。潰されに来たか?」

 大男が凄んで見せてもゴウは怯んだ様子はなかった。男もゴウから何かを感じ取ったのか金棒を頭上に掲げて構えを取った。

 ゴウは素早く踏み込んだ。大男の深い懐へ瞬時に達し、彼は腰を捻り右の拳を突き出した。肉が弾け鳴る。拳へその感触が伝わると同時に、男の巨体は何丈も吹き飛んでいた。

「地の型、正突せいとつ

 ゴウは放ったばかりのその技の名を口にした。地を重く踏み込み、足裏で得た力を膝から腰、更に背中から腕そして拳へと、それぞれの部位を捻転させることにより力を統合して正拳に込めて放つ技である。サンキ地の型の最も基本的な技であるが、個々人の力量によりその破壊力は全く別物になる。それが故に、極まった正突は地の型最強へ至るとも言われる技である。

 吹き飛んだ大男は木の根本に打ち付けられ、ピクリとも動かなかった。ゴウの言葉通り、唯、一撃であった。

 それを見て残った黒装束の賊達も一斉に逃げ出した。森はしばらく賊達の足音で騒がしかった。

「よくやった、ゴウ」

 クレハがゴウの肩を軽く弾くように叩いた。ゴウはそれに応えて静かに頷いた。

「すぐに負傷した者達の治癒を」

 クレハのその指示で一族が皆我に返ったようだった。茫然と開いていた口を閉じてすぐさま動き出した。

 術士が負傷している者の傷口に手をかざす。穏やかな光がその手から放たれて血を止め傷を塞ぎ、腫れがひいていく。

「私も治癒するよ」

 ヒナノが、息も絶え絶えで腹部を押さえ横たわっている男の元へ駆け寄った。拍子の短い足取りで、焦燥感が伝わってくる。ヒナノは思ったことをすぐに口にして自分勝手な印象を持たれるが、殊に傷付いた人々に敏感だ。

「ごめん、ちょっと水かけるよ」

 男の腹部は傷はないが腫れ上がっていた。内臓に損傷があるのかもしれない。ヒナノは、腰帯にぶら下げた竹筒の栓を抜き傾けて中の水を男の腹部にかけると、その上に手をかざした。

水癒すいゆ!」

 ぼんやりとした光が男を包むと共に、水はたちまちその体の中へ染み込んでいった。すると男の呼吸の乱れも治り腹部の腫れもひいていった。

 水癒。水の元素は事物を記憶するという。この魔術はその力を借りて、各々に宿った命の記憶する肉体を再生する。

「おお、すごいな、ヒナノ。ありがとう」

 ヒナノの治癒術はいつ見ても凄い。己の肉体の鍛錬に余念のないゴウもよく怪我をするが、かすり傷程度ならばサッと手を僅かにかざすだけで治してくれる。本人はまるで自覚はないようだが、ヒナノの治癒術は一族でも指折りだと、ゴウは思っている。自分の一つ歳上なだけなのに、これが才覚というやつかと見せつけられる。

「へへっ。大きな怪我にはこの方法で術をかけるのが一番なんだ。ああ、これから血のおしっことか出るかもしれないけど、気にしないでね。治った証拠だから」

「あ、ああ……」

 そんなヒナノの注告に男は苦笑いで応えた。いつもなら年頃の女の子がそんなこと言うもんじゃないと、ミズキに怒られていそうだったが、運良くその耳には届いていなかったようだ。

「粗方負傷者を治癒させたら、すぐにここを離れる」

 賊を退けたばかりなのにクレハは急かしていた。

「婆様、傷が癒えても少し休息が必要かと。今日はここで天幕を張っては?」

 ミズキが進言した。

「ダメだ。あいつらただの賊じゃない。ただの物盗りが全く氣取られずに矢を放てるとは思えないからね」

「何者なのでしょうか?」

「分からん。が、奴らの氣は一斉に突如湧いて出たようだった」

「では、何かの魔術ではないかと。しかも、一斉にとならば、唯一人が放った術だと考えられます。あのように百人を越す者へ同時に施す術ならば、そう何回も行使出来ないはず」

「そうだな。だが、用心に越したことはない。そのような使い手がいるのなら、尚更な」

「賊の目的は何なのでしょうか?」

「今の襲撃はこの一族の力量を推し量る為の様にも思える。しかし、奴らの本来の目的は……」

 クレハは着衣の胸元をグイと握った。クレハの手の内で着衣越しに何かの形が顕になった。ミズキはその仕草で何かを察したようだ。言葉を出しかけて口をつぐんだ。

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