第15話 推しがあの歌合戦に出場するなんて
最近になってようやく、インターネットを主戦場に活動するミュージシャンが、テレビ番組に出演することが当たり前になった気がする。少し出演するどころか、特集まで組まれて一時間のスペシャル番組!なんてこともあるくらいだ。
それに、音楽番組のヒットチャートランキングはストリーミングの再生数を基準に集計されることも多く、私にとって馴染みのある名前がズラリと並ぶことだってある。
音楽に限らずにSNSで短時間、急激に拡散されて話題になるという意味の「バズる」という言葉が頻繁に使われるようになった。テレビ番組もバズることを目的としてSNSを使った連動企画をやったり、インターネットで話題になっていることを取り上げたりするようになった。
若い視聴者層の獲得には手取り早い方法なのかもしれない。
私が何度、お目当てのアーティストを見たいが為に、普段見ることのないテレビに齧り付いたことか。
インターネットで有名になることが世間に認知されることと同じ意味になったのだ。
推しが年末のあの有名な某歌合戦に出場することが決まった11月ぐらいのことである。
「ねえ! 歌い手が○○だよ!」
「やばいよね!!!」
今日の私たちは赤組と白組に分かれて歌う、あの番組についての話題で持ち切りだ。前に話したように、インターネットでの活動が認められて、多くの人に認知されるということは嬉しいことではあるが、どこか遠くに行ってしまったようで、少し寂しく感じることもある。だけど、誰もが知る大きな番組なので嬉しさの方があまりに大きすぎる。
「なに歌うんだろうね」
「それは気になるよね」
彼のカバー曲を除いた代表曲というと……挙げるのが難しい。全部良いのは周知の事実であるが、彼を知らない人にも良いと思ってもらえて、かつ彼のことがよくわかる名刺のような曲。頭の中で検索するも見つからなかった。
「……なんかさ難しいよね。お茶の間向けの曲ってないよね」
「あー。それわかるかも! 良くも悪くも強い曲が多いからね。そこがいいんだけど!」
「そういうの考えなかったらさ、初のちゃんとした顔出しで、実写MVの曲はどうかな?」
「それいいかもね。アーティストとしての彼の決意みたいなものが感じられるし、歌詞とか彼そのものって感じがするよね!」
「そうそう。もうこの曲だけで一日中語れるよね」
「そうなのよー! これ聴くとさ彼が家で倒れてるのが発見されたって報告されたときのこととか思い出しちゃうよね! ほんと生きようと思ってくれてよかった!!!」
死にたいばかりを歌い、世界を恨み、自分を肯定出来なかった彼が、それでもこの世界を愛し生きようと歌うこの曲は、彼の名刺にはピッタリかもしれない。
「挙げだすとキリないよね。なんかどれ歌っても良さそうじゃない?」
ああでもないこうでもないと繰り返している内に私達はよくわからなくなった。
「もう最初から歌ってみたは候補から外しちゃったけど、全然あるよね!」
「確かにね」
12月31日。
彼のパフォーマンスが始まる。歌う曲は「歌ってみた」でも歌った曲である。彼は歌い手としてステージに立つことを選んだのだ。
原曲は合成音声ソフトがボーカルの曲で、命を歌った名曲である。この曲の歌ってみた動画はとても人気で、今も再生回数は伸び続けている。よく彼が盗んだと言われる曲の一つである。
少し原曲について語りたい。私はこの曲を聞いたときに、心が激しく動いたのを感じた。
シンプルなピアノのイントロから始まり、無機質な機械の少女が歌うのは生きることへの渇望。生きていれば辛いこともそれぞれあるし、生きている環境もそれぞれちがう。
なのに、周りと比べて自分を卑下して軽々と死にたいなんて言ってしまう人間に対して、こう歌うのだ。「命に〇〇れている」と。
しかもこの言葉の前には「ぼくらは」と付くのだ。こんな曲を作る人でさえ死にたいと願ってしまうことがあるのだろうか。
何故か、一緒に歩いてくれているような気分になった。
私はこの曲を聞いたときに、彼の曲と似たものを感じた。だから当然のように、彼の歌声にバッチリ合うのだ。
だけど彼の声が100%正解だと、これを彼の歌だと感じたことはない。人間の肉声だと辛すぎる部分があるからだと思う。
機械音だからこその伝え方、良さは絶対にある。機械が人間の命を歌うのってとてもいいと思いませんか? 私は好きです。
原曲至上主義。
つまりは歌ってみたが原曲を超えることなんてない。
比べられるわけがないのだから。
MCから曲フリがあった。私でも知っているくらいの有名な俳優さんにタイトルコールされるのは、少しくすぐったい思いがした。
スタジオではなく、特設ステージからのパフォーマンスだ。中央に立つのは黒い衣装に身を包んだ彼である。
髪と肌の白さが余計に際立っている。なんだ推しはやっぱり天使だったのか。この世のものとは思えない、彼の姿が移るテレビ画面は違和感しかなかった。
間もなく何回も聞いたイントロが流れる。ちゃんと歌えるかな。信じていないわけではないけど心配になってしまう。
だけど、歌い始める彼の声を聞いて安心が出来た。堂々と顔を出して歌う彼の姿はとてもカッコよかった。ここからもっと大きくなって、もっと活動の幅も広くなっていくんだと確信した。
曲もあと半分という所で、彼のマイクを握る右手に気が付いた。何か白い布が巻いてある?
よく見てみると、右手がグルグル巻きに固定されているように見えた。そういうコンセプトの衣装の一部にも思えたが、もしかしたら捻ったり怪我をしてしまったのではないかと心配だった。
それでも彼の力強く感情のこもった歌唱に耳は離れなかった。顔出しで歌っているだけでも考え深いものがあるのに、こんなに感情的に歌われると、心に来るものが多すぎて泣いてしまいそうだ。
この曲自体がワンコーラス聞き終わると結構ズッシリと来る感じの曲なので、聞く側も感傷的になってしまうのは仕方がないと思うが、本当に素晴らしいパフォーマンスであったと思う。
最後まで歌いきり、息を切らしながらインタビューを受ける、彼の姿を忘れることはないのだろう。私は少しの間座ったまま、動くこもが出来なかった。
見終わった後、
「ねぇやばかったよね!」
「めっちゃ良かった!」
「生放送で歌い上げるだけでもすごいのに、あんなに息が上がるほどの本気の歌を披露してくれてね、もうとにかくやばいの」
興奮冷めないままの熱量で、そのままだとよくわからない文章だが、ニュアンスは感じ取れる。私も多分同じ気持ちだ。
「なんか語彙力失うよね。本当に良かったね!」
「これは直接会って話さないと収まらないよ! 早くマヤに会いたいよー」
「そうだね。私も会いたいよ」
こうやってすぐに感動を共有出来る人がいるというのはとても幸せなことだ。
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