『妖狐の愛』
◇◆◇
「待て」
私の声に、狐たちが足を止める。
「お前は狐と言ったから知らんと言ったが、
「おおそうだ」頭の悪そうな狐は、機嫌を直し、ぽんと手を叩いた。「そうか、お前、見分けが付くか」
「狐と妖狐違いくらいはすぐに分かるさ」
「なら、知っているんだな」
「ああ。確か五万で、刀を、いや、ちょっと待て」私は帳簿をひっくり返す。「名前までは分からんが、妖狐が五万円の刀を買ったな。
「やっぱりそうだったか」
「五万てえとそこそこか」
「
狐たちが店先でこんこんと群れているのを、煙管を噴かしながらぼんやりと眺めた。「それで、用が済んだらどいてくれるか。邪魔で仕方がない」
「いや店主、先ほどは声を
「そいつはどうも」順応性が高いところは、私としても、狐にしては見どころがある、と言いたいところだった。「それで、他に何か聞きたいことは」私が言うと、一番話の分かりそうな狐が言った。「それなんですがね」
◇◆◇
「この傷薬を嫌というほどぶっかけろ」
冬籠は化け猫に向かって、盛大に傷薬を投げた。大小さまざまなもので、容器も瓶やら缶やらたくさんあった。化け猫は感謝と謝罪の言葉を次々に口にしながら、それを妖狐の体に塗りたくった。私たちのいる場所は
「また面倒事を背負い込んだな、零士」
◇◆◇
「ほう、
狐の連中が言うには、この店で刀を買って行った妖狐には
「それで私のところに来たわけだ」私は話を
◇◆◇
「なるほど、お人好しだ」
冬籠の評価には反論出来なかった。冬籠の薬は良く効くらしく、九福の呼吸は落ち着いていた。私も実際のところ、彼からの詳しい話はほとんど聞いていない。口が利けなかったのだから仕方がないだろう。「それにしても妖類にも利く薬があるんだな」と私が言うと、「怪我人に区別はない」と冬籠は言った。私は、『
竜胆は、九福の呼吸が落ち着いたことでほっとしたのか、ようやく私たちに顔を向けた。私はさほど化け猫に対して積極的な男ではなかったが、
◇◆◇
「頑張ろうね」
なけなしの金で、九福は『新羅戯刀剣店』にて、『
◇◆◇
「そもそも
冬籠の言い方に、竜胆は少しだけ驚いたようだった。「すみません」と謝って、「九福さんは、
◇◆◇
「竜胆っ」
山奥の隠れ家で二人は落ち合った。竜胆は一人、孤独な十日間を過ごしていた。駆け落ちすることを決めてから、竜胆は実家を捨てていた。隠れ家は、狐族の中でも変わり者とされている者に協力して用意してもらったものだった。
「九福」
二匹は落ち合ってすぐに抱き合った。ここでずっと暮らすというわけではない。一時的にこちらで身を隠し、しばらく後に神隠しに
◇◆◇
「ところで今も追手はあるのか」
冬籠が疑問を口にした。私は「まだ数匹で追っているらしいぞ」と答える。竜胆の顔が青ざめた。「武器を持っていたのでしょうか」「いや、武器は持っていなかった。そもそも狐は武器を重んじないだろう。代々として、
話を聞いた限りでは、九福の父である八神という狐は、これは純血の狐だろう。しかしながら、
◇◆◇
「
戸を叩く音に気付き、九福は隠れ家の戸を開けた。
瞬間、
「九福っ」竜胆の必至な声が飛ぶ。「大丈夫だ」後ろに飛び退いた九福は、立て掛けてあった『
「九福、私が担ぐから」
「馬鹿を言うな、お前にそんな力はない」
「それじゃあ、誰か呼んでくる」
「待て、一匹になると危険だ」
「でも、じゃあ、
追手を巻き、さあどうすると呼吸を整えていたところに、足音がした。力を振り絞り、刀を構える九福だった。何匹だ。足音を聞くに一匹だ。しかし一匹に居場所を知られれば、他の全てがやってくる。先手必勝だ。柄を握りしめ、好機を待った。そして九福は、
「おお」そんな間の抜けた声がしたと思うと、九福は腹部に激痛を感じた。突き出した刀、伸びきった腕は何の感触も得ず、どころか腹部には人体の肘が繰り出されていた。確認すると、前にいたのは人間だった。見覚えがある。いつぞかに刀屋で見た顔だった。「おや」不審そうな人間の声。「ふむ」肘を抜くと、九福はその場に倒れた。「これは
◇◆◇
「お前がとどめを刺したんじゃあないか」と冬籠が言う。「なるほど、お人好しなわけではなく、単に責任を取っているだけというわけか」「いや、もし仮にとどめを刺していなかったとしても、私は無勢の味方をする」「だろうな。まあようやく、話が繋がってきたな。それで今はうちに来ているとこういうわけだ」冬籠はうんうんと頷いていた。そして「なら、そろそろ追手がうちに来るんじゃないか」と呟いた。手負いの獣が薬を求めるのは当然の
「ごめんくだせえ」
都合の良い狐たちだった。「しっ」と冬籠が指を立てる。「どうする」「やりすごそう」私の提案に、九福は首を振った。「傷は癒えた。戦わねえと」「すぐに傷が癒えるか馬鹿」「鬼の体は治りが早いんでね」「まあそうだが」冬籠は困ったように言う。言い返さないところを見ると、事実なのだろう。「だが、無理して戦う必要もなかろう」私の言い分に、九福は「それもそうなんだが」とこちらも前置きをした上で、「
店先に出ると、先ほど見た三匹の狐だった。「おや」私が言うと、三匹はさっと顔を見合わせた。「あれ、新羅戯の旦那」「店はそうだが、私の名前は
「月島の旦那、俺たちは鬼とは違う。無害な人間に危害を加えるつもりはねえ」どうにも話の分かる狐だった。「それに見た所、旦那は丸腰だ。いくら退魔師でも、武器がなけりゃあどうにもならないでしょう」その上、なんとも物分りの良い狐だった。「お前さんの言う通りだ」「それに、妖狐を匿ったって旦那たちに
「生きてるか」
冬籠が店から出てくる。
「とんだ挨拶だな」
「いや帰りが遅いもんでな。死んだかと思ったよ」
「見ての通りだ」
「おやおや、こいつは団体様だな。商売
「冬籠、手を貸せ。徒手空拳で二十対一では割に合わん。いくら相手が狐だとは言え骨が折れる」
「折れたら治してやる。徒手空拳なら、俺は手伝わん」
「そう言うな。下手を打てば死ぬ段になってきた」
「ごちゃごちゃ言ってねえでください旦那。分かりました、あっしらも覚悟を決めます。どの道、九福様を連れて帰らねえと、俺たちも命が危ういんでね」
そいつらは狐の中でも下等だったのだろう、大した術が使える様子もなく、各々に武器を構えた。
「やれると思うか、冬籠。お前の見積はどうだ。俺は、死なずに済みそうか」
「いやに余裕がないな、零士。怖くて泣きそうなのか?」
「茶化している場合じゃない。どうだ、狐二十対、人一人。勝てると思うか。勝てないにせよ、生きていられると思うか」
「徒手空拳じゃあ、流石に無理だろうな」冬籠は
「何をだ」
「その腰の布だ」
言われて、私は腰に手をやった。私の腰には『
「お前が使え」
「仕方ない、刀があるなら手伝うか」
「店を壊されたらたまらんからな。仕方あるまい」
冬籠は『
「なんだこれは」
「
「副作用は」
「何、寿命が一日縮まるだけだ」
後先考えぬのは私の悪いところだったが、背に腹は代えられぬ。それに、今死ぬかもしれぬ立場にあるなら、寿命の一日分くらい、大した問題ではなかった。
まるで風のように
夢のように、
◇◆◇
「おや、こいつは
流石の私でも二十匹の狐を相手にするのは疲れることだった。が、結果として、私と冬籠は、二十匹の狐を始末した。死する覚悟を持った狐は対妖刀にて
「あんた」私が言うと、狐も私に気付いた様子で、「おや、いつかのお兄さんじゃありませんか」と言った。それこそまさに、私が『
「あんたが釘糸だったのか」「へえ、その通りです」「二匹は店の中だ。さあ」私が言うと、「ですがその前に、ちょっと始末をしときましょうか」と言って、釘糸は怪我をした狐たちに触れた。
ふっとその存在が消える。
対妖刀で
家屋に入り、九福と竜胆に会うと、二匹はすぐに「
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