第110話 月へ

110.月へ









宇宙にある月というのは人類にとって果て無い挑戦の歴史だった。

初めて人類が月面へと着陸してから、再びそこへ到達するまでに長い年月を要した。


技術的には向かう事だけなら可能だったろう。だが、世の中の情勢が変わっていくにつれて無謀な挑戦をするわけにはいかなくなっていった。


それから地球にはダンジョンが生まれ、未知の素材が取れるようになった。

ダンジョンから取れた素材を研究し新たな使い道を発見し、技術の進歩は劇的に発達していった。


ひと昔前までは夢の技術であった完全自動運転の車、それ専用の道路の開発。

技術の進歩は現実的な社会だけでなく、インターネットの中の世界にも訪れていた。今までは処理しきれなかったデータ量がダンジョンで取れた素材を使う事で可能になったり。

通信速度なども今までとは比較にならないほど速くなった。


ダンジョンが出来てからはまるで新世界の様だと言う人もいる、だがそんな世の中でも変わらない物もある。




「これが駅で買えるお弁当か」


目の前にあるのは新幹線へと乗り込む前に買っておいたお弁当。

今の季節らしい夏っぽさを感じる可愛らしいお弁当だ。


お腹を満腹にさせるというよりかは程々の量で食事を楽しむために作られた物というのを感じる。


「うまい」


冷めていても美味しい、流石だなぁ。


『マスター、ずるいです』


食事を楽しんでいると耳に付けたイヤホンからヘレナの抗議の声が聞こえてくる。


「ずるいって言われてもな。そもそもヘレナって食事ができるのかな?」


今のヘレナは声だけだが、ヘレナ専用人型機を使ったとしても見た目は人間でも中身が機械のはずだ、それだと食べ物を消化できないと思うが。


『私の専用機に味覚と消化機能をつけましょう、今までは特に必要と感じませんでしたが今回は別です』


何がヘレナをそこまで掻き立てるのかわからないが。


「まぁ付けたかったら付けてもいいと思うよ?」


『ではすぐに付けてきます』


ヘレナはそれ以上喋ることなく沈黙した。

恐らく【格納庫】へ行ったのだろう、そこでヘレナ専用人型機に味覚センサーと消化機能を取り付けるつもりなのかもしれない。

すぐに取り付け可能なのかどうかは知らないが、少なくとも今取り付けたところでここにはヘレナの分のお弁当は無いんだけれどね………。






◇  ◇  ◇  ◇






「でっかぁ……」


あまりの大きさにでかいなぁという感想しか出てこないほどでかい敷地と建物。

人工島を丸々ひとつ使用されて作られた施設はただ一つの目的の為だけに存在している。


もうすでにお気づきの方もいるとは思うが、俺が新幹線に乗りやってきたのは月へと向かうための施設がある場所だ。


【機獣都市】の依頼を終わらせた後、ヘレナがどういった交渉をしたのかはしらないが特に問題なく月へと向かう許可は下りた。

数日物資類の準備をして、月へと向かうために必要な書類などを提出したりして。


そんなこんなで準備に2週間ほどかかったが何とか今日、月へと向かう日がやってきた。


建物の入り口にある自動ドアを通って中へと入っていく。正面にタッチパネル式の受付があるのでそこまで進んでいく。


「えーっと、訪問理由はっと」


タッチパネルには本日の訪問理由と書いてあり選択肢があったので目的である月へ向かうやつを選ぶ。

すると画面が切り替わり担当者がお迎えにあがります。となった。


迎えがくるらしいので待つとして、その間周りを観察する。


真っ白に統一された内装、ソファとかテーブルとか全てが白い。

さらに人の気配が全くしない、在宅勤務が普通となった世の中だけれどそれに比べてもここは人の気配が少ない気がする。他のところは少なくとももうちょっと人がいる感じがする。


あ、生身の人がやってきた。


「お待たせしました、神薙様でお間違えないでしょうか?」


「はい」


やって来たのはスーツを着た20代中頃っぽい男性。研究者という感じではなく事務職の人っぽい雰囲気だ。


「ありがとうございます、今回ご案内をいたします葛西と申しますよろしくお願いしますね。それでは案内しますのでついてきてください」


「わかりました」


言われた通り葛西さんの後をついていく、受付の横を通り自動ドアを何個も通り、いくつか葛西さんが持つ社員証みたいなのでしか開かないっぽいドアを通り。

動く歩道を何個か乗って。


「ここが目的地です」


多分10分ぐらいは移動したと思うがそうしてやっとたどり着いた場所は何人もの生身の人が動いている部屋だった。


「こんなに人がいたんだ………」


動いている人達はみんな研究者らしい恰好をした人ばかりで今も何か忙しく作業をしている。


「神薙さん、こちらへどうぞ。準備が終わるまでここで待っていてください」


作業している人達の合間をぬって歩いていき案内されたのは部屋の隅に用意されたソファとテーブル。

机の上にはお茶請けなのかお菓子なども置いてある。


お、落ち着かない………。


まわりの大人達が何やら忙しく動いている中で自分だけ座ってのんびりしているのは何ともすわりが悪い。


『どうやら転移陣の準備をしているようですね』


『ヘレナ、やっと戻ってきたのか』


新幹線でヘレナ専用人型機に味覚と消火機能を付けるという話しをしてからずっと無言だったヘレナが戻ってきたようだ。


『はい、何とか専用機に味覚と消化機能を取り付け終わりました。後は性能テストをして問題が無ければ使って行こうと思います』


『そっか、じゃぁ帰りにヘレナが食べたいお弁当選んでいいよ』


『ありがとうございます』


味覚とかどうやって作りだしたんだとか気になる事は色々とあるが、聞いたところで理解できないだろうし聞かない事にする。


『それで?今準備してるのって転移陣だったの?』


『はい、月へとは人工転移陣で向かう予定です』


人工転移陣。

かなり前に【悲愴の洋館】で転移陣を見たときに話したと思うが、まだ研究段階で完成していないって話しだったのだが………どうやらそれは表向きの話しだったらしい。

実際には運用できるレベルで完成してはいるが表に出すにはまだ問題が多すぎるのでこうやってごく一部だけで使用しているみたいだ。


今回人工転移陣の使用が許可されたのは俺がAランク探索者だから。

何だか世界の秘密を知ってしまったようで少し怖いが、便利な物が使えるのはありがたい。


他にもこういった世界的な秘密ってあったりするんだろうか、気になる。

けど、そもそも知らない事は知れないわけで?知らないから知ろうとすることもできないわけで。

つまり調べようと思っても調べる内容を知らなければ調べれないって事だ。


世界の秘密大百科みたいなのがあればいいのにな、Aランクになったら閲覧可能になるとかそういうの。


「お寛ぎのところ失礼します、こちらをどうぞ」


色々と想像していると、葛西さんが現れて何やら靴を渡してきた。


「これは………靴ですか?」


「はい、これから向かう場所は月へとなるわけですが。月では地球とは違い重力が軽いです。その為歩くと言う事が難しいんです、そこでこの靴です。この靴は向こう側で歩行するために靴底に【吸着】のスキルが付けてあります」


「へぇ」


【吸着】のついた靴か、面白い物があるんだな。


「転移陣にお乗りになった後で構いません、こちらの靴へと履き替えて下さいね」


「わかりました、ありがとうございます」


葛西さんから靴を受け取っていると、研究者っぽい恰好をした人がやってきて何やら葛西さんに耳打ちをした。


「どうやら丁度よく準備が出来たようですね、それでは転移陣まで行きましょうか」


「はい」


葛西さんの後に続いて転移陣へと近づいていく。周りには先ほどまで忙しく動いていた人達が立ち止まってこちらを見ている。

何だか緊張してきた。


「それでは、こちらの転移陣の中心に立って靴を履き替えて下さい」


「わかりました」


人工転移陣の大きさは直径10メートルほどとかなりでかい。何やら魔法文字っぽいのが色々と書かれているが俺には理解できそうにもないな。


転移陣の中心へと立ち、言われた通り靴を履き替える。


「うぉ、足がくっつく」


足の裏に軽い粘着質を感じる、いつもよりちょっと力を入れないと足をあげれない程度だが変な感じがして面白い。


「準備はよろしいですか?」


「あ、はい。いつでも大丈夫です」


足をあげたりおろしたりして感触を確かめていると葛西さんの声で思い出した、今は遊んでる場合じゃないんだった。


「それでは、転移陣を起動します」


葛西さんがそういった瞬間周りの人達もそれに合わせるように「起動!」という声が重なる。


「おぉ………」


転移陣が淡く光りだしたと同時に何やら機械の前に立っている人達がそれぞれチェックしていく。

システムオールグリーンとかそういうのが聞こえてくる。映画とかアニメでしかああいうのって聞いたことなかったけど実際に言うんだ……。


「いつでも行けます!」


「はい、それでは神薙様行きますよ?」


「はい」


っていうかさっきから葛西さんが主導で色々と動いているような………案内係だと思ってたけどもしかして葛西さんってここのリーダー?


「転移陣発動」


「発動!」


「おぉぉぉぉぉ………おぉ?」


転移陣がぶわぁっと光ったかと思うと次の瞬間には景色は移り変わっていた。


「大丈夫ですか?」


「あー、はい」


恐らくもう転移したのだろう、目の前を見るとホログラム表示された人が立っていた。


「私は月面ダンジョンの管理を協会から任されている花菱と言います、よろしくお願いします」


「神薙です、よろしくお願いします」


ホログラム表示されているのは40代ぐらいの女性で、彼女がいうにはここの管理をしている人らしい。


「ここってもう月なんですか?」


「はい、そうですよ。外が見えるところまで案内しましょうか?」


「お願いしてもいいですか?」


「もちろん、こちらへどうぞ」


あまりにも地球と変わりがないので本当にここが月なのか不安になった、空気も普通に吸えるし、重力も………………いや何だかちょっとふわふわするな?


「あ、歩きづらい……」


「慣れるまでは難しいと思いますが、頑張ってください」


歩き方は地球と変わらないのに体がふわっとするから物凄く歩きづらい。


「窓とか無いんですね?」


「えぇ、この辺はそうですけれどちゃんと大きなガラス部屋もありますよ今はそこに向かってます」


転移陣の部屋から廊下へと出たが未だに窓がひとつもない、ここは観光地ってわけでもないし仕方ないとは思うが実用性を求めているんだろうな。


「どうぞ、このエレベーターに乗ってついた瞬間窓がある部屋になります」


「おー、楽しみ」


廊下を進み途中にあったエレベーターへと乗り込む。ホログラムの体でどうやってエレベーターを操作するのかと思ったら遠隔操作なのね。


乗り込んだ階層がB27。地下27階って事だ、思ったより下の方にいたんだな………。


動いているのかどうか分からないほど振動の無いエレベーターに乗りB27の表示がどんどんと変わっていき2F、2階へとたどり着いた。


「おぉぉぉぉ!すごぉ!」


エレベーターの扉が開いた瞬間目の前には大きなガラスの窓が現れそこには月面と奥に地球が見える。


圧巻だ………すごい以外言葉が出てこない。


「神薙さんの滞在期間はひと月になっています、どうぞご自由にお過ごしください」


「ありがとうございます」


「私の案内はここまでになりますが、この後は自動案内がいますのでそちらへ、もし自動案内でどうしようもなければ私に連絡下さい」


「はい、わかりました。わざわざありがとうございます」


「いえいえ、どうぞ楽しんでくださいね」


それでは。そう言って花菱さんのホログラムが消えていった。


『ここが月ですか………中々興味深い所ですね』


「そうだなぁ、取り合えず今日はゆっくり過ごしていいかな?もうちょっと楽しみたい」


『もちろんです』


せっかく月に来たんだ色々と楽しみたい。







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