第2話 ただの門番、ちょっと気づく

 俺たちは真の魔王を探す旅をつづけていた。


 王都の下水道で倒した魔王は分身体だった。そして奴の気配を知っているのは俺だけだ。

 だからこうして人知れず真の魔王を探している。


 サクラノたちはそんな俺の旅に付き合ってくれている。武者修行や世界の視察にも都合がよいとかなんとか。


 今、旅をしている自由都市地方はグレンディーア王都西部にある。

 管轄は王都あずかりだが自治権はその地の人に任せており、未開の地が多い。


 俗にいう『冒険の大地』で灰色の地点グレースポットと呼ばれる場所もあり、怪しい存在がひそむにはもってこいなわけだ。


 実際、俺たちは魔性と呼ばれる存在に何度か出くわした。

 手がかりを探すなら、やっぱり自由都市地方で間違いないと思う。


 のだけど……魔王の痕跡がぜーんぜん見つからないんだよな……。


「うーーん……他の場所かなあ……」


 真昼の採掘場。

 仲間たちと珍しい鉱石を探していた俺は手を止めて考えこむ。


 そんな俺に、メメナが不思議そうに声をかける。


「兄様、そこに鉱石はなかったのか?」

「あ、ああ、ごめん。ちょっと考えごと。ちゃんと働くよ」


 モンスター討伐やら村の困りごとを解決して臨時収入は得ているが、冒険しっぱなしはお金がかかる。

 なので知り合いの悪魔族、スル=スメラギから鉱石探しの依頼を受けていた。


 スルとは、どすけべ神殿の魔性騒動ですごく仲良くなった。彼女曰く『身内サービス』ということで実入りのよいクエストだ。


「ふふっ、兄様を急かしたわけじゃないぞ。悩みごとがあるなら話してみい」


 メメナはゆったりと微笑む。

 一番幼いのに一番しっかりしているよな。年長者の風格がある。


「あのさ……魔性ってのは人でもモンスターでもないんだよな?」


 俺はまずそのあたりを詳しく知ろうとした。

 メメナはこてんと首をかたげる。


「兄様はどう理解しておるんじゃ?」

「人でもモンスターでもない、闇に堕ちた存在……だろう。人間に仇なす存在なのはわかるけどさ。それじゃあモンスターや暴走ゴーレムと変わらないよなって」

「特異性と精神性のちがいじゃな」


 メメナはすらりと答えて、珍しい形の石をひろう。


「一般的に魔素で環境適応した生物・無機物などをモンスターと呼ぶ。この石ころだって魔素によってゴーレム化する可能性を秘めておるんじゃよ」

「モンスターは人間を襲ってくるよな」

「元は野生の獣だったりするしのー。縄張り意識も強いし。じゃから同種のモンスターが存在するし、群れで襲いかかってくることもある」

「えーっと……魔性はオンリーワンな存在ってこと?」


 メメナは「うむ」と言って、珍しい形の石を見つめる。


「兄様、魔性は同じ個体が存在せぬ。変わってしまう条件も特殊でな」

「えっ、魔素以外で変わるのか?」

「闇の儀式、暗黒術……いろいろあるぞ。おおむね魂や精神がまるっきり変わってしまう。姿形が変わるときに高揚するようでな。理性のタガが外れるらしい。だから一般的に『闇に堕ちた』と呼んでいるようじゃな」

「つまり闇に魅入られた存在ってわけか」


 メメナはうなずいてから珍しい形の石を捨てた。

 エルフ氏族の長同士で集会があるらしいし、裏話は詳しそうだな。


「兄様、気をつけるんじゃぞ。魔性は特別な力を得ることがある」

「……この前の吸血王みたいに?」


 無数のコウモリを操って、さらには分離・合体していたな。


「あやつもな、ただのコウモリが力を得ただけかもしれんぞ」


 メメナはすごく真面目な表情で言った。

 あの吸血王、ただのコウモリだった可能性もあるのか……。


 群れをはぐれた繊細なコウモリの人生(コウモリ生?)を想像してしまい、ちょっと感傷的になる。


「なあメメナ、魔性ってのはわりといるものなのか?」

「…………そういるものじゃないんだがのう」


 メメナが真面目な表情なのはそれが理由か。

 魔性とは何度か戦ってきたが……とにかく変わった奴が多い。いまのところ、たいして強くないから助かってはいるが。


「兄様が気になっていたことは、それかえ?」

「いやさ、もしかしたら魔王はもう滅んでいるんじゃないかって。……さすがに下水道にいた魔王分身体が本物の魔王だってことはないと思うんだけど」


 俺の発言に、場の空気が固まった。

 離れた位置で作業をしていたサクラノもハミィも手を止めている。


 しまった……。俺の旅に付き合ってもらっているのに、『魔王はもう滅んだのかもー』なんてのは無責任すぎた。

 どう言いなおすべきか悩んでいると、メメナが片手をあげる。


「女子集合じゃー」


 メメナたちは集まって円陣を組む。


 いつもの女子会だ。

 男の俺が話を聞くわけにもいかないので、離れた場所で大人しく待つことにしよう。


「師匠、さすがにおかしいって気づきはじめましたね……。すでに魔王は倒しているわけですが、どうしましょう……」

「兄様に施された術のことがあるでのう……。神々の意図が読めん……」

「先輩……名前も顔もあんまり覚えてもらえないどころか……覚えても忘れられるものね……。仲良くなったハミィたちなら大丈夫だけど……」


 仲がいいなー。なんの話をしているんだろう。

 あ、3メートルぐらいの石ゴーレム湧いた。剣で殴っておこう。


 ぽかん。

 ドッゴーンッと石ゴーレムが砕け散った。


「師匠……いまだ強さに自覚がないですね……。わたし、足元にすら及ぶのか……」

「心配せんでもお主らも腕をあげておるよ……。神々に施された術が強すぎて、本人にも影響がでているみたいじゃな……」

「せ、先輩、そういえば女神様にたまに見られているとか言っていたわ」


 砕けたゴーレムが集まりはじめ、周囲の石を取りこんで巨大化する。


 またガッツのあるモンスター勢か。流行っているな。

 ズバシュワーと斬っておいて、粉微塵にしておいた。


「師匠と一緒に、わたしたちも見られているのでしょうか……?」

「じゃろうな。それで女神がなにも言わないのなら……兄様とワシらは神公認のパーティーってことじゃろう」

「じゃ、じゃあ先輩と……みんなとまだ旅をつづけられる……?」

「うむうむ。ワシらみんなで仲良く旅をつづけ、子種をいただくとしような♪」


 おや。話が終わったみたいだ。

 しかしサクラノとハミィがもじもじしている、女子会を終えるとたまに恥ずかしそうにするのはなぜ。


 と、メメナがニコニコ笑顔で告げてきた。


「兄様ー、真の魔王はどこかにいると思うのじゃー」

「だよなー。ごめんー。痕跡が見つからなすぎて不安になってたー」


 王都の下水道にいた魔王が本物なわけがない。鍛えていたとはいえ王都の兵士、それもただの門番が倒せるはずがないのだ。


 最初から長い旅になるとはわかっていたはずだろう。気合を入れろ。

 俺が決意をあらためていると。


「――見つけた。ボクの宿敵」


 敵意と、そしてなんとなく悲壮感のある声がした。


 俺たちは声の方角に顔を向ける。


 大きな角の生えた女の子がいた。

 マントみたいなコートを羽織っている。サクラノと同じぐらいの年頃だろうか。疲れているのかちょっと顔色が悪く、猫背気味で大きな杖にもたれるように立っていた。


 獣人族?


「えっと、どちらさん?」


 大きな角の生えた女の子に、俺はたずねた。

 すると彼女は啖呵をきるように叫ぶ。


「ボクは魔王……! 魔王ヴァルボロスだ!」

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