第10話 好きなところと嫌いなところ
「ポコン」
メッセージを受信した音が聞こえる。私は机の上のスマホを取り上げてメッセージを確認しようとアプリをタッチして起動させる。送り主はもちろん
「今日彼が配信するみたいだよ。多分知ってると思うけど」
この文章とともにリンクが送られてきた。普段の配信サイトとは違うが気楽に雑談をしたい時に彼はこちらを使うことがある。
彼女はマメにメッセージを送って来てくれる。以前まで鳴ることなんてほとんど無かったアプリの通知音が私の幸せの音になった。
「教えてくれてありがと~」
言葉に付け足して彼のキャラクターのスタンプを送る。腕を広げて頭の上で〇印をつくっているスタンプだ。彼女も同じスタンプを返してくれた。こういうやり取りが私にはたまらなく嬉しいものだ。
配信時間が近づいたのでリンクをクリックすることにする。彼の最近の言動から考えると今日の配信の内容は楽しみなものでないのかもしれない。
先日つぶやきでアニメのキャラクターに恋をしたとかいう投稿をしていた。その投稿の返信欄には案の定、肯定の意見で溢れていたのだが、私はあまり惹かれなかった。
彼の事は大好きだし作品や内面的なものだけでなくて外見的にもカッコいいと思う。普通に付き合いたいなとか考えるくらいに彼に恋をしている部分もあるが、彼のそういうメンヘラな部分には惹かれない。
むしろ気持ちが悪いとさえ感じる。たとえ、ウブなキャラだったとしても30歳近い成人男性が堂々と発信していい内容ではないはずだ。私はどれだけ盲目だったとしてもそんな小さな解釈違いで目が覚めてしまうようだ。
だから無理に嫌な所を見る必要はないので内容によってはブラウザバックするかもしれないとか考えていたら放送が始まった。
始まってみれば大体私の予想どおりの内容だったので早々に見るのを辞めた。ふと、肖子はどう思っているのだろうと気になったのだが、メッセージを送る勇気が出なかった。
私の勝手なイメージだけど、彼女はメンヘラな彼の事も愛してしまうような気がするからだ。意見が違うからって彼女は私の事を嫌いになったりするような性格じゃない事は分かっているが、わざわざマイナスな事を伝える気にはなれなかった。
肖子からの連絡を待つ事にしたのだが、結局連絡は来なかった。
「おやすみね」
私はメッセージを送った。直ぐに既読マークがついた。
「マヤから言ってもらえるなんて嬉しいよ。おやすみ! また明日ね。」
お昼休みにいつもの教室に向かった。もう肖子は席についていた。今日は午前中全て選択授業だったので肖子に会うのは初めてだ。
私が早く登校すれば二人の時間はもっと増えるのだろうか。彼女は私に気がつくと自分の膝をポンポンと叩いて私が座る場所を促した。
「昨日の配信見てた? マヤってもしかしたら彼のああいう所嫌いかなって思ったんだけど、逆に萌えててもかわいいなぁって。でね、昨日メッセージ送ろうか迷ったんだけど、なんか顔見ながら話さないと、変な誤解生みそうだなぁって」
「もう。ショーコはほんと優しいよね。私も直ぐに送ろうと思ってたけど様子見ちゃった」
その後に続けて私は彼のそういう面について否定的だと伝えた。
「嫌だって言ったら私に嫌われるって思ったの?」
「まあ、そうかな。……だって、たまたま彼の話をする人がいないかったから私だったんでしょ。そうじゃなかったら私なんかに」
私は初めて肖子に対して抱えていた疑念を吐露した。すると彼女は私の背中に自分を預けるように寄りかかる。お腹に回された腕には力が入る。
「ずっと怪しく思われてたかな。きっかけは彼が好きなことを知ったからだけど、誰でもよかったってわけじゃなくてさ。私はマヤだったから仲良くなりたかったの。マヤだったら私のことしっかり視てくれるかなって」
返す言葉が見つからなかった。吃っているわけではなくて頭が真っ白なのだ。だけど彼女はじっと私のことを待ってくれる。このまま口を開かなくたってどれだけ時間が経ったって私のことを抱きしめていてくれる。そんな気さえした。
でもそんな彼女だからこそ伝えなければいけない。私は彼女の膝に横座りするように体の向きを翻す。この体勢なら彼女の顔がよく見える。それを察してくれたようで私の脇腹へ腕を移動させて落ちないように支えてくれる。
下から見上げた肖子の顔は酷く綺麗だった。急に目を合わせたからか肖子は驚いたような顔をした後照れたような表情を見せた。
「──あのね。初めてショーコと話したとき風鈴みたいな声だなあって思ったの。あ、青い夏の匂いがしたの。私はそういう……ピカピカしたもの嫌いなの、夏も大嫌い。お昼も一人で食べるのが好き。だけどショーコからは一切嫌な気持ちがしなかったの。わ、わ私も、ショーコだったから今も一緒にいたいって思うの」
満を持して口にした言葉は自分でも何を言っているか分からないし何を伝えたいのかもよくわからなかった。ただ肖子のことが大好きだといえばよかったのだろうか。
「はは、そんな風に言われたらプロポーズみたいだよ! なんだ私たち両想いだったんだ。だから隠さないで気を遣わず話していいからさ、嫌なものは嫌だって言ってよ。誰かのことも私のことも」
彼女に告白みたいだと指摘されて顔が赤くなってしまう。
「うん。でもショーコだって私に気遣って連絡してこなかったじゃん。あと、まだショーコの意見聞いてなかったよ」
「うぅぅ。痛いところつくよね。私だってマヤに嫌われたくなかったからに決まってるじゃん」
そう言いながら彼女は頬を膨らまして目線を私から逸らし恥ずかしがる。あまりにも可愛らしい仕草だったので意地悪がしたくなった。
「ね、それで昨日は彼のことがかわいいとか思って悶えてたの?」
「もう! そこは察してよね。」
「ふーん。さっきは私に隠し事はなしよーって言ったのにね」
「あうぅ……。」
ばつが悪そうに口ごもる彼女の脇腹を私はくすぐる。
「ちょ……や、め。はっははー・・・」
肖子は笑いながら身を捩り躱そうするが、私を落とすまいとしっかり掴んでくれているので上手く躱せないようだ。こんな状況でも私の事を考えてくれるのは嬉しかったので、くすぐるのをやめる事にする。
「はぁー、まさかマヤにくすぐられるなんて」
「──ショーコがかわいいのが悪い」
私は小さく呟いた。
「なんか言った?」
私はなんでもないと首を振り笑って見せた。
「えー、それ隠し事だよね? えい!」
肖子は私の脇腹をくすぐった。
「あれ? もしかして……」
私はくすぐりに強いタイプなのだ。
「そんなのずるいよー!」
彼女の声は教室に響くのであった。
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