第9話 歌みた動画を原曲扱いするな!
私は深呼吸をした。吸って吐いてまた吸って。この動作にだけ集中する。
次第に心臓の鼓動は収まり、心拍は安定していく。私が肖子の事を意識しているのは明らかだった。
彼女の事は大好きだ。その気持ちに間違いはない。だけど、それは友達としてであって、一人占めしたいとか、付き合いたいとか下心を抱いた事はない。
しかし、夢に出てきたということは心の何処かではそういう願望があるのかもしれない。私はその事に気付かない振りをして考える事をやめた。
午前中の授業が終わり私たちはいつもの教室で昼食を摂っている。お気に入りのチョコチップ入りのメロンパンはいつ食べても美味しい。
私が座っている場所が椅子ではなく
私の膝には彼女のお弁当箱が置かれている。そこからは生姜焼きの良い香りが漂ってくる。私が立とうものならお弁当がひっくり返ってしまうので、離れることが出来ない状況である。
「大丈夫かな。本当に誰か来たりしないよね?」
「え? いままで誰一人来た事ないでしょ」
「……しょ、ショーコはここに、来たよ」
「まあそれはー……じゃあさ、マヤは誰かに見られたら嫌なの?」
心臓に悪い意地悪な問いかけだ。背筋が凍り付くような感覚に襲われた。恥ずかしい気持ちはあるが、この状況を見られて他人に勘違いされることを気にしているわけではない。
むしろ肖子の方が不利益を被ることに気が付いていないのだろうか。私なんかとここまで親密なことがバレてしまっていいはずがない。
「──わ、私は……嫌じゃないから。このままがいい」
「ふふ、素直でよろしい。」
待っていた返答が返ってきたのか
「ねぇこれ見た?」
肖子がスマホでSNSのある投稿を見せてきた。
「私も見た。今朝だけど」
とあるテレビ番組で歌ってみたの音源が使われたらしいのだが、その歌い手のオリジナル曲かのように表記されているのが物議を醸しているのだという。
こういう問題は珍しい事ではない。最終的には"これって〇〇の曲だよね"と誤認して書き込みを行なってしまい、それを見たファンや作曲者が嫌な思いをしてしまうという件に繋がるということがほとんどだ。
しっかりと作った人の権利や名前が讃えられて、認知されるこの文化は凄い素敵な事だと思う。
今回はテレビ番組の製作者が100%悪い気がする。さらに言えば歌い手たち本人は作曲者を蔑ろにして活動している人はほとんどいないと思う。
歌い手が自分のファンに呼びかけて有名ブラウザの表記間違いを直した例もある。この例に習うなら表記ミスについてはなんらかのアクションを取るべきなのだが、これを盾にしてテレビ番組を批判するのはよいのだろうか。
この行動は作曲者への敬意に溢れあくまで歌ってみたが二次創作である事を理解し、誇りを持っているからこそ出来るものだと思う。
そんな素敵な心を批判の道具に使うなんて最低だ。ただ今回、表記を間違われた人はインターネットの知名度だけでなく世間的に人気、有名な人だしあまり好意的に思っていない人も結構多いイメージがある。
だから叩く理由なんて何でも良かったっていう人も中には居そうなのが気持ちが悪いところだ。なおさら火種としては充分である。
──いやもうその曲は世間的には音声合成ソフトを使った作品で1、2を争う知名度でしょ!プロの歌手でさえカバーしてるし。でも、作曲者が誰かって事は全然広まらないけど……。
「……ねぇ、おーい! マヤ? またどこかへ飛んでるよ?」
私の唇には卵焼きが押し付けられていた。甘い匂いが鼻いっぱいに広がる。このまま話出すと落としてしまいそうだったので取り敢えず卵焼きを受け入れた。
「ご、ご、ごめん。すこーし考えてた。あと卵焼き美味しかった。ありがとね」
「うん! お粗末様でした。それでマヤはどう思うの?」
「私はね対して気にならないんだよね。でも、歌い手が好きだから肩入れしちゃってる部分はあると思う。だけど、作曲者の権利が守られている感じは凄い素敵だと思う。作った人からすれば指摘してくれるファンがいると嬉しいよね。なにもしてないのに偉そうかな?」
「確かにね! そこは私も賛成。でもあんまりファンが好きじゃないかな。だって私たちの好きな人の事悪く言うんだもん。あと歌い手好きな人に対しての批判もついでにしてくるし」
肖子が言っている事に私は同意した。私たちの推しはよくこの問題に巻き込まれる。それだけ数字を持っているということだが、原曲動画より彼が歌ったカバー動画の方が再生数が伸びてしまうこともある。
そうなると、再生数的にはカバー動画の方が知名度的には上になるので、まるで盗んで自分のものにしたと批判される事もある。
作品の価値を問うならば原作よりも尊いものなんてないし、そこに議論の余地などないはずなのに。
投稿者よりも私たちの方が数字に敏感な例は他にも沢山ある気がする。
「うんうん。好きな人がいる事を考えて欲しいよね。そっちも表記が違くて嫌な思いしたんだから、本人を批判したら傷つく人がいるって事をね」
「ほんとマヤの言う通りだと思う」
というか、あんまり作曲者が権利を主張する場合って滅多にない気がする。大抵騒ぐのはファンだよね。あれ私たちって厄介者なのかな。推しがいるもの同士仲良くしたいよね。形は違えど、同じ曲聞いているんだし。
「なんか他人事な話じゃないよね。彼さ、年末に大きな歌の番組出るでしょ。あれ歌うのオリ曲じゃなくてカバー曲っぽい噂だよ」
「そうそう。また嫌なもの沢山見えちゃいそうだよね。自制しなきゃ! やっぱり気にしないのが一番だよね。そ、それでさ、その話凄いよね。まさか彼が出場できるなんてね。どんどん大きくなっちゃうよ」
肖子は少し寂しそうな表情をした。インターネットでの活動が認められて多くの人に認知され愛されることはファンとしては嬉しい。だけど。
「ね。なんか寂しい感じもするよね」
私たちはいつものように彼についてを語り合った。
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