Sideクオン:中二病(ガチ)

「――ボクと戦え! 宿敵!」


 クオンが門番たちを追いかけていったとき、彼女の内側で蠢くものがいた。


《くくくっ……見つけたぞ! 我が怨敵! 当代勇者よ!》


 魔王ヴァルボロスである。

 といっても魔王ヴァルボロスは門番の手できちんと滅ぼされた。


 クオンが宿しているのは魔王の力の断片だ。


《ちっ、まさか我が完全に滅ぼされるとはな……》


 魔王ヴァルボロス(力の断片)は悪態をつく。

 門番に討伐されたことはおぼろげだが知っている。彼らの技だけじゃなく、話をろくに聞かずに攻撃する蛮族っぷりもだ。


 その知識はクオンとも共有している。だから特に驚かなかったのだ。


《今すぐ殺してやりたいが……。器はいまだ覚醒せぬか》


 クオンの魂を強引に闇へかたむければ魔王の力をさらに引き出せるだろうが、精神が壊れる可能性が大きい。

 それでは復讐を果たせない。


 門番も戦う気がなかったようだし、死闘の中での覚醒は期待できなさそうだ。


《忌々しい……。ふんっ……だが、我は待つのには慣れているさ》


 王都の地下深くで何百年も封印されてきた。

 悪意をむさぼる魔物として、闇をべる最悪の魔性として、人の心の光でずっと縛られてつづけていた。


 しかし虎視眈々と隙は狙っていた。

 人の悪意を少しずつだが貪りつづけて力を蓄えて、封印に綻びを作ったのだ。


 それが、今から十数年まえのこと。

 封印を一気に壊したいところを我慢した。ゆっくりと下水道を魔で浸食していって、王都そのものを奪うつもりでいたのだ。


《我ながら慎重よの。……前大戦時では神々を舐めすぎたのもあったが》


 だから封印の綻びから力の断片を飛ばした。

 外の情勢を知るため。そして自由都市地方のいたるところに魔性の種子を根付かせて、暗黒大陸をふたたび創るつもりだった。


 門番の言うところの魔王分身体ではあるが、少しちがう。

 神々に気配を悟られないよう力はわずかなもので情報収集がメイン。ほうっておけば消滅する存在だった。


《まさか、かようなことになるはな……》


 本体である魔王ヴァルボロスが滅びるとは思わなかった。

 力は完全に取りもどしていた。だがそれでも敗れたのだ。


 あの門番は、間違いなく先代勇者より強い。


《神々め……! いったいなにを奴に施したのだ! くっ……よりにもよってあんな阿呆を勇者に仕立てあげなくてもよいではないか!》


 下水道の浸食を進めていたとき、なにかしらの介入は感じていた。

 だが追撃がなかったので、封印が働いているのだとは思っていた。


 まさか原因があの門番とは思いもよらなかったが。


《忌々しい! 実に忌々しい! 百万回殺しても飽き足らぬわ‼ 本体の我は消滅したようだが、我はそういかんぞ……!》


 魔王ヴァルボロス(力の断片)は憎悪をたぎらせる。

 本体と記憶の共有が完全ではなかったので、門番にめっためったボコボコの雑魚扱いされて心へし折られたことを知らないでいた。


 もっとも記憶を完全共有していても、この魔王の心は折られないだろうが。


《くくくっ……奴の剣技を浴びて、さらに力を増しておるわ!》


 クオンの力が躍動したのを感じた。

 本来、力の断片は役目を果たしたあと消滅する、貧弱な存在だった。なのにいまだ存在しているのは彼女のおかげである。


《そうさ、闇は滅びぬのだ‼》


 本当に、ただの偶然だった。


 十数年前。自由都市地方に魔性の種子をばらまくため、さまよっていたときのことだ。


 とある町の路地裏で、飢えで死にかけていた少女を見つけた。

 大きな角はあるが獣人ではなかった。そして悪魔族でもない。

 先天的に、闇に極めて高い適性を持つ少女だった。


《ふははははははははっ! いかに光が世界を覆おうとも闇は消えぬ! 否、闇はいっそう色濃くなるのだ!》


 恵まれた土地でありながら、おそらく容姿から忌み嫌われた孤児。

 闇への適性だけじゃない。なにより瞳を気に入った。


 世界をどうしようもなく恨み、憎しみ、どうして自分だけがと呪う少女。

 こいつには魔王の素質がある。そう力の断片は確信した。


《……素質だけを見れば、我よりも上だろうな》


 だから力の断片は幼いクオンの精神に宿った。

 少しずつ魂を蝕みながら、完全なる魔に染めあげようとしたのだ。


《とはいえ、器としての素質があるのも考えものだがな》


 闇の器としてクオンが規格外すぎて、精神内に閉じこめられてしまったのだ。

 一応クオン自身に声をささやくことができるし、周囲にわずかばかりでも魔性の影響を及ぼせる。だがそれぐらいだ。


 おかげで本体とは最後まで合流できず、また三邪王とも出会えなかった。

 魔王が死んだ情報だけが残留思念として飛んできて、たまたま記憶を共有できたぐらいだ。本体はきっと、クオンのことを最後まで知らなかった。


《あの様子では三邪王も滅んだのであろうな……》


 クオンの精神内で悪魔族の呪いが解けたという噂を聞いた。

 おそらく門番たちが関わっている。


《面白くはない! 面白くはないが……最後に笑うのは我よ》


 本体も滅んでしまい、三邪王も間違いなく滅んだ。

 だがクオンの成長にともない、闇が胎動しつつある。


 魔王ヴァルボロス(力の断片)を宿したクオンが魔王として覚醒寸前だった。


《くくくっ……! このままクオンが覚醒すれば真の魔王となるだろう。勇者をまっさきに狙うとは思わなかったが……どうやら様子見するようだな》


 きっと神々も迂闊には手をださない。

 おそらくクオンを測りかねている。奴らにとっても予想外すぎる存在のはずだ。

 彼女のような存在が他にいるのか、しばらく泳がせるだろう。


《だが、気づいたときにはもう遅いのだ‼‼‼》


 魔王ヴァルボロス(力の断片)はクオンの精神内で邪悪に笑った。


 魔性の種子はとうに蒔いた。根付いた悪意が芽吹き、開花のときが迫っている。

 暗黒時代の復活は、もう間近なのだ。


《人の悪意は底が知れぬぞ! あのボケカス阿呆どもめ! 此度の旅でそれはもう骨身に染みるであろうなあ‼‼‼ くははははははっ!》


 魔王ヴァルボロス(力の断片)は勝利を確信したように高笑った。


 魔王はまだ知らない。

 当代勇者の力が【女神の祝福】によって先代の力と合わさり、冗談みたいな強さになっていることに――

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