『邪黒廃屋の執念』
この頃の私は商いが順調になってきていた。というのも、新たな従業員を
「霧奈、ちょっといいかい」店が一段落したところで、鍛冶場に顔を出した。霧奈は極度に短い
「お待たせいたしました」
霧奈は相変わらず丈の短い服装を好んだ。他人からの見てくれよりも、自身の動きやすさを重視しているようだ。まだ十分に露出が多いようにも思えたが、目を
◇◆◇
『
どうやら外観は、私が以前に傷心旅行で出向いた『
廃屋とは言え生き物が住み、長屋のようにしていくつもの一軒家が横に並んでいた。私はその中でも中心にあると思われた、比較的大きな屋敷の戸を叩いた。この『
死蔵という姓も、終蔵という名も聞いたことはないが、闇払いに関しては私は多少なりの知恵があった。退魔師と似たような性質の職業であるが、決定的に違うのは、それが対象にするものだった。私のような退魔師は、
北へ向かい、そこで私は長屋の集団から一つだけ孤立した小屋を見つけた。そこがまさに、死蔵終蔵の家だった。引き戸には元々は
死蔵は布団の上にあぐらをかいた。「ここは洗ってあるからよ」闇払いから発される
ある日、死蔵終蔵が家先で煙草を飲んでいると、一人の女が通りかかった。その女はろくな衣類を身に着けておらず、布を一枚腰に巻き付けていただけだったそうだ。死蔵は闇払いとしての
女は元は
「私を嫌な男だと思いますか」
話の途中で私が尋ねると、
「いや、それが普通だ。恨みはしない」
と、死蔵は答えた。
死蔵と女はしばらく生活を共にした。女は、死蔵が闇払いであることを知らなかった。しかししばらく生活を共にするうちに、どうやら普通の人間とは違うことに気付いたらしい。「終蔵様は何をされていらっしゃるのですか」女の問いかけに、死蔵は素直に「闇払いだ」と答えた。「であれば、私の罪を浄化出来るのですか」「いや、俺が洗えるのは、場所だけだ」「そうですか」「お前は誰に罰を受けた」「悪魔です」「悪魔か。西洋の
死蔵はその女を受け入れ始めた。恋や愛というものとは違うが、人間としてただ受け入れることを決めた。「なあ、俺の嫁にならねえか」共に暮らし始めて季節が二つ
「彼女は今どこに」
話を聞き終え、私が尋ねると、死蔵は一言、「死んだよ」と言った。「だが、気に
「お前さん、仕事は」死蔵の問いに、「退魔師です」と答えた。「俺と似たようなもんだな」「はい」「それを聞いてまた不思議が増えた。退魔師なのに、どうして幸女を殺さなかった」「女は殺せないのです」「情があったからじゃないのか」果たしてどっちだったのだろう。情があったから殺せなかったのか。それとも、女だから殺せなかったのか。「分かりません」「しばらく考えろ」死蔵は私に煙草を投げた。もっぱら煙管を噴かしている私には、あまり馴染みのないものだった。火傷しそうな短さだ。「吸え」命令され、口に咥えると、死蔵が先端に火を
私は、同じ妖類とは言え、家柄と種族の違いを乗り越えて駆け落ちした、妖狐と化け猫を思い出していた。あの二匹の覚悟というのは、私たち人間を上回っていたのだろうか。蛇女、つまり幸女の覚悟も、また人間の愛を上回っていたのだろうか。
「また、新しい女を愛せると思いますか」それは春未を失った私と同じ境遇にいる死蔵に対して、残酷なまでの質問であることを理解した上での問い掛けだった。死蔵は一度頷いてから、煙草を一本吸い終えるまで黙っていた。そしてぽつりと、「お前も誰か死なせたのか」「
「今日は泊まっていっても良いですか」
この、物理法則以外何も起きない部屋の居心地を気に入って、私はそう言った。
「好きにしろ」
死蔵はそう言ってから、ふと思い立ったように、こう言った。
「その代わり、煙草と酒を買ってこい。そうしたら、幸女の昔話を聞かせてくれ」
私は
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