第15話
今日の仕事番はクレージュだけだった。クレージュはG世界のビエルトに来た。
G世界はベレトやマルーアが元いた世界だ。どこか閑静な雰囲気を持ちながらも豪華で厳格な空気を感じられるのはG世界の歴史を辿れば納得できる。
クレージュはそんなG世界での仕事は何百年ぶりと久しぶりだったため、辺りを見回しながら仕事をこなしていく。
クレージュの、深海のような青色の刈り上げた髪にスペード模様のある紫の目は虚空を見つめる。その手につけた黒い革の手袋をつけ直す。
首を回して凝り固まった首や肩をほぐす。もう歳なのだ。鍛えられた太い腕でぴったりサイズのシャツは今にも破けそうである。
「今日のノルマは千、か。全く、シュトゥル殿も自分よりも若いからと、私ももう老いぼれですのに」
クレージュは紳士のように死者に手を伸ばす。その手を取ってしまえば、死者は抗えない。紳士のような見た目をした彼の中身はれっきとした死神だ。
クレージュは九番目の死神。シュトゥルを除いて年齢的には最年長のため自分のことを老いぼれと言うものの、その鍛え上げられた身体と巨体ではとても老いぼれという言葉に似つかない。
クレージュは絶望し、心を失ってもその紳士の心は体に刻まれていた。生前の経験が忘れることを許さなかった。
最近のクレージュの悩みの根源はリヴ。新人の少女が気がかりで仕方なかった。
あんな若い人間が絶望する世界。それにまだ世界を見れていない少女がおかしな世界に吸い込まれてしまう。自分含め頭が狂った人間しかいないあの世界。そんな世界に呼ばれたくらいだから少女もどこかおかしいのだとは思うが、何とも可哀想な話だ。
それも全て、この世界が存在してるせい。シュトゥルが存在してるせい。
そんなことを言うとまた罰を受けそうなのでため息を代わりに吐いた。今日も罰で一人で千人の死者を捌かなくてはいけない。骨が本当に折れてしまいそうだ。
願わくば少年少女たちが今だけは平穏に暮らせるように。波があの世界を襲う前に。命をこの身に宿すことができて良かったと一度でも思えるように。
それからしばらくして、二十四時間が経つ前にクレージュは仕事を終わらせることができた。暗闇を歩いていけばパネルが見えてくる。気持ちを落ち着かせて自分の部屋の扉を出した。
扉を開けると真っ先に違和感に気づく。その違和感を壊すべくクレージュは手から黒く渦巻いているような短剣を生み出した。短剣で次々にそれを仕留めていく。あちこちにばらまかれたそれは悲鳴のような呻き声を上げて煙を出して消えた。
「蛇……。もうこの世界も終わりに近いですな」
短剣を握り潰すようにして消すと部屋の豪華なソファに勢いよく体を預ける。一日働き続けた体がどこか癒えていく。
「お嬢、私はまだ愚かですかね」
クレージュは手袋を乱雑に床に投げた。無音と
一方で、仕事の合間を見つけてはロウとリヴは各自の部屋に集まってそれぞれの言語で会話をできるようにしていた。ロウが自らの異変に気づき、口で聞き取れる会話を避けたのだ。お互いの言語は話せないが読めるように。そうして紙での会話を進めて計画を立てていた。
不安になってしまうほど物事は良く動いていく。全て自分たちに都合が良いように。
シュトゥルに比較的くっついてることの多いイュレがある日、仕事番だというのがわかったのだ。それによくあの部屋にいるコーラウなども仕事で、シュトゥルは誰にも守られない状況。
こうして二人の大きな計画の決行日は決まった。
計画内容は至って簡単。リヴがA世界に行ってシュトゥルの気を引く。その隙にロウがシュトゥルの秘密の部屋に入る。秘密の部屋はシュトゥルの部屋の奥。前にコーラウが立っていた場所だ。そこに扉を出現させるスイッチがあることが運良く判明したのだ。
そこに入りシュトゥルによって奪われたものを解放する。今回はそれだけ。シュトゥルを討ちはしないと二人で約束した。
部屋の全貌も分からないし、不確定なことが多いこの計画にはリヴにもロウにも同等のリスクがある。だが、シュトゥルもいきなり命を奪いはしないだろうと考えた。シュトゥルの計画のためには無闇に死神を簡単に殺しはできない。
そう。現在で考えられる限り完璧な計画だった。シュトゥルにとっては痛手だがあくまで実験のような計画。上手くいく確率は高いだろうと予想した。それなのに。
リヴは気づいたら自分の部屋の椅子に座っていて、ロウはかつていた裏世界、Z世界に立っていた。ロウの失われた腕が痺れるように痛み出した。
そこは地獄というに一番相応しい世界だ。
◇◆◇◆◇◆
全ての始まりは本当にシュトゥルなのだろうか。
物語は全て表面でしか語られない。
もう一度よく考えてみたまえ。
答えはそばに。
答えは初めから。
答えはずっとずっと、あなたの心に。目に。
可哀想に。
心がないと人間は生きられない。死んでしまう。
──だから、関わるなと言ったのに。
引き返すなら今しかない。さあ。ほら。
帰りなさい。
可哀想に。
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