第11話
世界は二つで、バランスを保っていた。
世界に希望を与えるなら、絶望を与える者も必要だ。人々の願いを叶え、人々の溢れる欲望を抑え。
世界はそうやって巡りを繰り返していた。
そのバランスが崩れたのは今からおよそ七万年前。
表世界に異端児が産まれたのが原因だった。異端児というものは力を無限に使える者を言う。異端児が産まれた場合、世界を壊しかねないため残酷な話ではあるがその異端児を殺さなくてはいけない。最初から産まれていないことにするのだ。
だが、表世界は異端児を殺さず生かした。そしてあろうことかその子を神と崇めさせて民を操った。世界中から集まった民はその異端児を神として拝み、希望を求める。自分の溢れる欲を満たすために。
裏世界はそれを止めるために尽力した。抑制し、人々の希望を奪い。しかし力とは本来有限のもの。力を使う度に裏世界の奇跡の力を持つ一族は絶えていく。一族の内残った二人は考えていた。幼い自分たちに何ができるのかと。
時が流れ、残った二人の内一人が嫁いだため、王だけが表世界に憂いを抱いていた。そんなある日のことだった。
表世界の王が世界を創造させた。表世界のコピーを二十五個。その中の一つを自分の望む幻想世界として作り出した。それを世界の王は裏世界と呼んだ。
表世界の人間は裏世界の存在を知らなかった。裏世界にも住民はいる。同じように太陽が昇って、月が昇る。だが、表世界に裏世界の情報は何一つない。
そんなこともあり、元々あった裏世界に表世界の王が作り出した裏世界が上書きされた。つまり世界線に裏世界が二つ存在してしまう事態が起きたのだ。
裏世界は太陽も消え暗闇に包まれた。人々は突然不思議な力を使えるようになった。そして、時が止まったかのように体の老いが止まったのだ。その恐ろしさに裏世界の民は気を狂わせて、まるで生きた亡者と化す。
裏世界の王はその地獄とも呼べるような世界の進行を止めることができなかった。
裏世界の民の中で力を使って違う世界線に移る者もいた。だがそれは上手くいかない。魂と体が裂けてこれまでよりもずっと苦しい思いをして生きなければいけない。
民の怒りの矛先は次第に表世界の王から裏世界の王へと変わっていく。王なら自分たちを救ってくれと。その祈りに対して王は何もすることができなかった。
何千年と共に抗ってくれた者も狂っていく。何もできない無力さと表世界の王に対する怒りと悲しみが王を襲っていた。そんな王の唯一の生きる糧が一族で唯一共に生き残ってくれた妹だった。妹は今自分の側にはいないが、生きている情報は掴んでいる。
危険な場所にいる弱き妹のために。あるべき世界を取り戻すために。王はどうにかして表世界の王に会うために働いていた。
そうして気づけば七万年近くの時が経っていた。
裏世界の王に忠誠を誓っていた者たちの瞳に希望が薄れる。それを王をとても心配していた。いつの日か彼らに希望、熱がその瞳に灯ってくれる。そう信じてばかりの王は不安を抱かないよう安心していた。
が、王は後に彼らに殺害されそうになった。寝込みを襲われて体から血を流しながらも生きていた。信じた者が全て、敵になった。
王はこれまで耐えていたものが全て途切れたように。ぷつりと糸がちぎれたように。その瞳から希望の光が吸い込まれるようにして消えていった。心が痛む。化け物のような呻き声をあげながらその場に倒れる。
死ねば良かった。死ねば良かった。呪文のように頭に駆け巡る考えが王をより一層苦しめる。
そのとき、王はまた願った。今まで散々願ってきた。手から生み出されるワープ空間。どこにでも繋がるそれは、表世界の王の元にだけは繋がらなかった。
今ならこの手で殺してやる。裂かれても良い。王が死ねばどんな苦しみも受け入れる。
その思いを込めながらワープ空間を作り出す。その光ない瞳をその手に向けると、そこには渦ができあがっていた。ワープ空間が表世界の王の元へと繋がったのだ。
その渦に入った王が見たのは顎髭を伸ばし、その真っ黒な瞳を見開く老いた男だった。
「見つけた……やっと」
呻き声のような言葉をぶつぶつと呟きながら王は男に近づく。
「お前は、一体どうやってここに来た。何者だ」
焦るように男は言う。打って変わって王は落ち着いていてゆっくりと男に近づいた。
「私の世界を、返せ」
男はその王の話を聞いて大きく目を見開き、王を手元に置くことにした。男は王の存在が自分の計画を壊しかねないと恐れたのだ。
男は王の名をロウとした。ロウは十三人目の死神として裏世界、もとい幻想世界に身を置くことにした。
男、シュトゥルは知らない。ロウがシュトゥルの作り出した世界を全てを滅ぼそうとしていることを。
◇◆◇◆◇◆
ロウは痛みに目を覚ました。手荒に腕を落とされたから痛みと違和感がある。
左手を見つめて閉じて開いてを繰り返してみる。もうこの体を使って何年になるだろう。シュトゥルはロウの心を奪えない。それ故に襲う苦しさもある。何も感じないほどに時間を過ごしてきた。一度絶望しているのだ。希望なんてないし今更生きようなんて思わない。希望を持つ人間が、輪廻の巡りにいる人間が眩しく感じる。でもそこに自分の身を置きたくはない。今更、そこには行けない。
妹は、裏世界の人間はちゃんとこの世界の輪廻の巡りに入っているのだろうか。彷徨ってはいないだろうか。
ロウはどうしようもない考えを消すように首を横に振る。
コピー世界は独自に発展していった。元は同じといえ、表世界の歴史も消え、コピーされた人々の記憶も消え。それぞれ新しい歴史を辿る人間は、二十四通りの歴史を作り出した。
それに取り残され発展も衰退もしない裏世界。裏世界に生き残っている民は今どうしているのだろうか。王のいなくなった世界。彼らは何を思って生きるのだろうか。そこに、光はあるのだろうか。
ロウはこの幻想世界に新しく入ってきたリヴと仕事があるため、ぼさぼさの髪を整えて着替える。
リヴはとても真面目で優しくて良い子だとロウは思っている。心があったら、きっともっと素敵な女性だったのだろうと。昔一緒にいた妹も、こんな風に綺麗な心を持つ人だったと記憶が蘇る。
そんな彼女を絶望に追い込んだ世界がとても憎たらしい。それも全てシュトゥルが原因なのだ。
この片腕のなくなった自分を見て何を言うだろう。心のないリヴはロウのことをどう感じるのだろう。ロウとリヴたちの間には越えることのできない大きくて硬い壁がある。互いのことを理解することは不可能に近いだろう。
ロウは広くてどこか閑散とした部屋で朝ご飯を食べる。古い本の匂いがロウの心を癒す。
ご飯を食べなくてはいけない。寝なければいけない。
ロウは、まだ生きているのだから。
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