第5話 コンビニコラボとカーディガン

「はぁー...。」

 とても濃い一日だった。健やかに学校生活を楽しめている人達からすればなんてことはない一日だったのかもしれないが、私にとっては特別な一日であることに間違いはなかった。

 あれほど誰かと会話したのは久しぶりだったし胸を張って好きなものを好きだと言えたのは初めてだ。ただ、記憶を遡っても何を話したのかが詳しくは思い出せないのは少しばかり恥ずかしい気もする。それだけの熱量で何を話したのかを想像しただけで顔から火が出るようだった。ベッドに潜り込み一人反省会を開きながら私の特別な一日は終わる。


 広い海の中。もがいて、もがいて、またもがく。そうでもしないと沈んでしまうのだ。地に足をつけて歩き出す人々の影。嫉妬なのか羨望なのか、それらでもない何かなのかはわからない。けれど私はいつも決まってもがき続ける。早くここから出たい。私だって普通に歩きたい。よく夢を見る。


 肖子と友達になって劇的に何かが変わる訳ではなかったが少なくとも一人で昼食を食べることはなくなったし、ペアやグループを作るときに独りで悩むこともなくなった。こんな私と一緒に居ても良いことなんてないはずなのに、必ず肖子は私のことを気にかけてくれた。私の陰鬱な気持ちを吹き飛ばすかの様な鈴の音が聞こえる。

「ねえー、見てみて!」

 肖子は私に嬉しそうに何かを見せてきた。私はいつものメロンパンを食べながら顔を向ける。肖子が大事そうに抱えているのは彼が描かれているクリアファイルだった。肖子は何をやっても絵になる。

「・・・たしか、、、コンビニのやつだよね?今日からだったね。」

 コンビニのやつとは企業とアニメやゲームやアイドル、キャラクターブランドなどがコラボやタイアップすることで、対象商品を買いオマケとしてグッズが貰えるキャンペーンを実施するのはよくあるのだ。私たちにとっては定期ミッション?みたいな感じである。

「うん!私、、、くんが着てるこの服好き。一目見て好きって落ちちゃった。このイラスト良すぎるよー。」

 肖子は真ん中に描かれている彼のイラストを指さしながら、わかるよねと言わんばかりに子犬のような顔で私を見つめている。意識なくこういう仕草をしてくるのは肖子の悪い癖だ。私の心臓がもたなくなる。

 歌い手のグッズは二次元のキャラクターイラストが使われることがほとんどだ。彼らは顔出しをしていなかったり顔を出すことを嫌う人が多い。だからそれぞれが自分のイメージと合うキャラクターを描いてもらうのだ。彼の場合は大体が銀色か白色の前髪重めの髪型で赤目のかわいらしい男の子がデザインされる。それに加えて、てるてる坊主みたいなキャラクターや天使の様な見た目、頬にバーコードなどが彼のイメージとして描かれることが多い。彼の声に似あうとてもよいデザインだ。肖子の言う通り今回のイラストは服装も最高だ。

「わかる。、、、この黒のカーディガン良いよね。絶対本人着てるもん。中に来てる白のロンTとの相性抜群だし。あと、萌え袖なのがわかってる。」

 オーバーサイズの長袖にノースリーブのカーディガン、さらにはガウチョパンツ。この組み合わせが彼以上に似合う人類が、いや生物がいるだろうか。ディフォルメ調のキャラクターによるウインクの表情も素晴らしいのだが、とにかく服装が良い。息が苦しいほどの解釈一致案件だ!もし目の前に作者がいるのならハイタッチをしたい。私は一人で空回るほど有り余った熱量そのままで言葉を続けた。

「服装つながりでね、この絵が使われた歌みたいいよね。あのダンスのやつ。」

 私は両手の人指し指を口元に持っていき、あの社会的流行を巻き起こしたダンスのポーズをとる。

「そうなのよ!二人の相性がバッチリでね。お互いが支えあっている感じが歌から伝わってくるもんね。ドラマの内容も相まってもう夫婦だよね。」

 全くの同意見だ。むしろその話がしたかった!この歌は大ヒットしたラブコメドラマの主題歌に使われた曲で、そこまで早いテンポではないので丁寧なやさしい声を堪能できるのはもちろん、原曲はソロだが相性抜群の相方とのデュオ曲になっているアレンジバージョンなのだ。もうこの二人の声を言葉で表現するのは困難なほど素晴らしいのだ。二人は同人ユニットから始まり正式なユニットとしてメジャーデビューするほどなので相性の良さはお墨付きである。それぞれが一人でも活動している実力者であるので、どっちがメインだとかこっちが引き立て役だとか野暮なものは感じられないどころか、歌う曲やフレーズによってお互いが引き立て合っている様に聞こえるのが彼らの魅力であり魔力を感じる所だ。

「そうそう。○○〇〇いいよねー。もうねー、彼らのことを語ろうとするとね、語彙力がなくなっちゃう。」

「そうよねー。好き!とか最高!とか無理ー!みたいな単語しか喋れなくなっちゃうよー!」


 それから、机に突っ伏し顔を向け合って話し込んだ。昼休みという短い時間で気が済むほどの感情ではないので、続きは次回に持ち越しになった。



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