第12話 SNSは使いよう?
今日は一際疲れたような気がする。幾度もの
ただ、彼女と触れ合うのが嫌ではないので、ストレス的な疲れはまったくない。何故か安心感に満ちた気持ちになるのだ。
彼女に見つめられると恥ずかしいし、緊張するし、胸が苦しくなるが、早くその場から立ち去りたくなったり嫌悪感があったりするわけではないのだ。私はもうすっかり彼女に毒されているのかもしれない。
何かを発信するのに必須とまで言えるのがSNSだ。自分の身近な人から顔も何もかも知らない遠くの不特定多数の誰かに、情報を広めるためには欠かせないツールである。
自分の作品を見てもらいたい活動者はSNSを利用することが大前提な条件だ。勿論歌い手もSNSを使って自分の情報を発信する人がほとんどである。
利用の仕方は人それぞれである。ひたすら動画投稿のお知らせやグッズ、ライブなどの告知や、活動の情報だけを発信する公式アカウントのように利用する人。自分の日常的な部分を発信したり、時にはファンと交流したりと活動の情報だけでなく自分のプライベートな部分も発信していく人もいる。大半の人は後者のやり方で利用する。
ファンにとってはこの日常的な呟きが癒しなのだ。好きなものや嫌いなもの、どんな風に生活しているのか、何を使っているのか、どこに行ったのか、いつ起きるのかいつ寝るのか、どんな服を着るのか、どんなものを食べるのか、どんな小さいことでもいい。こういう生きている情報を食べて私たちは生きるのだ。
推しの好きなものは自分も好きになりたいし、同じものを食べたり、身に着けたり、使いたい。推しが喜んだり、楽しんだり、テンションが上がっている所を感じ取って癒されるのだ。あなたのことだったらなんでも食べたい。そうしている内に盲目になっていき、推しの全てを受け入れたくなる。これを恋と呼ばずなんと呼ぶのか。
私は寝る前に推しのSNSをチェックする。推しを補給してから一日を終えるためだ。今日は彼が自分でつくったカレーライスの写真が上がっていた。こういうのを待ってた。生活感のある写真は何枚あってもいいですからね。
使っている食器もお洒落でかわいらしいものだ。私にはどこで買ったものなのか分からないけど、どこにでも変態的な知識を持っている人はいる。そうではなくても、ここはインターネットの海なのだ。少し時間が経てば、これはあそこで売っているものだと特定する人が出てくる。
私は彼と一緒にご飯を食べたりなんかを妄想しながら眠りにつく。
♦
「もうこれは最悪だよー!」
お昼休み。
「これも、ほらこれも、あーこっちもだよ!」
彼女は私に次々根拠となるような画像を見せてきた。
「ほんとだ。これはおんなじ皿だし、こっちのブランケットもおなじだ」
匂わせは同じものを使ったり、同時期に同じ場所に居たことを呟いたり、呟きの内容が酷似していたりと手法は様々である。これはファンがやっていると、聖地巡礼であったり、まねてみましたなどの、羨ましくも微笑ましいものだと、受け流せる投稿で終わるのだが、同業者だったり、活動者の場合は発狂案件だ。
私たちが日常だと思ってたものは、本当の意味でのプライベートなものではなく、日常風に演出されたものだ。
外に発信する以上は100%本物で正しい情報は存在しない。だけど私たちは推しが発信したものが100%正しいと信じることをやめられない。
好きな人のことを信じる気持ちを他の誰かに否定されたくない。でも知らないことも、知りえないことも多すぎる。推しが私たちに見せない本当のプライベートのことなど知る由も、知る権利も持ちあわせてはいないからだ。
もしかしたらこの人と付き合っているかもしれない、この人と親しい間柄なのかもしれない。ファンにとって匂わせは不安材料でしかない。
ファンの時点で推しと親しくなる権利を捨てなければいけない、わかっているつもりだが、大好きな推しともし付き合えたらなんていう夢を誰が否定できるのだ。
そんな消えかかったロウソクの火のような。叶うはずがない弱い気持ちを己の優越感の為だけで消そうとしてくるような輩を許せるわけがない。
「信じられないよこの女! 自分がマウントを取りたいがために!」
「ほんと許せないよね。こんな投稿を繰り返して匂わせる必要ないのにね。隠しててほしいよ」
「ねー。もしこいつと付き合ってるとしたらさ、なんでこんな匂わせ女なんか好きになったんだーって失望もしちゃう」
「あー確かにね。将来的にこいつと結婚発表なんかしたら最悪すぎる」
「それそれ。ちょっと残念だなー。私この人結構好きだったから」
「まぁーもしかしたら、この女が勝手にやってるだけかもしれないからね」
「そうね! まだ本人から言及があったわけじゃないしね。見たくないものは見ないっていう必殺技があるし」
彼女は両手で目を覆い隠す。冗談ではなく情報の取捨選択は本当に大事だと思う。全てを受けいれて抱えると、推すのが辛くなってしまうから、自分が嫌だと思うなら見ないふりをしたり、苦しい思いをしたなら少し離れてみるのも手段の一つだ。
歌い手なんて星の数ほどいるのだから。
「聞いてくれてありがとね。ご飯美味しくなくなるからもうやめるね」
私に食べさせて貰ったらもっと美味しくなると、彼女は強請ってきたが、私は恥ずかしいから嫌だと断った。
「えー。いじわる! ケチ!」
「ど、どんなに言っても嫌なものは嫌だからね」
肖子は頬を膨らませたあとそっぽを向いてお弁当を食べ始めた。私から声がかかるのを待っているようにも見えた。私は椅子にお尻をつけたまま中腰の姿勢で立ち上がり椅子ごと彼女のすぐ横に行った。
「そっぽ向かれたら寂しいでしょ。せっかく二人なんだし。いじわるはどっちよ」
「──ごめん。その通りだわ。許して」
彼女はお詫びと言って卵焼きをくれた。もうすっかり私の下に馴染んだ味だ。
「おいしいよ」
私は笑った。
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