『欠陥墓所の供物』

 師匠の頼みで饅頭まんじゅうそなえるために、仮死状態を余儀よぎなくされることとなった。私は比較的若い頃に運び屋を生業なりわいとしていたのだが、その頃に度々たびたびくろがねやらしろがねやらかたなやらを運ぶ相手だった新羅戯あららぎ髑髏どくろに刀の筋を見初みそめられ、弟子となった。私は彼のことを師匠と呼び、師匠は私のことをれい、とただ一言呼ぶ。私は師匠からもう免許皆伝だと言われてから疎遠そえんになっていた。師匠の教えというのは合理的というか簡素というか、とにかく一撃必殺の間合いで一撃で断ち切るという教えだけだった。要するに退魔の方法だけだった。だから私は退魔師ではあるが、剣士ではない。それもそのはずで、師匠そもそも剣士でなく、ただの刀屋かたなやであった。剣術を極めているというわけではなく、ただ三畳ほどの畳の上で煙管きせるかして、三和土たたきに並べたつぼに差した刀を売っている。代々刀屋なので仕方なく刀を売っているそうだが、嫌々やっていても毎日刀を眺めているとどうにも振ってみたくなるそうで、そのうちに自分なりの奥義を見つけ出したらしく、それを教える人間を欲したのだそうだ。とは言え剣術に精通しているわけではないから、純粋な剣術は教えられない。ただ一太刀、殺すためだけの奥義である。私はそれを二年かけて習得し、師匠とはしばらくして疎遠になった。そんな師匠からの手紙が、ある雨の日にから伝わってきた。手紙を開くともやが出た。どろっとした靄と同時に手紙に封じられていたのは、『久しく会わんか』というものだった。二年師事しじを受けた相手の頼みを断ると、教えを全て失うことになる。まだ退魔師としての使命を終えていないと感じた私は、久しく師匠の元を訪れることにした。

 仕事ではない日は極力道具を持たぬことにしていたが、それでも私は刀を一振りだけ腰に差した。『花煙はなけむり』というめいの刀だ。つい最近に、昔馴染むかしなじみの巫女みこであり刀研かたなとぎでもある、木哭きこく空栖からすという女に研いでもらったばかりの刀である。無論、これは普通の日本刀とは種類を異にする。対妖刀たいようとうという種類の刀で、値段を付けると折れるし、売り買いしても折れるというなんとも天邪鬼あまのじゃくな刀であった。当然、折れると売り物にならぬ。だから師匠ですら、この対妖刀という代物しろものあつかえない。対妖刀は気まぐれな人間を持ち主とする。私がその一人だった。師匠の刀屋は『新羅戯あららぎ刀剣店とうけんてん』という看板が掛かっていて、これは私の住居から少し南に行ったところにあった。「ごめんください」と暖簾のれんをくぐると、店の中には客がいた。師匠は相変わらず一段上の畳の上で煙管を噴かしている。「おお、零」師匠は嬉しそうに言う。客のうち一人は人間で、もう二匹はものだった。いや半妖はんようだろうか。履き物を履いていて、耳が妙に大きい。狐の類かと思われた。妖狐ようこと、隣はねこらしい。「ご無沙汰ぶさたしております」「しばらく待っていてくれ。まあ上がれ」師匠はもう五十歳を過ぎた男だった。独身であった。過去に二度女房と別れたらしい。跡継ぎはいるが、継がせるつもりはないようだった。私はブーツを脱いで、畳の上に上がった。懐かしい刀剣類の匂いがする。「まだ、退魔の仕事はしているのかい」「最近はあまり。でも最近、鬼を五匹殺しました」「そうか」師匠は嬉しそうでもなく、悲しそうでもなかった。ただ一言、「教えは役に立っているか」と訊ねた。「はい」私は正直に答えた。私が刀を振る時は、常に一撃必殺だった。

 人間の客は刀を買わなかったが、半妖たちは刀を買うことにしたようだった。妖狐はおすで、化け猫はめすのようだった。きっとつがいだろう。「五万だね」師匠が言うと、妖狐は素直に五万払った。「頑張ろうね」化け猫が言っていた。「ああ。きっとだ」妖狐が言う。「これで俺も」消え入るように言って、二匹は店を出て行った。草履ぞうりを突っかけて、師匠は暖簾をおろす。「中に入ってくれ」言われるがままに、私は住居へ移った。

 師匠の頼みは意外なものであり、また時期の偶然が強いものだった。師匠の第一声は、「欠陥墓所けっかんぼしょを知っているか」というものだった。「つい最近、初めて知りました」「それもめぐり合わせだ」師匠は含蓄がんちくのある言葉を呟く。「ふっと思い立った。そろそろ君も知る頃だろうと」「流石さすがです。慧眼けいがんでしょうか」「いや、としこうだ」師匠は煙管をやめて、果実の皮を剥いた。里岸りがんという薄紫色の果実だった。柳のように細い樹にる果実で、薄紫色の皮を剥くと、黄色い果肉が見える。水気が多いが、皮を剥いた下にゼリィ状の薄皮がもう一枚あって、その下に崩れそうに柔らかい果肉がある。大体は十に個包装されていて、蜜柑に似ていたが、大きさは林檎ほどあった。形は洋なしに似ていて、この地方でよく取れる。「久しく食べていないだろう」その通りだった。半分に分けられた里岸をいただく。「これをそなえてきて欲しくてな」師匠は言った。「私の聞いた話では、常人は欠陥墓所へは行かれないのではないでしょうか」「墓参りは別だ」墓所という名のついた場所なのだから、墓参りに行けるのは当然だった。私は愚かだったので、師匠に頭を下げた。「勉強になります」「やめてくれ」師匠は困ったように言った。

 師匠のご両親はまだ健在で、刀屋を引退したあとは、里岸の樹を育てているそうだった。その果実を『欠陥墓所』に供えるのは、師匠の毎年の仕事だったそうだが、諸事情があって今年は参れないということだった。どうにも近々、命日であるらしい。「誰の命日ですか」と訊ねると、「私の親友だ。もう数十年前に、鎖札になった」と答えがあった。鎖札のことはよく知っていた。巫女に手を出したが故に、業を背負った罪者のことだ。「私が墓参りにですか」訊ねると、師匠は頷いた。「どうか頼む」「それは構いません。師匠には世話になりました。ですが、事情を説明してくださいませんか」「そうだな」師匠は里岸を食べ終えると、また煙管に煙草を詰めた。「どこから話そうか。昔話は退屈だろうから、簡単に話そう」

 師匠はそれから、事の顛末てんまつを私に伝えた。師匠がまだ私ほどの年の頃、刀鍛冶かたなかじの友人がいた。刀鍛冶は刀を作る職業だ。刀屋のせがれである師匠と懇意こんいであっても何ら不思議はない。また、刀鍛冶というのは、寺とも関係が深い。そもそもにおいて、巫女は大方がにいる。巫女は神に仕える者なのだから当然だ。は大抵、ほとけまつる。しかしながら、巫女のいる寺も少なからず存在する。『木哭寺きこくじ』もその一つだ。もっとも、仏教や神道の教えが有耶無耶うやむやになり、様々なしきたりがない交ぜになった現在では、そうした区別にはあまり意味がないところもある。ゆるされるのなら巫女であっても酒を飲むし乱交に勤しむだろう。しかしそうすると死ぬのでそれをしない。しかし、巫女が巫女装束みこしょうぞくを着なくとも死ぬことはない。時折『木哭寺』の巫女である空栖が外来の洋服を着ているのもそういう理由だからだ。ということは、刀鍛冶と関係が深い寺に、また巫女がいることはままあることだということになる。師匠の語りのせいで自分の中の解釈かいしゃくが分かりづらい方向へ進んでいるが、結句けっく、何を意味するかと言えば、師匠の友人であった刀鍛冶が、仕事の都合で寺によく向かい、巫女と懇意こんいになってしまって、その結果として鎖札になったという話であった。つい最近、空栖の母親である涼梅すずめも誰ぞかを鎖札にしたと聴いたばかりだが、意外と色々な場所で、巫女は鎖札を生み出しているらしい。

「無論、親友は禁忌きんきを知っていた」しかしえられぬ欲望というものがこの世にはあるのだ、と師匠は言った。師匠は当然、私の女の悪い癖を知っている。師匠のところに住み込んで師事を受けていた頃から、私は何十という女と関係を持っては泣かせてきた。「よく分かります」と私は言った。「結果として友人は巫女とちぎりをわし、鎖札となった。巫女は死んだ。その寺は潰れた。おかげで良質の刀は手に入らなくなった。しかしもう何十年にもなるのだな」師匠は感慨深かんがいぶかげに言って、紫煙しえんくゆらせた。

「話は分かりました。里岸を供えるということも了解しました。しかし私は不勉強ながら、欠陥墓所への行き方が分かりません」素直に疑問をべると、師匠はすっと立ち上がり、部屋を出てから、一振りの短刀を持って帰ってきた。「これは」と訊ねると、「これは天城あまぎ」と銘を言った。確かにつかに『天城』と彫られている。「すっと撫でるように肌に傷を付ける。するとしばらく仮死状態になる。これは、霊刀れいとうに分類される刀だ。他にもそういう刀は幾種類もあるが、いくつも試した中では、これが一番具合が良い。一時間もすればよみがえる。痛みもまったくない。刀傷もしばらくすれば消えるし、良い薬ならもっとすぐ治る」私はふっと友人が営む『五月雨さみだれ薬局やっきょく』を思い浮かべた。店主の冬籠なら、恐らくよく効く傷薬を調合してくれるだろう。「これで仮死状態になって、欠陥墓所へ向かってくれるか。供物くもつの里岸と、欠陥墓所までの地図、あとは零が持ってきたその刀を一緒に仮死状態にする」師匠の説明は簡潔かんけつだった。しかし私はもう一つだけ訊ねなければならないことがあった。「しかし師匠、これだけは聞いておかなければなりません。どうして師匠は墓参りに行かれなくなったのでしょうか」「それなんだがね」師匠は景気けいきよく煙管を噴かした。「どうも、年内中に私は死ぬようだ」

 私は衝撃のあまり、手に持っていた里岸の果肉を握りつぶした。

「馬鹿な」

「年内中に死ぬ者は、仮死状態になれない。そういう決まりだ」

「師匠が死ぬというのですか」

「どうやらそのようだ。やまいだろうな。あるいは何度も天城で傷つけたせいか、死と懇意こんいになりすぎたらしい」

「あまりに若すぎる」

「若い頃に無茶をしたつけだろう。それ自体はいいんだ。ただなあ、死ぬともう欠陥墓所には行けなくなる。あすこは彼世あのよとはまた次元の違う場所だからな。狭間とも違う」

「つまりこれからは、私が毎年、師匠の代わりに墓参りを、ということですか」

「いや、今回限りだ。里岸と一緒に、手紙をしたためた。これを持って行って、友人に伝えて欲しいのだ。鎖札には実体がないから、手紙は読めない。だから君が代わりに行って読んで欲しいのだ」

 私は涙の出るのをこらえた。どうして師匠が死ぬことがあるのだろう。死んだらこの刀屋はどうなるというのだ。様々な想いが交錯こうさくしたが、まだ師匠が今日明日に死ぬというわけでもないだろう。「分かりました」と言って、それをった。「あとのお話は帰ってきてからにしましょう」私が言うと、師匠はすまない、と言って、躊躇ちゅうちょなく『天城』で私の手の甲を斬った。そこを切ってくれたのはありがたかった。手の甲は今のところ、どの女との思い出も刻まれていなかった。


 ◇◆◇


 意識を再び受け取った時、私は黒い場所にいた。重力を感じているわけではなかったが、足下に道があったので、そちらが地であることが分かった。少し歩いてみる。前を向いている方が前であることは明白であるから、そちらへ歩いたのだが、案の定そこには風呂敷に包まれた里岸と手紙、それに『花煙はなけむり』があった。ふっと手の甲を見てみたが、刀傷はない。私は腰巻きに『花煙はなけむり』を差して、風呂敷を背負った。まあ道というのは真っ直ぐ進めば良いのだ。ただひたすらに、私は道を進むことにした。

 しばらくさらに歩いたところで、またうっすら発光はっこうするものを見つけた。これは地図だった。拾い上げて見てみると、地図には文字が書かれていた。前に百歩、右に百歩、左に六歩、後ろに半歩。私はそれに書かれた通りに歩いてみる。前に百歩歩いて、右に百歩歩いて、左に行くと、つまり前だ。前に百六歩という計算だろう。そして半歩下がる。百五歩半前に歩いて、右には百歩確かに進む。どうにも効率の悪い歩き方だと思った私は、自分を過信し、試しに連続で前に百一歩目を歩き出そうとしたのだが、これは躊躇って良かった。私が百一歩目を踏み出そうとした瞬間、周囲真っ黒だったところがうっすら明るくなり、百はくだらない量の死神しにがみ悲哀ひあいに満ちた表情で私を見ていた。可哀想というか、この男は今から死ぬのだな、という恐怖というか、哀れみだった。危うく死ぬところだったのだ。私は地図の通りに右に百歩向かい、左に六歩歩く。そしてくるっと踵を返して足を上げたところで、前面が開けた。そこが『欠陥墓所けっかんぼしょ』だった。

 墓所というくらいなのだから墓石はかいしがあった。卒塔婆そとばがあった。人気ひとけはないが、墓石は薄く発光していて、靄がかかっているようだった。私はようやくここで里岸の入った風呂敷を開いて、中から手紙を取り出した。手紙の頭には『あきらへ』と書かれてた。晶と名の付く墓石を探す。『篠橋しのばし晶』という名がそこにはあった。私は里岸をその墓石の前に供えて、手紙のふうやぶった。取り出した手紙を読み上げ始め、私は悲しい話を知った。その内容を私はゆっくりと、心を落ち着けながら読み上げた。なんということか。そんな恐ろしさがあったのかと。それは晶ではなく、私に向けた手紙だったのだ。師匠から、私自身にたくされた手紙だった。

 この篠橋晶という人間は、元は女だったという。鍛冶屋の子として生を受け、女でありながら刀鍛冶の将来を強いられることとなった。しかしそれ自体を彼女は憎んでいたわけではなかった。加えて彼女は、刀鍛冶の才能にあふれていたという。彼女は様々な霊刀を産んだ。『天城』もその一つであるし、『空蝉うつせみ』という短刀も産んだ。この『空蝉』こそが、彼女を鎖札におとしめるに至る要因よういんとなった。

 彼女は女でありながら、刀鍛冶の仕事で訪れることが多かった『久遠寺くおんじ』の巫女に恋をした。つまり女同士の愛だった。巫女という生き物は大概にして若いということを、私は昔馴染みの空栖を見て知っている。若い女同士、愛し合ったのだという。巫女は処女を失うと死ぬ。だから女同士ならば愛し合えるといのったのだそうだ。しかし人間の欲は留まることを知らぬ。女同士の交わりの先には、子を残したいという願い、つまり、動物的本能による願いがあった。どちらかが男になり、子を宿そうと。生命の交わりを願ってしまった。篠橋晶は、ついに『空蝉』と銘をさずけた霊刀を生み出した。これは男の性器を切り取ることの出来る代物しろものだということだった。しかし刀があっても性器がなければどうにもならない。篠橋晶は友人であった刀屋のせがれに、男性器をくれないかと相談を持ちかけた。それこそが、私の師匠である新羅戯髑髏だった。

 不幸な話だが、師匠は篠橋晶を愛していた。刀鍛冶と刀屋、夫婦になるには好都合な関係だっただろう。きっと師匠はそういう幸せな未来を夢見ていたはずだ。篠橋晶には男っ気もなかったのだろう。しかし恋人がいた。巫女だ。巫女と結ばれたいから性器をくれと、師匠は頼まれた。そしてそれを良しとした。何故なら彼女を愛していたからだ。師匠は性器を失った。篠橋晶は男性器を手に入れた。そして巫女と契ったのだ。師匠はどんな気持ちだったのだろう。私には想像の及ばぬことだった。憎しみだったのか。純粋な愛情だったのか。複雑な心境しんきょうゆえの覚悟だったのか。ともかく師匠は自分の性器を、愛した女に譲った。その後、巫女は死んだ。刀鍛冶は鎖札になった。師匠はそれから女房を持ったが、二度別れた。女を満足させられなかったからだと、手紙には書かれていた。

 師匠はどうもこのことを私に伝えたかったらしい。しかしどうにも勇気が出なかったのだという。性器を持たぬ男は男ではないということなのだろう。もし私に性器がなかったらと思うと、きっと歯がゆく思うだろう。それを使う使わないに関わらず、嫌であろう。私は手紙の一切を読み終えたあと、この墓の中で永遠を漂う鎖札に対し、どのような感情を抱けば良いのか分からなかった。怒れば良いのか、憎めば良いのか。里岸を供え、ただ反射的に手を合わせた。しばらくするうちに、思考が乱れ、どうやら蘇りが近いのだということが分かった。


 ◇◆◇


 目が覚めると私は、仮死状態になる前と同じ場所にいた。だが、目の前に師匠の姿はなかった。座布団の上には、また手紙と短刀があった。私は嫌な予感を覚えながら、その手紙を拾い上げた。

『元より五十の節目に死ぬつもりだった。この歳になると陰茎の有無は意味を持たん。しかし同時に、生きる意味も見失う。零、お前という弟子を一人持てたというだけが、私の人生の誇りだった。もう人生からは引退するつもりだ。この店は零にやる。継ぐなり潰すなり譲るなり好きにすると良い。霊刀は危険なものが多いから、処分するつもりだ。ただ零には一つ譲ろう。これは常に懐に差しておくといい』

 私は師匠を失ったことを知った。しかし現実的な頭を持つ私は、それを現実的に受け入れることにした。この刀屋に住むのも悪くない。今後の人生を、刀屋として生きるのも悪くない。そうした色々を考えた。手紙と一緒に置いてあった短刀を手に取る。さやに『龍樹りゅうじゅ』と彫られている。手紙には、裏に続きがあった。

『龍樹という霊刀で、刀を折るための刀だ。刀の形をしたものなら何でも折れる。もし刀屋を継ぐのが面倒なら、その龍樹で店の刀を全部折ってしまうといい。折った刀は霧散する決まりだ。無論、対妖刀も折れる。零が退魔に疲れたら折るといい。さらばだ』

 私は『龍樹』を鞘から引き抜いた。刀身は木製だった。しかし鏡のようによく研がれている。手触りは禍々まがまがしい。しっとりと指に吸い付くようだった。刀を教えてくれた師匠が私に遺した最後のものは、刀を折るための刀だった。しかしこの『龍樹』を使う機会は当分はないであろうことを私は理解した。しばらくは刀屋を継ぐつもりもない。しかし今住んでいる家は引き払っても良いかもしれない。家は二つあってはならない。それに、あの家は私が住むには少々大きすぎた。

 刀を水平に鞘に収めると、左手甲の刀傷に気付いた。勝手に向かうと、箱に詰まった里岸の山があった。それをいくつか風呂敷に詰めて、『花煙はなけむり』と『龍樹りゅうじゅ』を腰巻きに差したあと、私は『五月雨さみだれ薬局やっきょく』で傷薬を買おうと、外に出た。師匠はきちんと霊刀全てを折ったのだろうか。少なくとも私は、『空蝉』と銘打たれたあの霊刀だけは、この世に遺してはならぬと考えていた。

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