第11話 寒い日とスカートと告白と〈後半〉
「ショーコのお弁当は何食べても美味しいよー」
「そう言って貰えると、嬉しいなぁ」
そういえばこの前、毎朝自分で作っていると言っていったのを思い出した。
「自分で作ってるんだったよね。毎朝偉いね。私は朝起きるだけでもバタバタで」
実は朝早く学校に行っても居心地が悪いからと理由をつけていたが、朝起きるのがあまり得意ではないので、ギリギリに登校しているという節はある。朝は一秒でも長く寝ていたい。
「そんなぁ、偉いだなんて。照れちゃうよ。私料理作るの嫌じゃないからさ」
堪らなく愛らしいのだが、もっと褒められるべきはずなので複雑な気持ちになる。
せめて私だけは、彼女の頑張りを讃えてあげたいと思うのは傲慢だろうか。
「ねぇねぇ、マヤがいつも食べてるメロンパンも一口食べてみたいなー。今日も持っていてるの?」
「ん、ぜひぜひ」
私はリュックサックからメロンパンを取り出し、封を開ける。そして、袋からパンを押し出して半分覗かせた。
──あれ? こういう時ってどうするのが正解なんだろう。
ちぎって渡す? とりあえず食べてもらう?
ほんの一瞬だけ自問自答をしていると、目の前に端正な顔が突然現れた。
「パクっ」
彼女は袋を持っていた私の両手に手を添えながら、身を乗り出すとパンに噛り付いた。
私は咄嗟の出来事に体を硬直させる事しか出来ない。
「うん。おいしいね」
彼女はニコッと笑いながら、やけに満足気な表情を浮かべる。そんな彼女を余所に、私の脳内では先程の出来事がフラッシュバックする。
長く綺麗な睫毛。通った鼻筋。耽美な唇。柔らかな両手の感触。その全てが脳に刻み込まれたみたいに鮮明に思い起こされる。
自分が今どんな顔で、どんな体勢になっているのかが分からない。頭と身体が別々になったみたいに感じる。ただ、彼女を思い出す事しか出来なかった。
「ごめん、嫌だったよね」
風鈴の音で意識は覚醒する。
「ああ! これは、その、違くて」
私は大急ぎで彼女の言葉を否定した。すると、彼女は私に近づき、落ち着いてと背中をさする。まさにそういう行動のせいで落ち着けないのだが、私は無理矢理に深呼吸した。
「あり、がとね、もう大丈夫。あのねショーコが急に近づいたもんだからビックリしちゃって」
「そっか。ごめんね。食べてから気付いたんだけど、マヤは他人が直接食べたものとか気にするかもって」
「──あーいや、気にしない……わけじゃないけどショーコなら平気」
「マヤ、ビックリするだろうなぁと思って。やりすぎちゃった。平気って言ってくれるのは嬉しいけど、今回は私が踏み込み過ぎたと思うから謝らせて」
肖子はごめんねと頭を下げる。私の方こそ同性の友達に直接パンを食べられただけでこんなに心を動かされ、事細かに記憶しようとして、体を固めるなんて馬鹿な事をしたのだから謝るべきなのではないか。
しかし、そんな恥ずかしい事を言語化する勇気はなかったので素直に謝罪を受け入れた。
だけど、このまま
ただ、自分だけドキドキしたままで終わるのはなんだか違うとも思ったので、あるおねがいを提案しようと考えた。
「ね、ねぇショーコ? 顔上げてよ。一つお願い聞いてくれないかな」
「いいけど」
彼女はきょとんとした顔でこれから何を言われるのか不思議そうに待っている。
「ひ、ひざに座らせて欲しいの!」
私はそう言った。言い終わるとしばらくの間沈黙が続いたが、突然肖子が声を上げて笑い出した。
「ははは、マヤもこんな気持ちだったわけね」
何故笑っているのか。真意は分からなかったが、とりあえず彼女が笑顔になったので嬉しかった。
「いいよ。ここおいでよ」
彼女は椅子に座り膝を叩いて私を誘導する。
私が膝に座ると、決まって彼女は体を支えるように腕をお腹側に回してくれる。これが落ち着くのだ。
肖子は膝に座らせて貰う事が私のおねかいだと思っているが、おねがいの本番はここからなのだ。
私はこの前みたいに、横に座り直して彼女に見えるよう、先程のメロンパンを手に取り噛り付いた。
出来うる限りの可愛い仕草を心がけたが、大していつもと変わりはなかったと感じる。だけど、今日こそは彼女にもドキドキを味あわせてやるのだ。
「ねぇショーコ。もう一口食べてよ、これなら私も恥ずかしくないから」
私は彼女と間接キスをする事が嫌なのではないと伝えたかった。
「うん。私は大丈夫。マヤがそれでいいなら」
彼女は言い終わると、首と頭だけを動かしてパンを食べようとした。
「ねぇ、食べづらいからさ向かい合うように座ってパンをさ、私の口元へ上げて欲しいんだけど」
「うん、わかったよ」
私は一回立ってから、向き直り彼女の膝に跨って座る。
すると彼女は私の背中側に腕を回して、支えてくれる。
やってみて気づいたのだが、この体勢は相当恥ずかしい。どうしても正面を向くと彼女と目が合ってしまうし、こんなのラブラブなカップルしかやらない体勢だ。
肖子は早くパンを顔の前に持って来いと言わんばかりにウインクする。私は恥ずかしい気持ちを抑えて、彼女の目の前にパンを差し出す。
「うん! やっぱり美味しいね。チョコチップが良いアクセントになって!」
肖子は何事も無かったかのように食べた感想を話す。
間接キス程度でドキドキさせてやろうと考えていた私が、酷く子供のように思えた。
彼女にぎゃふんと言わせてやろうと思って提案した事で、自分の方が赤面してしまった事が悔しくてたまらない。彼女の方が何枚も上手である事は明白だった。
そして私を支えるのに腕を使ってるから自分では食べられないからと、肖子のお弁当まで私が食べさせる事になった。
私は椅子に戻ろうとしたのだが、彼女は私の事を離してくれなかった。
「ありがとねー。なんかいつもより美味しかったかも!」
「冗談やめてよね! もーう、恥ずかしかったよ」
「私たち以外誰も来ないんだから、これくらい良いでしょー。それに今回提案したのはマヤの方だし!」
「食べさせてあげるなんて言ってないよー!」
肖子に私が嫌がってない事が伝わったのかどうかはわからないが、自分を責める様子はもう無いし、楽しそうに笑ってくれたので安心した。
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