ウィザード・テイル 〜僕らが世界を愛さぬとして〜

べっ紅飴

第1話

一年に一度だけ、僕たちはコロニーから地球へと降り立つ。


そこは忌まわしき魔法使いたちの世界。僕らにとっての災いの地。


僕たちにはコロニーにある学び舎で念入りに教えられることがある。魔法使いたちに見つかればたちまちに捕らえられ、彼らのモルモットとなり、生きてコロニーに帰ることはできなくなるということだ。魔法使いは僕らの体を喉から手が出るほど欲しているらしく、コロニーの映し出す空に見える青い惑星、そこに2日以上滞在すれば、僕らがどこに隠れていようと必ず探し出すことが出来るのだという。


幸いにも僕の知っている人で魔法使いに捕らえられた人たちはいない。


けれど、偶に噂で誰かが捕まったという話は確かに聞くのだ。


そして、その人が帰ってきたという知らせを耳にしたことは一度もない。


その度に僕らは学び舎で教わったことは嘘じゃなかったのだと実感し、いつしか楽しみにしていた地球への降下を恐れるようになる。


そして今日は僕が地球へと降り立つ番だった。


僕があの星に訪れるのはこれが3度目になる。


あそこはコロニーに比べると、とても広くて、街は輝き、人は数えきれないほどにごった返している。もちろん、それが都市というもので、そうではない場所もあるのだということは知っている。だけど、僕が実際に訪れたのはいずれも都市という場所だった。それ以外の場所は、知っているだけで見たことはないのだ。


僕らは何もフィールドワークや観光目的で地球に行くわけではない。


僕らの敵が多く住まう場所について体験として知ることが有益であることは確かだが、それは間違いなく危険を冒してまでするようなことではない。


僕らの目的とはただ一つだ。僕らと同じように魔力を扱えるもの、あるいは魔力の因子を持つ者の回収、そして保護だ。


保護される者のほとんどは赤子だ。偶に僕よりも少しだけ歳下の子が紛れているくらいで、大人に近いような人は全くいない。

魔力持ちは、子供のうちだけは魔法使いに見つかりづらいという特性がある。だからコロニーは魔力持ちを子供のうちに回収することを目標としている。保護されずに地球で魔力持ちが大人になれる可能性はほとんど0だ。故に、そうした決まりがあるわけではないが、僕らが回収するのは赤子や子供ばかりになってしまうのだ。


魔法使いが多く存在する都市では若く、彼らに見つかりにくい僕らが、魔法使いが少ないところでは経験豊富な大人たちが彼らを回収する。


コロニーに暮らしている人々のほとんどが赤子のころに保護された経験を持っている。他はごく一部に地球で暮らした記憶を持った人がいるくらいだ。

勿論コロニーで結婚し、子を持つ人たちもいる。


けれど、地球に比べてコロニーの資源は少ないから、魔力を持たなければコロニーにはいられない。魔力を持たずに生まれたからと言って処分されるわけではないが、その場合は地球にいるコロニーの協力者が運営する施設で生きていくことになる。


魔力持ちがコロニーでしか生きられないように、魔力を持たぬ者も地球でしか生きられないのだろう。悲しいけど仕方のないことなんだと思う。


僕もまた、親の顔を知らない哀れな子供の一人なんだろうか。


そんなことを考えて、僕は自嘲した。これから僕がするのは親と子を引き離すことだ。彼らからあって当たり前である幸福を奪う行いだ。


魔法使いの脅威から守るためにしていることとはいえ、僕はそれが本当に正しいことなのか分からい。だって、悪いのは僕らを狙う魔法使いたちなんだから、きっとそう思うのは間違いなんかじゃない。


だけどそうは思っても僕は、会ったことも、見たこともない、話の上でだけ知る魔法使いをどう思うべきなのか、それについていまいち実感を持てなかった。


なんとなく、怖いものとしか思えないのも、きっとそのためだろう。


そんな生半可な気持ちでいるのに、これから地球に降り立たねばならないというのだから不思議なものだった。


その漠然とした不安のような感情が消えることはなく、しかし、地球へ向かう準備は刻一刻と進んでいた。


既に僕らにできる準備は終わっていて、あとはバックアップの人たちの準備が終わるのを待機室で待つだけだ。


ただ待つだけというのはどうにも退屈で、時間が過ぎるのがとても長く感ぜられた。


となりにいるコーイチなんかは涎を垂らしながら寝ているし、僕の前に座っているキョーコとレナはまるでなんてことなしに談笑している。


マサキはいつも仏頂面で何を考えてるのか分からない。おしゃべりな女子二人とは違い、彼は普段から寡黙であった。



地球での任務は5人前後のチームを組んで行動するのが決まりになっている。本当なら、今日はマイカも一緒に行くはずだったのだが、体調が優れなかったため、彼女は後日別のチームの欠員として地球へ向かうことになった。


今回は通常よりも探知された魔力持ちの数が多く、総勢100チームにも及ぶ大遠征だとか。


先生曰く、100チームも編成されることは稀なことだという。


その反応のほとんどが都市部に偏っていることもあり、経験豊富な大人を動員できないこともあり、今回の遠征にはコロニー上層部も慎重派が多く、当初は回収しきれなかった魔力持ちの回収を今後の遠征に持ち越すという案が多数を占めた。


しかし、もし今後に反応がさらに増えてしまった場合回収しきれなくなるといった事態が懸念されたため、今回の遠征では大幅な人員補充が図られることとなった。


情報通のタカシから聞いたことだから間違いない。彼は僕らの中でも珍しい魔力持ちの両親のもとに生まれた子供なのだ。だからか、僕らの誰よりもそうした事情に詳しい。


だから、今回の遠征は通常よりも選抜の基準が緩められているらしい。


もしかしたら脱落者が出るかもとタカシはいつになく真剣な表情で言っていた。


僕もそれは同感で、未熟であるほど魔法使いの餌食になりやすいというのは当然のことと感じた。


それに、都市部に魔力持ちの反応が偏っているというのも妙だった。


まず、魔力持ちになるためには魔力因子を有することが第一条件だ。


その魔力因子をもって生まれてくる子供は10万人に1人程度と言われている。










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ウィザード・テイル 〜僕らが世界を愛さぬとして〜 べっ紅飴 @nyaru_hotepu

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