第22話 お気持ち表明

 私は恐かった。

 彼から離れること。

 彼女から愛想を尽かされること。


 私と肖子しょうこを繋げるものは推しだけだ。たまたま推しが同じだったから仲良くなれたし話の大半を占めるのは推しの話だ。そうでなかったら関われるはずがないぐらいに彼女は私にとって遠い存在であった。



 彼から離れた私は彼女とどんな話をすればいいのかは想像も出来なかった。毎日天気の話でもするのか。いまさらそんな一時的に場をもたせるだけのような話などはしたくない。そもそもお昼を一緒に食べることすら叶わないかもしれない。


 私は漠然とした不安に襲われている。



 これまでのような熱量で彼を好きになることなんてもう無いと思う。私が無意識で彼に、私の中にしかいないに抱いていた信仰心がハッキリと壊れるのを感じたからだ。


 本物のファンならば推しが何をしたとしても受け入れ最後まで付いていくべきだ。余計な詮索もお気持ちもそこには必要ない。盲目であれ信者であれ。



 私は彼に憧れていたと同時に彼のことを羨ましく思っていた。だからこそ許せなかったのだ。私が焦がれたファンのことを一番に考えるし絶対に悲しませるようなことはしないのだ。この願いを押し付けるのは傲慢なことだ。だが全て彼から受け取った贈り物でもある。


 それは彼の歌や活動から受けた感情がいつの日からか独りでに作り上げたものだ。だからこそ彼ではないどこかのだれかにもうこれ以上彼から貰ったものを汚されたくないし、彼の歌を一切の懐疑心なく体に流す事で生きてきた時間も想いも否定されたくなかった。そう思い出したら私は彼の歌が聞けなくなった。



 私一人が推すのを辞めてお気持ち表明をしたところで彼の日常に何ら変わりはない。私にとってはただ一人の彼でも、彼にとって私は大多数のうちの一人でしか無い。彼は私が自分の歌にどれほど救われたかなんて知る由も無いし、私がファンを辞めることなどで彼を変える事など出来やしない。そもそも彼を変えようとすることがお門違いな話である。


 好きになるのも勝手であるならば嫌いになるのも勝手であるべきだ。それなのにどうしてこんなにも胸が張り裂けそうなほど苦しいのだろうか。





 本当は離れたくなんかない。私の神様は貴方しかいないの。ずっと一緒だと思ってた。悲しいことや辛いことがあったら貴方の歌を聞く、楽しいことや嬉しいことがあったら貴方の歌を聞く。そうしてこれからも生きていけると思ってた。貴方は完璧だから私が好きでさえいれば嫌いになるような出来事なんて起こりはしないと信じていた。


 しかし現実は違った。イヤホンから流れる縋っていた言葉の数々は酷く薄いものに聞こえてくる。虜になっていた美しい声はワンコーラスすら聞くに耐えられないぐらいに胸が締め付けられる思いだった。



 漠然と彼の事が好きだったという記憶と気持ちだけが私の中に残って、ぽっかりと穴が空いてしまったような気分である。


 

 私が彼に抱いていた気持ちはこの程度で終わってしまうような脆いものだったのだろうか。全く自信が持てなかった。どうしてあの状態の彼を肯定出来る人がいて、なぜ私はそちら側にいれないのか。


 

 私が一番好きなのに!




 身勝手な私の事などを理解してくれる人はいないだろう。肖子にさえ言えるわけなどなかった。嫌いになったことは私の問題なのに、まだファンでいる人が多いせいで反省の色を見せない彼が許せないなんていう傲慢な気持ちを打ち明ける事など出来るわけがないのだ。














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