第4話 高嶺の花との出会い
午前中の授業が終わりお昼休みになった。
私は空き教室を見つけて一人で昼食を摂る事にしている。ご飯を食べる時くらいは人の目を感じたくないからだ。
今日は天気が良い。こんな日は陽が当たる窓側の角の席に座る。リュックサックから今朝買ったパンを取り出して、スマホにはイヤホンをつなぐ。
イヤホンから流れる音楽に浸りながら食べるメロンパンは最高だ。お昼休みは私にとって、学校生活の中で一番楽しい時間である。
至福の時間を堪能していると、聞こえるはずがない音が教室に鳴り響く。
「ガラガラガラ……」
扉が開く音。そこに姿を現したのは
思わぬ来訪者の姿に私の体は固まった。
彼女はクラスの中心的人物。男女問わず皆から慕われている。私とは真逆な人間だ。
すらりとした長身で、同じ学年とは思えないほど大人びていて、長く伸ばした綺麗な黒髪と大きな瞳に、同性の私でさえ心を奪われそうになる。
絵に描いたような美人を前にした緊張感からか、異例の出来事に対する動揺なのか。
わからないまま、心臓の鼓動は速まる。
「びっくりさせちゃったかな、ごめんなさい」
鈴や風鈴のような。夏の青の匂いがする声。だけどすごく心地がよく思えた。うんざりとする夏の感じを彼女からは感じない。
私は返答をしようと何回も口を開いたが、音にならなかった。永遠にも思えた長い沈黙の後、私はようやく言葉を発っする。
「──…………大丈夫。………な、にか用事?」
彼女は安堵の表情を浮かべると、私と話がしたいので、隣の席に座っても良いかと尋ねてきた。
関わるはずがないと思っていた彼女からの思わぬ誘いに身構える。しかし、断る勇気も手段も持ちあわせていない、理由も思いつかないので私は首を縦に振った。
すると彼女は嬉しそうに小走りで私の隣の席についた。彼女はリュックサックからお弁当を取り出しながら私にこう尋ねてきた。
「さっきまでイヤホンつけていたけど、何聞いてたの?」
美しい声色に嘘をつく気にはなれず、私は渋々彼の名前を声にした。
「やっぱり! 私もその人聞くんだー! 彼のストラップ付けてたから前から声かけようと思ってたんだけど中々タイミングが難しくてね。遅くなっちゃったよー」
まさかあの水さんが同担だとは思いもしなかったので、私はびっくりして固まっている。すると、彼女は嬉しそうにスマホを取り出して、プレイリストを見せてきた。
びっしりと並んだ見覚えしかない曲のタイトルに私はつい、微笑んだ。
それから彼女は恐る恐る自分の好きな曲について話始めた。私も少しづつ相槌を打ったり、吃りながらも自分も好きだという気持ちを伝えた。
お互いが探り探りでどれだけのファンかを確認し合う様子は、傍から見ていたら滑稽な様であるに違いない。
「影井さんは彼のユニットの曲も聞いたりする?」
「うん。……むしろそっちから好きになった。……みずさんは、彼の生放送とかは見るの?」
「もちろんよ! きのうの人狼のやつも見たよ!」
「じゃあ、謎の料理動画は?」
「……ラジオは?」
「○○○のグループは?」
「……写真集は?」
このような幾度かの問答の末、お互いが沼に頭まで漬かりきっている重度な患者だということは明らかになった。
楽しい時間はあっという間に過ぎるように出来ているらしく、私たちはお昼休みが終わることを知らせる予鈴がなるまで気が付かなった。
「わー! もう終わりだー! あ、ごめんね、お昼の邪魔しちゃったね。」
「水さんの方こそ、お弁当全然食べてないじゃん」
この短い時間で大分距離を縮められたみたいだ。吃りが落ち着いていることに驚いた。
「絶対また話そうね! またっていうかこれからって言うか……」
水さんは照れながら楽しかった気持ちを告げた。
「うん! 是非話したい」
私たちは急いで机の上を片付け、教室を後にする。確か次は理科実験室へ移動だったはずだ。
「影井さん……私のことは名前で、肖子でいいからね」
移動の最中。キョロキョロしながら声を掛けられた。あまりに可愛らしい仕草だったので反射的に、自分も名前で呼んでほしいと返事をしてしまう。
「うん! ありがとう! マヤ! これからよろしくね、推し友!」
私の名前を憶えていてくれた事が嬉しかった。名前で呼ばれるなんて家族を抜きにしたら何年ぶりの出来事だったろうか。
「こちらこそよろしくね! ショーコ!」
あれほどスラスラと言葉が出て自然に笑えたのはいつぶりだろうか。
その後の授業では肖子に目を奪われて、全く集中が出来ずに試験管を割ってしまった。幸い危険な薬品は入っておらず、先生にケガはないかと心配された後、気を付けるようにと軽く注意されるだけで終わった。
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