第3話

 死神。ある者がそう言い、それから彼らをまとめて死神と呼ぶ。もうかれこれ何万年も前の話。

 仕事内容は至ってシンプル。寿命が尽きた人間、予定より早く死んだ人間。何であれ死んだ人間をこの世に留まり続けることないように世界の外へ連れていく。


 外へ連れていくには条件が二つある。

 輪廻転生という言葉がどこかの世界にあるように、命あるものは必ず死に、また生きる。だからこそ前世というものに未練を残してはいけない。前世に希望を抱いてはいけない。前世から断ち切る必要がある。その方法は何でも構わない。その者が前世をさっぱり忘れることができれば良い。

 もう一つは同意を得ること。前世から断ち切らなければいけないが、必ず本人の同意が必要になる。無闇に連れていっても世界はそれを拒んでしまう。この世界から離れてもいいか。新しい自分となることを許せるか。

 彼らが円満に命を捨てて命を手に入れることができるようにするのが死神の仕事。この世界を果てのない永遠の時間続くように、幸せで溢れているかのような仮面を作るのが役目だ。


 生きる人間には見えない、死んだ人間を彼らは見ることができる。

 両者に違いは特にない。透けているとか浮いているとかもない。路地裏で泣いている人間、働きに出る人間、家でごろごろと過ごす人間。死んだことに気づかず生前と同じように過ごす人間が多い。

 そんな彼らを一瞬にして見分けるために、死神の能力の一つとして死者を見出すものがある。その目は一般の者とは異なっている。死者には心臓がない。魂のみがその場に残って、それ以外はありもしない嘘の姿。魂だけがその体を動かしている人間は目立つ。百人がパンを食べて一人がおにぎりを食べていたら目立つのと同じ。たくさんの生者がいる中で、明らかに生者ではないその他を見つけるだけ。


 リヴに与えられた最初の仕事はリヴが住んでいた国、ニホンの死者十人を外へ連れ出すこと。人は一日に何千、何万と死ぬ。死神からしたら十人のノルマは簡単な話だが、それはとうの昔に慣れてしまったからだ。初めての仕事で十人は骨が折れる方だろう。コツも何も知らない現在、厳しい条件の中で人に言うことに従わせるのは大変なことだ。今回リヴにはロウが補助をするため、慣れるのも早いはずだと同業者は考えた。


 ロウは話が一段落したところでリヴにもらった饅頭を一口入れ、目を見開く。


「この黒いペーストはなんです?」

「餡子のことですかね。小豆と砂糖を煮て作られた物です。ニホン以外ではあまり見ないんですかね」

「ここにニホンから来た人間はあなたが一人目ですからね。同じ国から来た人はそもそもいないんですよ」


 リヴはその話をお茶を飲みながら聞いていた。確かにこの世界には数え切れないほどの国の数があるし、絶望して死ぬ人はそう多くないと言っていたからそれもありえる話だとリヴは言ったが、ロウはどこかそれは違うと言いたげに嗤う。


「……じゃあ、どうして話が通じるんですか? 私の母国語はニホンでしか使われていないと聞いたことがありますけど」

「私もあなたの国の言語は存じ上げません。証拠に私の使う言語の文字もあなたは知らないでしょう。ここはありえないことが起きる場所。私たちのこの体もありえないことだらけですから」


 ロウは饅頭を食べ切ると自分の体を確かめるようにぺたぺたと触る。その細い指に息を優しく吹きかけると、リヴがメモをとっていた紙の空白部分にスラスラと字を書き始めた。しかし、その文字をリヴは見たことがない。


「ロウ、と書きました。読めないでしょう。私もあなたが一生懸命書くその文字の何一つ、理解できませんから」

「何語ですか? どこの国で使われているんでしょう」

「ブリュウェルテ語。ブリュウェルテという世界でのみ使われてきました。今はどうかは知りませんが、少なくとも私が生きていた時代までは」


 リヴは首を傾げた。義務教育を終えて、高校の勉強もそれなりにやってきた。が、ブリュウェルテなんて国名は聞いたことがない。詳しく各国の歴史を学んでいないからかもしれないとリヴはとりあえずその話について考えるのはやめにした。

 考えて答えが出たところで、何もならない。


「話が逸れてしまいましたね。私たちの体について説明しましょうか」


 ロウは自分の体を使って実際にやってみる形でリヴに説明をする。


 死神と呼ばれる彼らには、普通じゃありえない力を備えていた。

 目。死者を見て生者と見分けられる。

 耳。どんな言語でも聞き取れる。

 鼻。死の感情を判断できる。

 手。どこでも行けるワープを作れる。

 足。どんな場所でも歩ける。

 息。望むことを叶えられる。

 体。死んだときより決して衰えない。

 死んでいるから食べる必要もない。これだけ聞くとまるで理想の体だ。魔法のようなものも使えて衰えなくて。しかし彼らは死んでいるためこの体を手放して新たな人生を歩むことを許されない。世界が尽きるそのときまで、永遠と呼べるような時間をやりがいのない世界で過ごすしかない。そして、絶望したときに失われた心。どんな美しいものを見ても何も感じない。怒りも悲しみも嬉しさも。

 全てが無に囚われた場所。

 居場所はここしかない。そもそもここを居場所と認識していいのかすら分からない。でも、この完璧で不完全な体はここにいるしか道はない。


「……永遠」

「恐ろしいですか。四百年で若手ですからね。先輩方はかれこれ千年以上もこの仕事をやっていますから。世界の中身がどれだけ変わっても外見は全く同じ。時間の概念すら消える場所です」


 リヴは視線を落とした。

 容姿の変わらない周りの人間。自分が生きてたことすら風となって消える世界。何もない場所。確かに希望も何もない時間。絶望した人間には、ぴったりの場所だ。


「私たちに時間の感覚はありませんが、世界は変わらず時間が人間を操作しています。その端末は仕事をする上で欠かせない物です。まず世界のそれぞれの時間を把握できます。途方のない数の時間がありますので次の仕事場の時計を設定していくのをおすすめしますよ。また、それはスケジュール管理にも使えます。シュトゥルが私たちに仕事を振り分けているのでそちらに次の仕事の場所、日程、ノルマなどが表示されます。他に同業者同士の連絡の取り合いもできます。ここにいる十三人の連絡先は登録されてますからね」


 リヴはロウの説明を聞きながらスマホ画面を操作する。生前使っていた端末とは似たようで違う。画面は時計、スケジュール、電話、メールのアイコンのみと簡略化された物で、誰でも扱いやすそうだ。

 スケジュールと書かれたアイコンをタップすれば、一番上にB世界 ニホン 三月一日五時から仕事開始。ノルマ十人。と書かれていた。


「十三人だけで仕事しているのですか」

「それだけ絶望して死ぬ者は少ないということです。ある者がこの世に希望などない。絶望した。そう言って死んだとて、死ぬことに対して希望を抱いていることが多いので。ある意味選ばれし人間です」


 ロウは笑ってみせる。それに対して引きつった笑みを見せるリヴ。


 しばらく談笑した後、ロウは自分の住処へと帰る。

 楽しげに話していた二人の目に光が宿ることは一度たりともなかった。

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