12月の芸能事務所の話
@soutou_1945
第1話
「お疲れ様です、プロデューサーさん。紅茶、飲みますか?」
古い建物だからだろうか、隙間風の音が聞こえ、外よりかは幾分かましであるくらいの温度しかない部屋で、彼は笑みを浮かべながらマグカップを差し出した。
「ああ、ありがとう。いただくよ。」
俺は、彼からマグカップを受け取ると、湯気で眼鏡を曇らせながら飲み込んだ。やはり彼の入れる紅茶はどの店で飲むものより別格においしい。以前ふと気になり彼にどんな茶葉を使っているのかを聞いたが彼は微笑みながら
「それは、教えられません。ただ、一つ言えるのは、あなたへの感謝がブレンドされてますよ。」
と、いつもと変わらない調子で伝えてくれた。
―アイドル戦国時代― そういわれてからもう何年がたったのだろうか、今時「芸能事務所のスカウトです」といえば怪しい勧誘と捉えられてしまい、すぐに逃げられてしまう。
そんな中、数人が勧誘に乗ってくれたのは奇跡の二文字でしか表現できない。その中でも契約書にサインをするまでしてくれたのは彼一人だけだった。
彼は自分の拙い話にもうなずきながら、そして背筋をピンと伸ばして聞いてくれた。
「では、ここにサインをお願いします。」
契約書を差し出すと彼は、
「最後に一つ、聞いてもいいですか?」
「はい、なんでも聞いてください」
「最後の最後まで僕に付き添ってくれますか?」
真剣な表情で聞いてきた。
「もちろんです、最後の最後までついてきてください。」
「...わかりました」
そう言うと彼は、契約書にサインをした。
それから数年が経ったある年の12月。世間が年の瀬に向かって騒がしくなる中、取り残されたように静かな事務所からこの話は始まる。
第二話に続く
12月の芸能事務所の話 @soutou_1945
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