『五月雨薬局の目薬』
幽霊が見えるようになってきたので目薬を買いに行くことにした。私が常日頃から常用している目薬は『
私と『
「冬籠」私が声を掛けると、奥で影がもぞりと動いた。「零士か」「ああ」「二ヶ月経ったかな」障子戸を開け、こちらにやってきた。「目薬か」「ああ」「悪いな、今、切らしてるんだ」「おや、珍しいな」「材料はある。まあ上がれよ。たまには無駄話でもしようじゃないか」私は冬籠に誘われるままに家に上がった。
「最近、どんな仕事をしている」自分の周りに材料を山ほど集めた。冬籠と私の間に
私が上げられた囲炉裏の部屋には綺麗な布団が敷いてあった。それも二つだ。片方は冬籠の布団で、もう一つは春未のものだった。彼女は冬籠の姉であると同時に、私と恋仲でもあった。寝たきりの女性との恋愛は、ひどく純真で正しかった。ついぞ体に触れたことすらないが、私と春未は確かに恋仲であった。私は女は泣かすかもしれないが、浮気性ではない。常に一人の女を愛する。春未を愛した期間は実に三年間だった。ここに来る度に、そのことを思い出してしまう。
冬籠は部屋に戻ってきて、瓶に入ったコーラを二本持ってきた。囲炉裏の鍋に蓋を引っ掛けて開ける。蓋は器用に畳の上に転がった。どうも瓶は液体を入れておくのに利用されるらしく、冬籠は瓶入りの飲料しか飲もうとしない。「どうした」と、冬籠が問う。「春未のことを思い出していた」「そうか」「何故私には見えないんだろうな」「不思議だ」冬籠には当然、春未の幽霊が見えている。冬籠は目薬を差さないのだし、冬籠が『
「
私は、知らない、と答えた。「
私はまた布団を見た。春未が寝そべっている様子が思い出されるようだった。私と春未は一度も触れたことはなかったが、言葉だけは何度も交わしたし、心と心で
私が未だに身を固めずに女を泣かせているのは春未のことを思うからだろうかと考えてみた。春未が健康的な女だったらどうだろう。しかしそれなら私は春未とは深く知り合わず、恋仲になることもなかったのではないかという気がした。結局は運命論の
「いつものように
冬籠の両親は年に二度しか家に帰らない。金を
帰ろうとすると、「これも持って行け」と
家に戻り、コーラの瓶から滴を小皿に垂らして、しばらく待って凝固した目薬を、左の薬指ですくって、両の目に塗った。私は目薬を塗るのが下手なので、当然、涙をこぼすような形になった。薬は薬指でしか塗れないのだ。薬指だけは春未のものと決めていた。もう幽霊は見えなくなっていた。その瞬間的な消失を、春未に照らし合わせた。しかし彼女はいつまでも
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