第18話 推しにどこまでついていけるのか
推しが有名になればなるほど、活動の幅は広がり供給も増える。その分だけ新しい推しの一面を見ることができる。無名の頃には実現しなかった、できなかったことが出来るようになる。それは私たち。ファンにとっても喜ばしいことである。
今日は彼からの重大発表があるらしく私はその衝撃にベットの上で備えている。事前情報によると新曲やライブイベントなど音楽に直接関わる事ではないらしい。この前はとあるアパレルブランドに携わることを報告してくれた。
着用モデルとして活動する彼の姿には惚れ惚れしてしまう。あんなに黒マスクが似合う人類はいるのだろうか。彼は天使の類なので、人の範疇なんかとうに超えているので当たり前のことではある。だが、この発表の時は嬉しいことばかりではなかった。
このアパレルブランドは、とある炎上系のクリエイターが立ち上げたものだったからだ。この人と彼は少し前から交流がある様子をSNSで確認する事が出来た。私のエゴでしかない感想だが、なんでこんな危ない人と知り合いで一緒に遊んだりなんかしているのだろうかと、心配になったこともあるし、なんでお前が馴々しく彼の名前を呼んでいるんだと怒りさえした。
だが、しばらくは表だった二人のコラボはなく気持ちが落ち着いていたので、発表された時は素直に受け入れる事が出来た。いや、これは私の強がりだ。本当は添えられた彼の写真があまりにカッコ良かったので、変な奴が関わっているブランドだということなど気にも留めていなかった。
このことに限らず意外と彼の交友関係は広く、え! あんな人とゲームしてるのとか、この界隈と繋がりあったんだ。とか、確かこの人彼のことを悪くネタにして再生回数を上げようとしてた人だよね! と驚かされる事が多い。
彼が楽しそうに教えてくれるので、受け入れるしかないのだが、あまり良い噂を聞かない人が多いので、少し心配になってしまうというのが、厄介なファンの気持ちである。
だから今回の発表も楽しみと不安が入り混じったような心境で待っている。ああ、どうか手放しに喜べる内容でありますように。そう願いながらSNSのタイムラインを上から下にスワイプする。
ポコッという音と共に彼の報告が目に入る。
報告内容は事務所の設立であった。2次元のキャラクターの姿で活動する配信者の為の事務所らしい。最近流行っている活動の形で、彼も配信で使うことがある。彼は主に音楽業界へ進出する為のサポートをするみたいで、配信のBGMやオリジナル曲も手掛けるようだ。
呆気に取られてしまった。音楽事務所ではないのかというのが一番最初に抱いた感情であり疑問であった。
彼のやってきたインターネットでの活動が、音楽が、業界に認められるようになるまでには、色々と苦労してきたという話は有名である。ライブハウスを借りるのにも、歌い手とかいう訳のわからない奴らには貸せないと言われたり、業界で活動する中で不当な契約を結ばされそうなったりなど、挙げたらキリがないほどだ。
世間に認められるまでに大変な道を歩んできた。そんな彼だからこそ音楽業界へのパイプ役をするならば、配信者に対してではなくて、ミュージシャンに対してであるべきではないのか。自分と同じような目に遭わないように助けてあげるのではないのか。
こう思うのは私が傲慢だからだ。勝手に彼の曲を歌を聴いて彼の事を全て知った気になっている私が悪いのだ。
だけどどう考え直しても解釈違いなのだ。
私が信じる彼はそんなことしない。
「たぶんね、マヤは羨ましいだけだよ」
「嫉妬してるんだよ。彼のサポートを受けて活動をスタート出来る人たちのことをね」
私だって、彼に自分だけの曲をプレゼントされたらって考えたら、羨まし過ぎると彼女は言う。
「いっそ事務所の募集に応募してみたら?」
「ちょっと! 茶化さないでよ」
彼女の失敗しちゃったと言わんばかりの顔を見て冷静さを取り戻した。
「ごめん。言い過ぎたね」
「ううん、大丈夫だよ。それより何か言いたいこと隠してるでしょ」
「私は妬んでなんかなくて。完璧な彼でいてほしいだけだもん」
酷く子供じみた主張だがこれ以外に今の気持ちを彼女に伝える方法はなかった。彼女は膝の上の私を抱きしめるだけで何を言うわけでもなかった。
「何で変なことするの。カッコイイ歌だけ歌っていてほしいのに」
私の溢れ出した誰にも理解されない想いをただひたすらにうなづきながら耳を傾けてくれる。
変な人とも関わらないで欲しい。
一生二次元に恋していて欲しい。
青い相方だけを大事にしていて欲しい。
胸を張って好きだと憧れられる存在であって欲しい。
ずっと弱い者の隣を歩いていて欲しい。
どれも彼の気持ちなど考えていない独りよがりな願いだった。
わかっていた。盲目であるべきだ。変に自我を出して主張しだすファンなど害でしかないのだから。どうあっても、推しについて行きたいのであれば、全てを受け入れるしかない。
「落ち着いた? これだけ吐き出せば充分かな? 本当に彼のことが好きなんだね」
でも、自分の方が好きだけどねと肖子は笑っている。
「ありがとね。聞いてもらえてスッキリした。こんなの話せるのショーコしかいない」
「あら珍しくデレてるね。ほーんとわたしは彼が羨ましいよ」
「羨ましいって何のこと?」
「あー、大したことないし忘れて忘れて」
何かが引っかかったが、今日は肖子の優しさに甘えようと思う。
「こんな話の後じゃご飯美味しくなくなっちゃうね」
それならば良い考えがあると、彼女は嬉々としてお弁当箱を開け出した。
「さ、マヤが食べさせてくれたら何倍も美味しいから!」
輝いた顔で箸をこちらに差し出してくる。
「まさかこの展開を見越したんじゃないよね!」
「そんなわけないでしょ! 失礼しちゃうよ」
流石に言い過ぎたので謝り、箸を受け取った。
「今日だけだからね」
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