第13話 推しの写真からしか得られない栄養素がある!
私は小走りで門を出る。
しかし、少し寂しい気がする。贅沢を知ってしまうと、元に戻すことは難しい。
私は彼女にメッセージを送ろうかと思ったが、一緒に帰れなくて寂しいよ。なんて送っても、返信を困らせてしまうだけという結論に至り、送ることは辞めた。
それに彼女がそんなことを聞いたら嬉しそうにして、1ヶ月ぐらいはそのネタで恥ずかしいことをさせられるに違いないからだ。
「ねー、そういえばさ。マヤは私と一緒に帰れないのが寂しいんだよね。ほら、いい子いい子してあげるからお膝おーいで」
こんな状況になることが容易に想像できる。私は頭を振って、このままではいけないと想像を止めた。
電車に乗りながらふと、今日話した事を思い出した。
「あのルームウェア着た写真最高すぎない?」
「昨日の夜あげてたやつだね。すごい似合ってたよね」
「そうなのよー、もうずっと見てられる。天使だぁ」
「彼のベッドってお姫様みたいなカーテン付きのやつだしさ、解像度上がるよね」
「そうそう! 流石マヤだ。話がわかる」
モコモコのルームウェアを着て、お姫様みたいな大きいベッドで眠る彼を想像すると、悶え死にそうだ。
彼の歌声に惹かれて、声が好きだったのに、色々と彼のことを調べたり、歌以外の活動に触れる内に、彼の全てが好きになってしまう。
終いにはもし、彼にとって自分が身近な存在になれたならと。供給される断片的な彼を勝手に繋ぎ合わせて、脚色して自分の中にもう一人の私だけの彼を作り出す。
料理の写真からは、「ああ、一緒に食べられたらな」と、彼が作ったもので体がつくられたらどんなに嬉しいかとか想像する。
どこかへ行ってきたよという報告の写真なら、彼に手を引かれて一緒に同じものを見たり、同じことをしたらどんなに楽しくて、救われた気持ちになるだろうかを想像する。
そうしていると意識してなくても恋心と紛う何かを体の内に抱えてしまう。そして、どんどんと沼に落ちて、ハマって抜け出せなくなるのだ。
推しの生活感がある写真は何枚あってもいいとか言ったが、一種の劇薬であることは間違いない。自分の中の推しが大きくなればなるほど、紛い物の恋心は暴走していまうからだ。
独りよがりで、厄介この上ないことはわかっているが、もしも、推しが交際関係で問題を起こしていまうと、この恋心はとてつもない大きさで反転してしまうのだろう。
沼だったものが悲しみの海に、写真は憎悪の対象物に変わる。そうなった時に私は何を思うのか、まだ想像ができなかった。
最寄駅から出ると、電飾の準備で忙しそうにしている商店街のおじさんたちがいる。気づけばもうすぐクリスマスの時期であった。
電飾は街路樹にも取り付けられていて、駅前から大通り。大きい公園までも、ずらりと赤や緑や青や白色にピカピカ光る。
これを小さな田舎の催し物と侮るなかれ。意外と豪華に光るので、つい浮かれた気分になってしまう。終着点である公園ではイルミネーションイベントを開催している。
毎年のことながら飾り付けられた街路樹をみると、クリスマスの到来を感じる。
多くの女子高生は、こういう時に写真を撮り誰かに送ったり、SNSに投稿したりするのだろうか。普段の私なら絶対に写真を撮る事などないが、今日は気分が高まってたので、駅前の広場の大きなクリスマスツリーを撮ることにした。
私は木の正面に立ち、スマホのカメラを起動して構えた。何でも形から入る性格なので、気持ちだけは売れっ子カメラマンだ。
被写体を真ん中に捉える。ただそれだけを考えてシャッターを切る。
「パシャ」
なかなかに良い写真が撮れたと心の中で頷いたのだが、じっくり確認してみるとイルミネーションが点灯していない事に気が付いた。
「はぁ、はぁ......」
私は玄関に入り肩で息をする。一人で浮かれていたことに恥ずかしくなり、急いで家に帰ってきたのだ。
常日頃、運動不足気味の私には良い運動になったのだろうか。夏と違って走っても汗をかかないのは嬉しい。
息を整えながら手を洗い、部屋着に着替える。制服は重い鎧のように感じる。学校での私は肩に力が入りすぎていると思うし、地獄へ行くわけでもないのだから、もっと楽な顔が出来れば、だいぶ生きやすくなるのだろうか。
だが、そう簡単にはいかないこともわかっているつもりだ。私は常に緊張しているわけではなく、常に喋ることに怯えている。
負の思考のスパイラルに陥りそうだったので、私はイヤホンで音楽を聞く。彼は私にとって推しであり、神様のようでもあった。
大衆で流れる音楽は、恐いくらいに明るい曲が多い。頑張れば何とかなる。世界はこんなにも明るい。青春っていいものだよね。恋をしよう。書いてる内容だけでなく、音も明るい。
彼が作るものは、それらとは真逆のものだ。世の中の理不尽さを自分勝手に歌い妬みや怒りをありのままにさらけ出している。誰もが持っている、人には言わない後ろ暗い感情を代弁するかのように歌う。今でも初めて、○○○○〇と題した曲を聞いたときの感動を忘れられずにいる。
曲の始まりは攻撃的なギターリフ。そこから歌われるのは人生を監獄にたとえ、内なるもうひとりの凶暴な人格に身を委ねて、そこから出ようと、もがき苦しむ様だ。
アイツを消してやりたいとさえ歌い、窮屈なこの世界を壊そうとする。破壊衝動に溢れた曲なのだ。またハイトーンボイスで突き抜けるような歌声が、より世界観を引き立てている。
こんなにも聞いていて、気持ち良いと思う曲はなかった。こんなにも、マイナスの感情を歌う曲を聞いたことがなかった。
私が吃るたびに笑ってきた奴らも、音読を終えるまで、終わらなかったあの時間も。
生きづらいこの世の中も全部を壊してやりたかった。まるで、あの日の自分の為に歌ってくれているとさえ感じ、この曲を聴き終えたとき、私は救われた気がした。
今日は彼のSNSが更新された。一枚の写真である。大きなクリスマスツリーの前で撮られた写真であった。ツリーと共にポーズを決める彼の表情は、はっきりとはわからないが、とてもカッコイイと決まりきっている。
顔が見えることの方が少ないので脳内で保管する事には慣れている。
ぼやぼやした謎の光は当たり前だし、モザイクや二次元のアイコン画像で隠れている事もある。おそらく、好きではない人からすれば、顔も見えないのにカッコイイなんて可笑しいと思うかもしれない。
だけど確実に彼はカッコイイのだ。
今日も明日も推しは尊いのです。
私は推しを食べる。
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