『黒澤温泉街の蟒蛇』
私が営む『
「良いのでしょうか、私のようなものが零士様にこんな素敵なお宿に連れてきていただいて」と、『
私と霧奈は異性同士であるので当然浴場の前で
日本人たるもの風呂に浸かる前に体を洗い、身を清めるのが普通だった。きちんと整理された室内浴場の他に、ここには露天風呂もあった。私は身を清め終えると、先に露天風呂へと向かった。そこは幸いにも誰も先客がいなかった。手ぬぐいを頭の上で
私が永遠とも思える時間を経過していると、露天風呂への戸ががらりと開き、別の客の気配が
「おや、驚かれましたね」
「あんた、
「ええ、ご存じでしたか」
「
「
蟒蛇は私を知っているようだった。そして私も蟒蛇を知っている。初めて会うのに、知っていた。例えるなら蟒蛇というのは、
私は蟒蛇と露天風呂に浸かりながら、世間話に花を咲かせる結果となってしまった。
「ほんの偶然ですよ」蟒蛇は言った。「あるいは偶然なんてものはないんでしょうか」「それは
「だからと言って今日は殺しませんよ。今日は私も慰安でね」蟒蛇は風呂から立ち上がる。見れば足も二本あるし、妙に生白い肌をしていた。舌がおかしいことと、目玉が黄色いことを抜かせば、ただの
「
私は怒りに任せて言葉を
私は蟒蛇が行ってしまってから、しばらく自問するように風呂に浸かっていた。しかし体と一緒に思考も煮詰まってしまいそうになったので、さっと体を拭いて風呂を出た。流石に蟒蛇以外の蛇は同じ宿にはいないようで、私は
『
私は霧奈を一度宿の部屋に戻し、その足で再び温泉街を下ることにした。鈴子という名の少女は、一年ほど前に
『
「鈴子」
視線を巡らすと、霧奈と同じか、それより少し年上に見える女がいた。左手首に鈴を巻いていて、
「鈴子を迎えに来てくださったのでしょう」「いや、ただの慰安旅行だよ」「なあんだ、がっかり」さほどがっかりしていない様子で、鈴子は言う。「お一人ですか」「いや、娘を連れてきた」「お子様ですか」「いやそうじゃないんだがね、まあ部下みたいなものだ。去年から色々あって、今は刀屋を営んでいるんだ」「まあ。それであまり遠くへは行かれなかったのですね。いついらっしゃるかと、首を長くしていたんですよ」鈴子の独自の解釈を
私はそこで、鈴子と傷付け合った。
「零士様」鈴子は
鈴子は、もう女だった。
全ての女は、どんなに歳を重ねた男よりも、大人である。
私は鈴子の言葉に、今の自分の立ち位置を見た。
「心から愛した女を超える女、か」
そうかもしれない。
いや、きっとその通りだった。
数多くの女と関係を持ち、夜を共にし、今度こそはと、彼女こそはと、私は何度も思ったはずだった。しかしその度に、心のどこかで、初恋の相手である
家を出て、『
「あ、零士様」霧奈が私に気付き、駆け寄ってくる。「ああ、この方が先ほど仰っていたお知り合いのお方ですか」霧奈は礼儀正しく鈴子に向かって頭を下げた。「初めまして、鈴子と申します」「こちらこそ初めまして、架島霧奈と申します。零士様がお世話になっております」よく出来た挨拶だったので、私はそれを自分のことのように
もしかしたら私は、対等である関係をこそ望んでいるのだろうか、と考えた。霧奈との関係は果たして対等とは言えなかったが、しかしそれは身分や年齢の問題であり、少なくとも異性間としての立場は、対等であるような気がしていた。少なくとも私が惚れられておらず、私も劣情を
『
それがなんと私を
『月島零士の空暦』 福岡辰弥 @oieueo
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