第16話 髪を切った話

 名残惜しい冬休みに手を振る。

 サッパリとした頭に吹き付ける風にくすぐったさを感じながら歩く。憂鬱な気持ちを振り切ろうと頭に付けた髪留めに触れる。思い出すのは私の大切な人の顔だ。


「元気にしてたかな」

 心の中で呟く。それほど長い期間会って居ないわけではないがお正月に送られてきたあの写真のせいで遠距離恋愛中の恋人と紛う感情を抱いてしまったので、一月ほど会っていないような感覚なのだ。



 私はそんなソワソワとした気持ちで教室に入ると思いもしなかった状況に戸惑う。数人のクラスメイトに席を囲まれたからだ。

 私はイレギュラーな状況に思わず疑問を問いかけると、彼女らは私の髪型のことや雰囲気が変わったことなどを思い思いに誉め始めたのだ。似合っているよ、かわいいね、イメチェンいいねなど矢継ぎ早に飛ぶ言葉に上手く返す術を持っていなかったので流れに身を任せるしかなかった。

 だけど一番最初に欲しかったのは肖子しょうこからの言葉だった。



 四限の終わりの号令を済ませてリュックサックに教科書やノートを仕舞い背負おうとすると制服を引っ張られた。

「ほら早く」

 小さく呟かれた言葉を認識するより早く腕を引かれたので慌てて鞄を背負い転ばないように足を動かす。歩幅が狭い私は上手く付いていけずに足がもつれそうになる。


「ちょっと!早いよ」

 私が指摘すると足は止まった。綺麗な長い髪の後ろ姿が目の前にある。息を整えて私が彼女の名前を呼ぶとついてきてと一言だけが返ってくる。


 彼女についていくといつもの空き教室に着いた。部屋に入る彼女の後に続く。

 私が軋む扉を閉め終わると同時に視界が暗くなり体に圧迫感が押し寄せる。突然の出来事に驚いたが受け入れるしかないと体の力を抜くと彼女のすすり泣く声が聞こえた。咄嗟に私は無理やり腕を引き抜いて彼女の背中に手を回す。そうすると体の拘束は弱まった。


 しばらくして落ち着いた呼吸音が聞こえてきたので私は疑問を投げかけた。

「ショーコ?急にどうしたの?」

「朝、楽しそうだったから、わたしのことなんて忘れちゃったのかと思った」

「そんなことないって。私はショーコを驚かせたくて髪だって切ったんだから!」

「・・・・・・」


 彼女は言葉を詰まらせる。私は顔を上げて彼女のことを見上げる。すると肩に手を掛けて突き放された。

「ごめんね。私が悪かったよ。なんか不安で嫉妬しちゃって」


 そう言い終わるとすぐにそっぽを向いてしまう。私は何故だか一方的に拗ねられて謝られた事に満足がいかなかった。


「そんなのずるいよ。いつも人集りがあるのはショーコの方なのに!」

 彼女は私の剣幕に怯んで後ずさる。その動作を見てやり過ぎてしまったと後悔したがここで引き下がるわけにはいかないので堪えた。


 それから彼女は私に近づいてごめんなさいと口を開いた。

「マヤ。嘘ついてた。嫉妬したんじゃなくてマヤのこと誰かに盗られたくなかったの。私は君がかわいいことも前髪短い方が似合うこともずっと前からわかってるのに。あいつらに直接調子よすぎるよって言えば良かった」


 こんなに弱々しい彼女を見たことがなかった。先輩に迫られて動揺していた時でさえこんな姿を見せなかったのだ。

「もう謝らなくていいよ。本当の事がわかったから。」

 私は肖子に抱きついた。


「私だってショーコに一番最初に褒められたかったんだから。駆け寄ってきてくれると思ったし」

 とても恥ずかしい言葉を言ってしまったので顔が熱くなる。それがバレないように顔をみぞおち辺りに埋める。おでこに柔らかい感触が当たる。

「ごめ、うん。そうだよね」

 片方の腕で抱き寄せてもう片方で頭を撫でてくれる。

 私は彼女に髪型が似合っているかどうかを改めて聞いた。すると顔を上げてと促されたので素直に従う。

「すごい似合ってるよ。これも《《》》つけてくれたんだね。嬉しい。」

 頰に触れながら欲しかった言葉をくれる。とても嬉しくて顔がぐちゃぐちゃになるほどにやけてしまう。そんな私の顔を見て肖子は変な顔だと茶化してくる。

「もーう、すぐ馬鹿にするんだから!」

 私は口を尖らせる。彼女はごめんごめんと頭を撫でてあやそうとする。

「もう少しくっついてても良い?」

「もちろんだよ!」







「私も髪切ろうかなー」

 お昼休みのタイムリミットが迫る中、肖子はくだらない事を口に出した。

「馬鹿なこと言ってないで早く食べなよ。お昼休み後にお腹なんか鳴ったら恥ずかしいよ」

「えー、なんか酷いよー!マヤが離れないからこんな時間なのに!」

 軽くあしらわれた彼女は不服そうだったが、決して悪口を言ったわけではないのだ。肖子は長く綺麗な髪がすでに似合っているので短くする必要なんかないのである。それに急に髪なんか切ったらすぐに彼氏に振られたんじゃないかって、根も葉もない噂が広まるのは目に見えている。


 彼女は懲りずにこれくらいはどうかと自分の髪を指で挟んで髪型を模索している。そんな彼女を横目にパンに齧り付く。普段であればツッコミを入れてあげるが今日は泳がせておくのだ。

「いじわるだー!」

 風鈴の音が教室に響くのであった。








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