中編

 指定された地点にあったのは、覆屋根ドームの形状を残した構造物であった。

「格納庫か、倉庫か」

『でなければ住居、ということになりましょうか。遺跡というには、機能を維持しているように考えます』

 外観を観測していると、構造物から何かが姿を現した。二足歩行するそれは、しかし有機物では構築されておらず、金属骨格と珪素素子回路を有する、どちらかと言えば我々に近しい存在であった。

【――――――】

 それは何かの音を発しているようだったが、音声言語と断定するには我々にはその音に関する標本が足りていなかった。

【――――――】

 頂部を傾ける仕草をすると、それは私たちに背を向け、構造物の中に戻ろうとした。

「ついて来い、ということだろうか」

『恐らくは。敵意であれば、既に何かしらの攻撃的行動を取っているでしょう』

 私たちは、それに続いて構造物の中に入る。そこには投影機があり、映像を映し出した。映し出されたのは、地図。先だって素子から読み出されたのと同様の、古地形の地図だ。次いで、それが自転軸とは違う軸を上下にするように回転した。

「自転軸ではない、別の何かの軸。磁気軸か」

『でしょうね。しかもこれは古地形の年代ではなく、現在の、着陸前に我々が衛星軌道上から観測済みの地磁気軸に沿った向きです』

 そして、映像の一部に『濃い線』が、図の『上』から『下』に向けて走っていく。

「地磁気を調べろ、ということか?」

【――――――】

 肯定した、ように見えた。

『そうですね、観察態ウォッチャー。観測済みのデータがあります。今示された「走査線」に沿って再生してみましょう』

 告げると、助言態アドバイザーは暫く応答を停止した。

『これは……二進法デジタルではありませんね。連続量波形アナログです。生のまま示すと……これは、映像?』

 そんな非効率的な、原始的な方法を?

「出してくれ」

 初めに映し出されたモノは、眼前の二足歩行装置とどことなく似た、しかし頭部に感覚器と呼吸口を明確に備えた二体の存在であった。

「性差のある生物だな。これがこの星の『人類』か」

『そういう自己紹介でしょうね』

 次いで、それらが口を開いた。

【――――――――】

「今の音韻に一人称や『人』を指す語が含まれるのだろう」

『解析しましょう。自動翻訳が可能になるかも知れない』

 それに続いて映し出されたのは、この星の『人類』の概略史であった。


 ※ ※ ※


 この星の『人類』は、人類以外の動物から分岐して生じた。それは道具を生み、算術を解し、科学法則を見出し、宇宙旅行も可能とした。『人類』同士の大戦も多数起きたし、環境の擾乱による生存危機もあったが、その都度乗り越えてきた。

 しかし限界が来た。太陽の寿命である。光の供給が衰えたことにより、生物の光化学反応が衰え、科学技術では追いつかない次元で資源の循環が滞った。

 星を脱出できる者は、脱出装置を仕立てて脱出した。それが限界に達したとき、残された人々はせめて、この星の『記録』を残そうとした。


 ※ ※ ※


【そうして残されたのがこの地磁気による歴史記録装置。地球の記録です】

 二足歩行装置の語彙が不意に理解できた。映像の再生とともに進められた、語彙の解析が追い付いたのだ。

「地球。そうか、それがこの星の自称か。我々の文明でも母星をそのように形容するな」

【ようこそ、『人類』よ。地球の記録の番人として、あなた方を歓迎します】

 装置は頭を下げた。それが地球人類の約束事だからだ。

『人類? それは知性のある有機生命体の形容ではないのですか?』

 助言態が疑問を投げかけた。

【会話の成り立つ知性があれば、それは『人類』であると、我が創造者は定義しています】

「ならお前も『人類』ということにならないか? 滅んだ『人類』の言語を話すのであれば」

 装置は頭を斜めに傾けた。

【私は記録の番人にしてメンテナンス機構です。地磁気転位に応じて記録をメンテナンスする存在。しかし、確かに会話可能性という点では『人類』とも言えましょう】

「不条理だ。私たちも、お前も『人類の生み出したもの』ではあっても『人類』そのものでは有り得ない」

 私は、装置の方をみた。二足歩行し、二本の腕を持ち、目鼻(というのだろう。厳密に言うとそれに似せた凹凸に過ぎない)まで備えたそれは、確かに記録映像中の『人類』に近しい姿をしている。それでも我々も、装置も有機生命体ではない。自然の存在ではない。

【そういうことではないのです。私の創造者が待っていたのは確かにあなた方なのです】

 それは、真っ直ぐに此方を見据え続けている(そこに感覚器があれば、の話だが)。

「どういうことだ」

【あなた方は、私の言語を理解できています】

『それは私が、あなたの残した映像を解析したからであり』

 助言態の返答を遮るようにして、装置は言葉を繋ぐ。

【解析したところで、あなた方の言語の基本構造が地球のものと根本的に異なれば、例えばそもそも音韻言語が存在しないならば、映像だけからの解析は出来ないはずです。こと自体、あなた方の普遍文法ユニヴァーサル・グラマーが『地球人類語族』に属することを示し――どんなに姿形が変わり、自律型ロボットに移り変わったとしても、あなた方が私たちの『人類』に属することを示しているのです】

『――肯定します。確かに、我々の言語体系と全く異質であれば、私たちの解析機構では分析能力が追い付かなかったはず』

「つまり、この星は、この地球は我々の母星の、母星の『人類』のそのまた母星だったと?」

【おそらくは。映像にも、この地球を脱出する『人類』が描かれていたでしょう。あなた方は、私たちの文明を此処に再び戻る所まで繋いできたという意味において、『人類』なのです】

「何ということだ」

 我々の命題――『人類とは何か』――を求めて辿り着いた地球こそが、我々の祖形であったとは。

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