第3話 ただの門番、こじらせた子だと勘違いする

「ボクは魔王……魔王ヴァルボロスだ!」


 大きな角の生えた女の子は大声で叫んだ。

 俺たちはしばし呆然としていたのだが、自称魔王が真剣な表情で見つめてくるのでなんとか言葉をひねりだす。


「魔王ヴァルボロス……? 君が?」

「そうだ! ボクは魔王ヴァルボロスだ!」

「いやいや」


 そのわりには邪悪な感じがしない……んん?

 ほんのりと邪悪なような……そうでもないような……わからん。

 まあ悪人センサーの精度は優れているわけじゃないしな。


「ボクと戦え、宿敵! 今こそ雌雄を決するときだ!」


 自称魔王ヴァルボロスは大きな杖を向けてくる。

 俺を知っているみたいだけど……。


「あのさ、なにか勘違いしていないか? 君のことをまったくしらないんだが」


 誰にだって勘違いはある。俺だってたまーに勘違いする。

 しかし彼女は確信があるようだ。


「勘違いなんかしていない! お前はだろう!」


 瞬間サクラノがカタナを抜いた。

 あっというまに距離を詰めて、自称魔王に斬りかかる。


「貴様ッ! 師匠の名前を言えるとは何奴だ⁉」


 言えちゃダメなの???

 たしかに言ってくれる人は全然いないが……って止めねば!


 しかし、俺が制止する必要はなかった。


「――|魔王絶対障壁《ヴァルボロスウォール」


 自称魔王の足元から瘴気のような壁が立ちあがり、斬撃をガキンッとはじいた。

 強敵だと判断したのかサクラノは距離をあけて、低く唸っている。


「ボクの敵は勇者ダンだけだ。雑魚は下がっていろ」


 自称魔王は涼しげに立っていた。

 なんだ今の術。普通の魔術じゃないな。いやまあ純正魔術師の戦いなんてろくに見たことはないけども。


 と、物理型魔術師ハミィが石を素手で砕いて投げつけた。


石破片散弾ストーンショット!」


 石つぶてがものすごい勢いでばびゅーんと飛んでいく。

 しかし自称魔王はたじろくことなく、またあの障壁を発生させた。


「先輩! ハ、ハミィの魔術がまったく通じないわ!」


 自称魔王は障壁を消すと、冷たい声で言う。


「雑魚の攻撃はボクには通じない。どいていろ」

「なに⁉」


 俺は驚いた。

 ハミィの物理魔術にまったくツッコミをいれてこなかったからだ。


 まさかシリアスを維持できるタイプか⁉


「ボクを傷つけることができるのはただ一人……宿敵であるお前だけだ!」


 自称魔王は俺をまっすぐに見据えてくる。

 そのあいだもメメナが魔導弓で光の矢をちゅんちゅん放ったり、ハミィが石を投げつけていたり、サクラノはカタナでがしがし斬っているが、いっさい意に介さず。


 障壁でがいんがいん弾きながらもオール無視だ。

 こいつはいろんな意味で厄介な相手だぞ⁉


「雑魚がウロチョロと……邪魔だ! 魔王尖槍ヴァルボロススピア!」


 自称魔王は背後に暗黒の槍を浮かべて、仲間たちに放つ。


 あの術は魔王分身体が使っていた術だぞ⁉ 

 俺は間に入り、がいーんと剣で撃ち落とす。


「待て待て待て! 一旦話そう! な⁉」

「お前と話すことはない! 勇者ダン=リューゲル!」

「俺はたしかにダン=リューゲルだけど勇者じゃないって! ただの元門番だって!」


 俺はオンボロソードとオンボロ鎧を見せつけて、ただの兵士っぷりを見せつける。

 しかし自称魔王はシリアス継続中だ。


「ボクと戦え、宿敵! でなければお前の仲間に槍を放つ!」

「せいやああああああああああああ!」


 仕方がないので斬りかかる。

 障壁狙いではあるが、一応手加減はしておいた。


「……へ? いきなり? ヴァ、魔王絶対障壁ヴァルボロスウォール‼」


 自称魔王はやっぱり障壁を発生させてきたので、俺は斬りふせる。

 衝撃がガラスのように砕けた途端、強い衝撃波が発生する。そして自称魔王はふっ飛んでいって、鉱石の山に突っこんだ。


 まあまあダメージがあったのか、彼女はちょっとぐったりしていた。


「きゅぅ……」

「お、おい……大丈夫か? すまん、加減がわからなくて……」


 障壁の強度がわからなくて、加減がうまくできなかった。


 魔王分身体よりも弱いが……ホント何者だ?

 俺が追撃しないとわかったのか、自称魔王は不敵に笑いながら立ちあがる。


「くくくっ……お前は万に一つの勝ち目を逃したぞ……!」

「けっこう勝ち目はありそうなんだが……」

「さあ死闘のつづきだ宿敵! ボクと命尽き果てるまで殺し合え!」

「いや、戦う理由がなさすぎて……」


 邪悪な者かわからないが、わけもわからないまま戦うほど俺は蛮族じゃない。サクラノは『殺し合い』のワードに興奮しているけれども。


 俺が戦う気がないとわかったのか、自称魔王は悔しそうに唇を噛みしめる。

 すると突然、右腕を痛そうに押さえはじめた。


「くっ……⁉ 沈まれ! ボクの右腕よ……!」


 歯を食いしばった自称魔王に、俺たちはちょっと面食らう。

 自称魔王は「右腕がー右腕がー」と身悶えていた。


「えっ、なになに???」

「くっ……! ボクに巣食う闇が暴れている! くくくっ……お前たちが恐れる魔王の力が暴れているのだ!」

「…………君は魔王の力を宿しているのか?」

「そうだ! この力で世界を滅ぼしてみせ……うぐっ、右目がぁ、右目が焼けるように熱いっっっ!」


 自称魔王は右目を痛そうに押さえた。

 それでもなお、不敵に笑っているが。


「くくくっ……ボクの闇が! 内なる闇があふれそうだ!」


 その反応に俺はピピーンときた。いつもの聡明な直感だ。

 というより、この反応に俺は心当たりがある。


「兄様ー、みんなー。集合じゃー」


 メメナが片手をあげた。いつもの集合合図だ。

 今度は女子だけでなく俺も参加できるらしい。


 とりあえず自称魔王には「ちょっと待ってね」と伝えておいて、仲間と円陣を組む。なんだかちょっとワクワクするなあ。


「兄様、本当に心当たりはないか?」


 メメナにたずねられ、俺は首をふる。


「まったくないよ。王都で会った可能性もあるけれど……。あんなに角の大きい子、覚えていそうなものだしなあ」

「せ、先輩……あの角、獣人でも見たこと形だわ……。せ、先輩の名前が言えるのもおかしいし……」


 ハミィがすごく不安そうにたずねてくる。

 本物の魔王だと疑っているのかもしれない。


「俺の名前が言えるからっておかしいことはないよ。王都の住民登録や冒険者登録のときに契約書を書いているし。調べようと思えば調べられるはず」

「では師匠、殺し合いますか?」


 サクラノは今すぐにでも戦いたそうな表情だ。

 カタナが障壁に弾かれたことを根にもっているようだ。


「しないしない。俺、あの子の反応に心当たりがあるし」


 三人が俺に視線を向けてくる。

 俺は実に簡潔に、明瞭に言ってやった。


。そーゆー年頃なんだよ」

「「「こじらせた」」」


 三人はちょっと言葉につまったような表情をした。


 想定外の答えだったのかな。意外でもなんでもないと思うが。

 程度はあるかもしれないが、人は闇とか悪魔だとかそーゆーのに憧れる時期があるのを知っている。


 ココリコという少女がズバリそれだ。


 迷い狂いの町で出会った少女は、根は明るいのだが闇キャラっぽく立ち居振る舞う。

 この前会ったときも『右目が熱いー』『右腕がうずきますわー』『内なる闇が目覚めそうですわー』と、盛大なこじらせっぷりを披露していた。

 ひどくこじらせると修正が効かないとも本人が言っていた。


「あの子はさ。闇……つまりは魔王に憧れるあまり、こじらせすぎたんだと思う」

「師匠……。憧れだけで魔王の力は使えないと思いますが……」

「魔王分身体よりぜんぜん弱かったし、あくまで似ている術じゃないかな。たぶんコツがわかればサクラノも障壁を壊せるよ」


 サクラノは「ほんとですか⁉」と嬉しそうにした。

 ハミィは不安がぬぐえないのかオドオドしている。


「あ、あの子が先輩を襲ってきたのも……こじらせたから、なの?」

「たぶんね。おおかた著名な魔術師のご息女じゃないかな。王都の下水道騒動で俺の名前を知って、こじらせたあまり魔王プレイに巻きこんできたんだよ」

「そ、そうなのかしら……」

「だってさ。俺、ただの元門番だし」


 俺はさらりと言った。

 いくら名前が同じだからと言って、俺が勇者なわけがない。魔王との因縁もあるはずが……ああでも分身体とは戦ったか。


 沈黙を保っていたメメナが「うーむ」とうなる。


「……兄様、それではどうするつもりなんじゃ?」

「なにも。あの子も飽きたら家に帰るんじゃないかな」

「ちなみに、なにか邪悪な気配を感じたか?」

「邪悪かどうかはわからないな……ちょっとボンヤリしている」

「…………よし、わかった。なにかあったら女神が伝えてくるじゃろう」


 メメナが納得したかのように言うと、サクラノとハミィもうなずいた。


 彼女のこじらせと女神に関連性があるのだろうか。

 話はまとまったかなと思ったところで、自称魔王が叫んでくる。


「話は終わったのか! さあボクと戦え、戦うんだっ! 宿敵!」


 自称魔王は必死な形相で俺をにらんでくる。

 ううむ……こじらせもここまでくるとすごいな。俺を生涯の敵とでも思っているのか。今度ココリコを紹介してみるか。仲のよい友だちになるかもしれない。


「君さ、名前はなんて言うんだ?」

「魔王ヴァル――」

「本名だよ。魔王ヴァルボロスが本名なわけないだろう」


 俺がそう言うと、自称魔王はきょとんとした顔になる。

 しばらく視線をさ迷わせていたが、口をすべらしたようにつぶやく。


「………………クオン」


 なんだ、やっぱり本名があるじゃないか。


「クオン、俺たちはもう行くけどさ。目途がついたら帰るんだよ。それじゃあね」

「へ? お、おい、待て! ボクと戦え! 宿敵!」


 絶対逃さないという声が俺たちの背後から聞こえてくる。


 うーん、クオンが飽きるまでかなり時間がかかりそうだ。

 まあ関わった以上はとことん付き合うか。

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