第17話 推しと結婚したい!

 ○○ロス。有名人が結婚や引退をしたとき、人気作品が終了したときなどにこの言葉を使って、私たち悲しみを表現する。


 しかし、こんな言葉を使ってSNSでお気持ち表明している人は話題に乗じて自分が注目を浴びたいだけだと思う。祝福すべきことだとわかっていても、素直に祝福出来ないというジレンマは当事者にしか理解されないものである。


 私は、彼の結婚発表を穏やかな気持ちで祝福できるのだろうか。





「ショーコはさ、推しが結婚したら嫌なタイプ?」



 今朝見たニュースで、とある俳優の結婚についてが報道されていた。私は俳優さんに疎いので、別段な感情を抱かなかったのだが、好きなバンドの解散や推しの結婚に話を置き換えてみると、穏やかな話題には感じられなかった。


 報道では祝福の声が多数紹介されていた。それもそのはずだ。ファンは推しの幸せを願うもの。全てをただ受け入れて肯定し続けていればいいのだ。




 だけど今頃、悲しんでいるファンの子もいるはずだ。




「あー、難しい質問だね。そういえば、朝も話題だったよね。でもね、わたしはへこむタイプだと思う。だってカッコイイなって思ってた俳優さんが結婚した時、複雑な気持ちになるもん。ロスまでは、なったことないけどね」


「そうなんだね。私は俳優さんとかわからないからそういう経験ないんだけど、もし推しがそういう報告したらどうなっちゃうんだろうって考えたりするんだよね」


「そうねー。もし彼が結婚したら、おめでとうが正解だよね。でも、そうは問屋が卸さないよって話だ!」


「そそ、一旦はへこんじゃうよね」


 肖子しょうこはそうなったら私が慰めてあげるからねと、自分の胸をポンと叩いて視線を送ってくる。もしそんなことが実際に起こったら、彼女だって正気ではいられないはずなので、実に頼りがいがない約束である。むしろ私の方が彼女のことを慰める展開になりそうだ。


 私は彼女のことを軽くあしらって会話を続ける。



「じゃあさ、結婚したらなんで嫌なんだろうね」


「ほら。誰かさんみたいにさ、もし推しと結婚出来たらとか考えてるからでしょ。あと、誰かのものになったみたいに感じるしね。妄想もほどほどにして気を付けなよ!」



 あしらわれたことが気にいらなかったようでなんだか変に棘のある言い方だ。その通りですよー。私は所詮、厄介ファンの分際だよ!



「な、なんか悔しい。ショーコだってその時になったら冷静ではいられない癖に」



 彼女は私のことだとは言っていないのにと、しらを切っている。



「やっぱりマヤは彼とあんなことやそんなことをするのを考えたんだー。スケベだ!」


「ほーんとに好き勝手いうよね」



 こういう面倒くさい絡みには極力付き合わないことにしている。あんまり間に受け過ぎても申し訳ないし、本気で私に悪口を言っているわけではないことは分かっているからだ。



「私はね、妄想の余地が無くなっちゃうのが辛いんだと思うんだよね」



 結婚したかったのに! という気持ちよりも魔法が解けるというか、目が覚めてしまうというのはあると思う。今まで思い描いていた推しとの夢の世界が一気に壊れてしまう。という感覚に陥る。それが辛いのだ。



「でもさ、わたしたちも勘違いしちゃうよね。甘い言葉かけてくれたりさ、こんな生活してるよって教えてくれたら、恋愛感情を抱いちゃうのも無理ないと思わない?」



 私は首が無くなりそうなほど肖子しょうこの意見に同意した。



 恋と見紛う状態にいる人ほど熱心なファンなのは間違いない。熱狂的なファンは本人にとっても嬉しい存在であると思う。何かアクションをすればすぐに反応してくれたり、様々な方法で応援してくれるファンは大切な存在である。そういう存在を増やす為には恋心を芽生えさせることが効果的である。


 しかし、こういうファンが増えると色恋沙汰のスキャンダルを起こしてしまった時に、大火事になることも考慮しなければならない。恋心を利用した活動はいわば諸刃の剣なのである。



「おーい! 帰ってこーい。なんか今すごい身勝手なこと考えてるでしょ!」



 肖子は私の頭の中を見透かしたような言い振りをする。



「なんでそう思うの?」


「だって嫌な雰囲気してたよ」



 嫌な顔ではなく、嫌な雰囲気。よくわからないが彼女の予感は当たっているので、センサーか何かが付いているのかもしれない。



「マヤが話さないなら、わたしは聞かないから好きにすればいいけどね。でもわたしが目の前にいること、忘れないでよね」


「う、うん。ありがとね」



 彼女の優しさを噛み締めていると、でもやっぱり知りたいと私の脇腹を突っついてくる。そのまま澄ました顔をしていれば、カッコよく終わるのに最後は残念な行動をする。いつもはキリッとしている彼女の素の顔が見れているみたいで私はどちらにせよ嬉しかった。



「ほんと。私といる時はカッコよくないよね」


「えー、ひどいよー。それだけリラックスしてるってことでしょ!」



 彼女の不服そうな声を聞きつつ私は話を戻す。



「まぁとにかく! 私は彼と結婚したい! 叶うわけ無いのはわかっているけどね」


「じゃじゃ、じゃあライバルだね」



 彼女は続けて珍しく大きく出たねと幼子の成長を喜ぶような目線を送って来る。彼の事に関しては譲れないのだ。



「というか、やっぱりショーコもそういう感じなのね」


「ま、まぁね」



 推しが大きくなれば喜び、古参ぶる。推しが不甲斐ない行動をすれば肯定しつつも悲しむ。


 私たち。厄介なファンは何があっても大騒ぎする生き物なのだ。







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