第11話 寒い日とスカートと告白と〈前半〉
いつになく私の心は澄み渡っていた。ずっと心の奥底にあった、なんで私なんかの事を気にかけてくれるんだろうという感情を少し吐き出せたからだ。
まだ全てを払拭出来た訳ではないが、彼女の言葉を聞くと嫌でも心が晴れてしまう。あの日、初めて
今日は何故だか早く起きてしまった。スマホを見ると30分ほどいつもより早かった。まだ寝ていられる時間ではあったが、無性に肖子に会いたくなってしまったのでアラームを切って起きる事にした。
外の風は冷たかった。ブレザーの熱い布地を貫通してくる風が憎らしい。
戻ってコートを取って来ようかを考えたが、今の時期から着込んでしまうと、これからの冬本番を乗り切れないという変な意地のもと、このまま向かう事にした。
電車の中に入ってしまえば暖房がかかっているのでなんとかなるのだ。
──やっぱり寒いかもー。
私は心の中でそう呟きながら、小走りで学校に向かった。町行く人々は皆んなどこかへ急いでいる。学校、会社あるいは別の何処かへと。
こんな時に、狭い歩道を並んで歩くのはどうかと思う。私は目の前の二人組に追いつかないように歩幅を調整して歩いている。寒い時に限ってこういう事が起こるのはどうしてなのかと不幸を呪う。防寒着に身を包んだ彼らが羨ましくてしょうがなかった。
しかし、呪ってばかりいても良い事はない。私は辺りを見渡してみる事にした。
すると、制服に身を包んだ女の子たちの姿が目に映った。不思議に思うのだが、女子高生というものはどんなに寒くてもスカートを短くする事には命を懸けている気がする。
上は着込むが下はスラリとした綺麗な足を出している。同性ながら、凄く魅力的な服装だと思う。私は出来るだけスカートは長くしたいし、靴下も長いのを選びたいし、タイツだって履く。
寒い日にはズボンが良いなと思う事もあるが、スカートは可愛いので嫌いではないのが痛いところだ。
世間ではジェンダー的な観点から、女の子でもズボンを選択できる学校が増えていると聞いたことがある。スカートというものは色々なものに対する防御力が低くすぎるので、心の性別という問題だけでなく、色々な観点から選択できるようになったらいいのに。とぼんやり考えていたが、制服を二つ買わなければいけなかったり、逆に男の子だってスカートが良い人もいたりと、考えれば考えるほど思考の海に沈んでいきそうだったので辞めた。
今のまま変わらないのが一番良いのだ。
気づけば最後の信号に着いたので待ち時間の間に二人組を抜かした。私は小走りで学校の門まで向かった。
門前には先生が挨拶の為に立っている。
「はようございます」
「おはようございます」
私は最初の母音を飛ばして話す癖がある。癖と言ってもわざとやっていることだ。これも特効薬の一つなのだ。
吃音症の人にはそれぞれ発音しづらい音があるのだが、私は特に話し始めの
意外と話し始めの母音など、あってもなくても聞こえ方に大きな違いを生まないものだ。
なので、重宝している薬の一つだ。これは根本的な解決にはなっていないが知っておくと安心して生活できる。
昇降口に入る途中に見覚えのある人影を見つけたので見に行く事にした。あれは多分テニスコートの方だ。
近づいてわかった。なにやら緊張感のある雰囲気がしたので、倉庫の物陰に隠れて様子を見守ることにした。
「急に呼び出してごめん、話があるんだ」
「何のようですか?」
──見ちゃいけないよね。
そうは思いつつも足が動こうとしなかった。
「実は、学年は違うけど君の事初めて見た時から一目惚れしちゃって。まずは友達から、よろしくお願いします」
言い終わると頭を下げて手を差し出した。
「申し訳無いですがお断りします」
彼女はきっぱりと断わりお辞儀をした。この先を微塵も期待させない良い返答だ。先輩には悪いけど、私からは安堵の気持ちで溢れた。それから彼女は後ろを向いて歩き出そうとした。
「え、じゃあ連絡先だけでもいいから」
男は歩き出す彼女の肩に両手を置いてその場から離れることを強引に阻止した。
「ちゃ、ちょっ、と!」
肖子が驚いた声を上げた。なんて言ったか自分でも分からないが、私は堪らず飛び出していた。
「──ショーコ! はよう!」
相変わらず言葉が遅れたのだが、気にしている暇はない。私は手を振って彼女の元へ駆け寄った。彼女は私に気がつくと安心したのか微笑んだ。
「きょ、今日は早く来たんだー。ほら、行こう」
彼女の手を引いて連れ出そうとする。すると男は手を離した。流石に他人の目があっては強引な行動は出来ないだろう。
「ありがとね」
「ううん。たまたま私がいてよかった」
彼女の顔は弱々しく、今にも崩れてしまいそうだった。私は昇降口に向かわず、外階段を上って校舎に入る事を促した。
登校する時にジャージを着ている生徒を見かけたので一限目に体育があるクラスがあるのは確認済みだ。その場合は、体育教師が校庭の準備をする為に外階段を利用するので、扉が朝から開いている事があるのだ。
私の予想通り外階段から校舎に入る事が出来た。それから彼女をトイレに誘った。
「ショーコ大丈夫? 苦しそうな顔してたから」
「ちょっと恐かった」
彼女らしくない必要最低限の短い返答だった。私は背伸びして彼女の頭に腕を伸ばし優しく撫でた。すると肖子が微笑んでくれた。
私はその表情を見て安心したが、背伸びをしていたのでバランスを崩してよろけてしまう。
「おっと」
彼女が私の身体を受け止めて支えてくれた。
「もう大丈夫! 元気もらったから!」
そう言い終わると彼女は私の頭を撫でた。私は彼女の役に立てたのだろうか。最後には私の方が彼女から貰ってしまう。今回は存分に私に甘えて欲しかった。
それから私たちは教室に入った。
話の内容は聞こえなかったが、おそらく告白のことだろう。彼女が気の毒に思えた。私が明るく、もうーやめてあげてよね。とか言える性格であれば彼女はもっと救われたのだろうか、もっと私に心を開いてくれるのだろうか。
独りよがりな妄想は絶えなかったが、何一つ行動には移さなかった。
「マヤー。 行くよー!」
四限が終わってすぐ、
「ほんと朝はありがとね。なんか気がどうかしてた。側に居てくれて助かったよー」
「かー、隠れて盗み見るなんてごめん」
感謝してくれる彼女に対して私は謝罪したがいいよいいよと首を横に振った。
「ほんとサイテだよー。あんな寒い日になんで外を選ぶかな。もうその時点で一目惚れもどうもないよね」
彼女は愚痴をこぼし始めた。こんな姿は新鮮だったので、私はそのまま話を聞く事にした。
「そうだよね。今日寒かった、私コート忘れちゃって」
「えー! まじ? そしたら今日はくっついて帰らなきゃね」
冗談混じりに聞こえたが、おそらく本気の発言だと思う。私は肖子がいいのならと半ば流しぎみに同意した。
「ほんと困っちゃうんだよね。告白される事多くて。正直彼氏とか興味ないし、付き合う気もないからさ」
尋常でない数の男子生徒が押し寄せるらしく、誰一人としてOKの返事は出していないのだという。それでも、続く人が後を絶たない。
「考えてみてほしいよね。逆にさ、急に女の先輩から付き合ってください。なんて呼び出されたら恐いし警戒するでしょ」
「えー。そうかな。逆だったら嬉しいんじゃないの? 男の人ってそういうの好きじゃん。これってラノベの読みすぎかな」
「あー、そう言われてみると好きな人は多いのかな。私が男だったら警戒しちゃうと思うけどなぁ」
こればっかりは当の本人によるって答えになってしまうので、取り敢えず彼女に同意しといた。
「もうこの話はいいや。ほらこれ食べてみて」
彼女はお弁当箱から卵焼きをつまみ上げて私の前に差し出した。何故だかニコニコな彼女に免じて素直に受け入れた。
「はむ」
私は前に食べた甘い卵焼きを想像して口に入れたので、180度違うしょっぱい味わいに驚き、思わず目を見開いた。
「へへ、ビックリした? 今日はしょっぱいやつなんだー。ほらマヤっていつも甘いパン食べてるから、甘くない方が身体にいいかなぁって」
彼女は私の食生活を心配してくれたみたいで、特別仕様にしてくれたようだ。
「あ。りがとね心配してくれて」
「ううん。気に入ってくれた?」
「ん! 凄い美味しかったよ」
「そっか! そしたらこれも食べて」
次々と口に運んでくれる料理に私は申し訳なさを覚えたが、気にしなくていいのと勧めてくれる彼女の笑顔に負けて、二人でお弁当を食べることにした。
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