ぐちゃぐちゃにして、ちょっと煮込んで。
孤兎葉野 あや
ぐちゃぐちゃにして、ちょっと煮込んで。
刃物を握った私の前には、切り裂かれた肉片。
だけど、まだ原形が残っている。このままでは済まされない。
握った得物を振り下ろす、振り下ろす、振り下ろす。
研がれた刃が、あるいは金属の重みが、
形あるものを壊し、ぐちゃぐちゃな存在へと変えてゆく。
容赦は無用。ひたすらに切り、叩き、壊し続けるのみだ。
「ねえ、ハルカ。もう何だかよく分からないのになってるけど・・・」
「うん、こういう作り方の食べ物だからね。
よし、十分細かくなったから、ここにお味噌を混ぜて・・・
ほら、これくらいの丸い形にするんだ。」
「ふうん・・・? あ、ちょっといい匂い。」
「そうして、お湯に入れて少し煮込むと・・・
お出汁と一緒に楽しめる、温かくて美味しい食べ物になるんだよ。」
「温かくて美味しい・・・? 気になる気になる!
でも、そのまま焼いても美味しそうなのに、こんな風にするの?」
「確かにちょっと手間はかかるけど、
そのまま焼いて食べるのとは、また違った楽しみがあるんだよ。それに・・・」
「それに・・・?」
「クル、嫌なことがあった時は思いっきり走るって、前に言ってたでしょ?
こうするのも、同じような効果があるんだよ。」
「そうなの?」
「うん、お魚の切り身はもう一枚あるから、やってみる?
この辺りに嫌な気持ちの元があるように考えて、そこをこうやって・・・」
「あっ・・・・・・これ、いいかも。
狩りを邪魔された気分を、ここに叩きつけるんだね。」
「う、うん・・・ただし、包丁とかまな板を傷つけないくらいにね。」
「分かった・・・!」
クルが目を輝かせながら、お魚の切り身を叩き始めた。
これは、新たな扉を開いてしまったかもしれない・・・
まあ、ストレスが溜まっていたみたいだから、
料理の場を利用して、ちょっと気分転換をするくらいは良いだろう。
さっきは私も、大学の課題が上手く進まない気持ちとか、
気付いたらぶつけていたし・・・
「お待たせ、つみれ汁だよ!」
「わあ・・・・・・あっ、本当に温かくて美味しい!」
クルがはふはふしながら、出来立てのつみれとお出汁をかきこんでいる。
時には嫌な出来事も起こってしまうけれど、
一度ぐちゃぐちゃになるくらい、自分の気持ちに向き合ったら、
ちょっと煮込んで、美味しい経験になったなんて、後で言えたらいいな。
ぐちゃぐちゃにして、ちょっと煮込んで。 孤兎葉野 あや @mizumori_aya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます