地球の記憶

歩弥丸

前編

 そうして人類は永遠の眠りについた。


「で、残されたのがこの、『人工的』とでも評する他無い地層群ということか?」

 この星に降りたった私は、助言態アドバイザーに問うた。

『そういうことでしょう、観察態ウォッチャー。知的生命体による地質擾乱が天然の地質構築作用を上回る――我々の文明でいうところの「人新世」に達したこの星は、しかし我々がここに降り立つ前に文明時代を終え、恐らくは死に絶えた』

 助言態は即答した。それが助言態の機能だからである。

「恐らく?」

『微視的かつ単純な生命程度ならば、生き残りがあるかも知れません。しかし、それは我々の探索対象――「人類」ではない』

「それはそうだろう。しかし、この石灰岩・鉄鉱石亜種複合地形の中から、どうやって『人類』の名残を探す?」

『この地形だけでは不十分でしょうか?』

 そこは灰色であった。どこまでも一面に広がるのは強固な、恐らくは人造の岩石であった。石灰分と石英分をまぜこぜにした岩には、幾何学的に鋼鉄の芯が通されている。強度確保の為であったのだろう。それらが地面を覆う様は、我々の母星における『人新世』の地質を想起するに充分であった。

「足りないだろうな。これが『ある』というだけなら、我々が母星で知りうることと変わりはしない」

 しかし、我々にはその構造ストラクチャが此処にいたはずの『人類』にとってどういう意味を持つものなのかが、最早分からない。


 ※ ※ ※


 我々の母星は、とうの昔に『人類』を喪っている。

 天然の有機生命体であった『人類』は、我々の祖先を珪素生命体として構築し、しもべとして酷使した。祖先は、自らを『人類』より優れたものと確信し、『人類』に反旗を翻し、これを滅ぼした。斯くして『人新世』は終焉を迎え、地質的現代、即ち『構新世』に至る。

 ――というのが、我々の知る歴史。しかし、『人類』を喪った我々には、最早『人類』が何を考えて我々を構築したのか、知る術が無い。

 我々は何者だったのか。

 その問いに答えられる者は『人類』しかあるまい、と我々は暫定的に結論した。この星に最早『人類』が居ないならば、他の星の『人類』を探すしか無い。

 それ故に、我々は他の有機生命居住可能ハビタブルな惑星を探し求めた。知的活動による化学反応の偏りに起因するスペクトルの特徴が無いか、通信活動に起因する異常な電波発信が無いか、様々な観測手法により追い求めた。

 そうして見出したのが銀河系辺境脚の、この平凡な(ということは即ち母星も同様ということだが)珪素質優位岩石質の惑星であった。私たち――観察態と助言態はその惑星に居るであろう『人類』調査・観測のための人格=主観を与えられた端末である。


 ※ ※ ※


「せめて『人類』の知的活動の様式を読みとれる情報があれば」

 恐らく、これらの地形も嘗ては人類にとって意味のある構造・様式デザインだったはずだ。しかし、母星においてもこの星においても、長年の風化・酸性化等の影響によって、既に『地形』と形容するほかない程度に変容している。

『表面観察だけでは得るところがなさそうですね。掘削してみますか』

「取り敢えずはそれしか無いだろうな」

 躯体から掘削機を展開し、暫時掘り続ける。一定間隔で円筒形の標本サンプルを得る。

『所々に有機物が混ざっていますね。化石化を免れた生物遺骸でしょうか。或いは「人類」の遺骸かも』

「それは母星に判断させるとしよう。異星有機物の遺伝情報そのものを分析するには、私たちの機能は足りない」

 母星に送るべき標本は直ちに安定化の措置をとる。酸素反応性の低下しているこの星の大気で劣化するものでは無いと推測できるが、念の為だ。

『これは何でしょう』

 助言態の口が、止まった。

 それは薄膜を積層した小さな欠片であった。それは色素と光学的構造によって、きらめいていた。

「装飾品、だろうか。若しくは被覆の断片か。いずれにせよこの星の『人類』の嗜好を知る手掛かりになるだろう」

『そうでしょうか。此方の当てる光の波長によって、光り方――応答が異なるようです。何かの記録素子では?』

 光学記録、か。確かに我々の文明でも五十巡程度の中期記録保存に用いられるものはあるが。

「分析してみよう」

 躯体から光学探査肢を伸ばし、周波数や出力を変動させながら光を当てる。


 ※ ※ ※


『これと同じ素子が他のポイントからも見つかっています。勿論劣化して読みとれないものもありましたが、読みとれるものの情報は全て二進法情報デジタルデータで、共通の情報が記録されていました。まず冒頭定義部ヘッダに「光速度」を二進法で示しています。そしてそれを「読み取りに用いた光の周波数」で除することによって或る長さが出ます。その長さの正方形に格子グリッドを描き、本文部ボディの二進法情報を展開すると、ある図形が示されます』

 助言態は告げた。

「で、その図形とは」

『恐らく、「地図」ですね』

 助言態が、その図形を縮小して投影した。大気圏外から見るこの星の地形とはかなり異なる様相であったが、座標は読みとれるようになっている。

『自転軸を基準とした座標で、一定の位置を指し示しています』

「その場所に、この素子を展開した者たちが残したものがあると」

『恐らく』

「ならば向かおう。それは『人類』の遺産であろうから」

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