第20話 推しの炎上は大惨事!?
終わりは突然に来るものだ。好きになることが一時の気の迷いならば、嫌いになるのもまた小さな迷いが原因なのかもしれない。
2月某日。私はSNSのある投稿で彼の炎上を知った。手軽に膨大な口コミや情報を閲覧することができる反面、見たくないものまで見えてしまうのは本当に良くない。
「ほら君がいつも調べてる大好きな人の最新情報だよ」と嬉しそうに勧められている気がして、利便性を追求したUIデザインになんだか無性に腹が立つ。それが主にとってプラスの情報なのか、マイナスな情報なのかぐらい、そちらで判断した上でオススメして欲しいものだ。
彼の情報ならどんな些細ことでも、スルーをすることが出来ない私は、またAIの策略から抜け出すことが出来ずに、吸い込まれるように投稿を確認する。
2次元キャラクターの姿で、配信をする人気な配信者の放送中に、私の推しから送られてきたメッセージが、通話ツールのポップアップ機能により、配信画面に映りこんでしまったのだ。これは本来、切ることが前提になっている機能であり、故意に解除しないと表示されないものという情報もあった。しかし、そんなことはどうでも良かった。私にとってはメッセージの内容の方が重要である。
「たった今生放送終わって帰る準備をしているよ。〇〇ちゃん……──」
うん?
時が止まったみたいなのに、体の内側。血の流れは速さを増していくのがわかった。間もなくして背筋どころか全身が寒気に襲われた。左側が煩いことが原因だと気づくのに時間を要した。
どれほど経ったのかがわからない。十数秒にも満たないかもしれないが、数時間動けなかったのかもしれない。どうしても理解が追いつかなかった。
どうして帰る準備をしている事を女性に報告する必要があるのだろうか。
そんなに仲が良いのか。
何かこの後に二人で約束があるのか。
帰るって何処に。
もしかしたら同棲してるのか。
生放送ってさっきまでやっていたやつのこと?。
頭の中を埋め尽くしたのは、このような途方もなく不安にさえも満たない、他人事のような疑問である。
この画像自体が偽物の可能性は十分にある。こんなアカウントの名前を偽装することなど容易に出来るはずだ。
何より彼はこの前も悩みがあると言って、アニメキャラクターへの恋心を相談するという気持ちの悪い放送まで行っていた。だから異性の影などあるはずがないのだ。半ば強引な思考により、私は落ち着きを取り戻した。深呼吸で息を整える。だが、いくら吸っても吐いても心臓の鼓動が煩かった。
翌日のお昼休みに
「やばいよね」
どんな事があったかはあらかた調べ終わっていた。昨日の夜に片っ端から検索をかけて、詳細を調べあげたのは彼女も同じだったようだ。
「ショーコはもっとダメージ受けているかと思ったよ」
「それはそっくりそのままお返しするよ」
明らかにいつもより会話が続かなかった。何を話したら良いかわからないという気持ちもあるが、いつも明るく話を振っては、聞いてくれる彼女の有難さが身に染みてわかった。
「まだ何とも言えないのがつらい所だよね。彼が本当にやったのかわからないし」
「そう思いたいよね」
推しが起こした不祥事を目の当たりにすると意外と静かになってしまうのだ。彼の事を話したいのに話そうとすると苦しくなって言葉が出ない。
ただただ、教室の空気が重く感じる。黙々とお弁当を口に運ぶ彼女の姿を横目で見ていると、せっかく縮まったと思っていた彼女との距離が、また開いてしまうことへの恐怖が込み上がってくる。その恐怖から逃げるために私はおもむろに口を開く。
「ね、ねぇショーコ? ひ、膝座ってもいいかな?」
ごめん、私は弱い人間だから直接触れてないと、不安で仕方がないんだ。静かな空間の中で私の鼓動だけが響いているような気がする。
「おいで」
彼女は私の方へ向き直り腕を広げて迎えようとしてくれる。
私は彼女の膝の上に横座りをする。すると当然のように私の体に腕を回して支えてくれる。触れていると心臓の音が彼女にも伝わってしまいそうだった。そう思うと余計に煩くなる。
「わたし正直言うとね、かなり参ってるかな」
「でもね。マヤは私が居ないと寂しいかなって」
私は同意の気持ちを込めて体を完全に彼女に預ける。それから胸の前で祈るように手を合わせて彼女の反応を待つ。
肖子は私に顔を近づけて何かを囁き出した。
「うそ。わたしも寂しかった」
彼女の息が耳をくすぐる。体が反応してしまったことを悟られないように急いで口を手で隠した。
「耳よわいでしょ」
ズバリ言い当てられてしまった。わかっているのならやめて欲しいのだが、耳元で囁くことをやめてはくれない。そもそも彼女と密着する状況を作ってしまったのは私の方なので強くも言い返せなった。
「くすぐったいよ」
横など向けなかった。確認などしなくても、そこには端正な顔があることはわかっている。今それを見てしまう、と顔から火が出ることを通り越して、燃えてなくなってしまいそうだった。
そんな私を見て彼女は笑い出した。
「ほんとかわいいな。なんだか元気出たよ」
「それなら良かった」
彼女はありがとうとお礼を言うと腕の力を強めた。こんなことで本当に助けになれたのだろうか。
「もう少しこのままでもいい?」
「いいよ」
その日の夜。
彼から、メッセージを送信した相手とは、付き合ってはいないという旨の声明文が公開された。これで配信に映りこんだメッセージの送り主は彼本人であったことが確定したわけである。
それから5日ほどは音沙汰がなかった。色々と大人の事情というものがあるのだろうということは理解していたので大人しく待ち続けた。
皆が胸を張って応援できるように、好きだと言っても馬鹿にされないように、もっと大きく有名になりたいと、彼が話していたことを思い出した。そうした気持ちの表れや、努力によるものがここ最近の活動であり、会社を立ち上げたり、メディアへの露出を増やすことなどの、音楽以外の活動に繋がったのだとわかっている。
ただ大きくなった分だけ、つまらない話題が発覚した時に悲しむ人も増えるし、問題も大きくなる。有名になったせいで巻き込む大人の数も増えて、自分の口からすぐに説明できない状況に陥るとは、何とも滑稽な話である。これぐらいは毒づいても許されるだろうか。いや私も許さないから、許されなくてもいいや。
ついに彼が放送を始めた。胸が少し軽くなる思いがする。やっと直接話してくれるのだ。取り敢えずの声明文でもなく、誰かの伝聞でもなく、彼の口から聞けるのである。
全てを謝ってくれるはずだ。心配掛けて、辛い思いをさせてごめんって言ってくれる。そう思っていた。
彼は相手とのSNSでのダイレクトメッセージのやり取りを一部公開して、相手とはゲーム友達であり、付き合ってはいないし、同棲もしていないと否定した。その後はコメントを拾っての質疑応答タイムをした。関係を否定してくれたので、手放して喜ぶべきなのだが、そうはいかない理由がいくつも浮上した。
「4年前から今日まで付き合っていたという事実はありません」
4年前というのは、彼と付き合っていることを匂わせている女がいて、大騒ぎになった件についてである。すなわち4年前の女と今回の女は同一人物であるということがわかる。
ふざけるなよ。そんなやつと未だに交流が絶てずに、仲良く遊んでいたわけだ。あからさまな匂わせでファンにマウントをとり続けて、不安にさせて、悲しませたようなやつと、どんな神経をしていたらここまで仲良く出来るのか、不思議でしょうがなかった。
「これがダイレクトメールの内容です」
彼が公開したのは4年前の匂わせ炎上騒ぎの後のやり取りであった。相手の謝罪に対して、持っている物が被ることはいくらでもあるから気にしないでほしい、むしろこちらが迷惑かけてしまい申し訳ない、という旨が彼の言葉で綴られていた。
お互いがかばい合い、あちらが下手に出ればこちらが下手に出る。そんな言葉の往来がただでさえが癇に障るのに、何が彼はとばっちりなので、謝らないでくださいだ。こいつはどんな面でメッセージを送ってるのかと思うと腸が煮え返りそうだ。
スクロールバーが真ん中にあることから、まだこれより古い内容があることは明白であった。つまり何らかの面識があったのにも関わらず匂わせを行ったことになる。しかも、この件に関してそいつは何も悪くないとまで書いてある。
そうなのね。騒いだファンが悪いって思ってるわけだ。しかし渦中の本人から謝罪されて、そうだお前が悪いとは流石に言えないので、自分にも責任があると書いたことぐらいは百歩譲って理解できる。だけど、こんな裏のやり取りを公開したらファンがどんな気持ちになるかぐらいは想像してほしかった。
そもそもの話。相手と後ろめたい関係が無いので件のメッセージ内容を私たちにも見せることが出来るよ。だから信じて欲しいという意味の放送だと思っていた。まさか4年前の事を蒸し返されるとは考えても居なかった。今回の件に重ねて追い打ちを食らっている気分である。今最も許せない女との会話を見せて何を納得させる気なのだ。
相手との関係を否定したいなら、事の発端となった、流出した件の通話ツール上でのやり取りを公開しなければ、意味が無いこともわからなかったのだろうか。あれほどの時間がありこんな簡単な答えにも彼はたどり着けないのか。
挙句の果てに彼は
「相手の会社のこともあるからそれは見せられない」
それなら何の為に彼は表に出てきたのだろうか。とりあえずの声明文を出して、世間やメディアの熱が収まって来た頃、私たちには自分の言葉で、正直に話したいから時間を空けて放送をしたのではないのか。
相手の会社の損害をそんなに考えるのであれば、キャラクターを被っている中の人を存在づけ、確定させるような情報を開示することは、果たして許可されていたのかは疑問である。
4年前も相手の事を庇い、今回も相手の事ばかりを考えている。それだけあいつのことが大切な存在なのだと痛いほどわかった。そんなに好きならば勝手に二人で一生一緒エンゲージしていればいいのだ。
「嘘をついていてごめんなさい」
女性と会う機会など無いと言っておきながら、あいつと食事会をしていたことについての謝罪であった。
欲しかったのは不安にさせてごめんねという言葉だけだった。
今回の件が知りたかったのに、蓋を開けてみれば一つも説明してくれずに公開できるのは4年前のことだけ。まるで通り魔である。
こうして形ばかりの釈明放送は結局大量の燃料を投下して放送の幕は下りる。
この放送の一週間後に公式サイトが更新された。今回の騒動に関しての報告であった。目新しい記述は見られず、終始相手の関係者の損害や、迷惑がどうだとかばかりが書いてあった。都合の良い言い訳にしか見えなかった。各所ともに状況を整理していたから時間がかかった? あの放送はまるでなかったみたいな言いぶりだ。
この投稿の返信欄には、肯定する意見や彼の体調を心配する暖かいコメントで埋め尽くされている。みんな口を揃えてこう言うのだ。
「生きてるだけでえらい」
背筋が凍る感覚がした。その言葉は今の彼には似合わない。その言葉は彼が私たちくれた大切な言葉であった。
同士よ、頼むからこんな使い方はしないでくれよ……。
女性と交流があったのに初心なフリをして、アニメキャラクターを好きになってしまったみたいなメンヘラ営業をした事も、裏ではちゃん付けで呼ぶ仲の相手が居た事も今となってはもうどうでもよかった。
私はファンに対しての不誠実な対応がどうも受けいれられなかったのだ。
その瞬間に、私の神様は死んだ。
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