第3章 真の魔王に気づかない

第1話 ただの門番たちは変わりない

「まさか……こんな奴がいるなんて……」


 とある古城の大広間。


 俺は戦う気力を失ってしまい、剣を握っていた力を弱める。バルコニーにつづく大きな窓の前には、紫肌の紳士っぽい男が立っていた。


 紫肌の紳士っぽい男は、満月を背にしながら告げる。


「ふっ、いまさら臆したようだな。だが私を畏れるだけでは足らん」


 男は邪悪に微笑む。

 人の姿をしているが魔性だ。


 人でもモンスターでもない、闇に堕ちたモノを魔性と呼ぶ。近隣の村々を荒らしているというモンスターを討伐にきたら、この魔性があらわれたのだ。


 俺が立ちすくんでいると、紫肌の紳士っぽい男が牙をギラつかる。


「さあ、血を一滴ものこさずに吸いつくしてやる! 恐怖せよ! 私の名は吸血王……ぎょええええええええええええ⁉⁉⁉」


 吸血王とやらの名乗りはキャンセルされた。

 着物姿の黒髪少女がカタナを抜いて、「狡噛流こうがみりゅう、荒噛み!」と言いながら吸血王を斬ったのだ。


 しかし服ごと再生する。


「お、おのれ……私が名乗っている最中なのだぞ……」

「師匠! こやつ再生しております! かなりの強敵ですね!」


 狡噛サクラノは嬉しそうに笑った。

 彼女は倭族の武闘派集団狡噛流の末席で、ちょっぴりだけ血気盛んな女の子だ。俺を師匠と呼んで慕ってくれるように仲間には素直で、敵には容赦がない。


 臆さないのはいいのだが、強く見すぎる必要はないと俺は告げる。


「いや、たんにガッツのあるモンスター勢なだけだ!」

「ガッツのあるモンスター勢⁉」

「ああ! 致命傷を受けてもがんばっちゃう存在がいるんだ!」

「死をくつがえせるのなら強敵なのでは?」


 サクラノは曇りなき瞳でたずねてきた。


 そうなのかな。でもガッツのあるモンスター勢はたまに湧く。

 王都の下水道であらわれた魔王分身体も何度か蘇ってきたが、一介の兵士だった俺でも倒せたぐらいだ。そんなに強くはない。


「サクラノ! 自分だけががんばっていると思わないほうがいい! みんながんばっている! モンスターでも魔性でも、ガッツがある奴はある!」

「……師匠がそう言うのなら!」


 サクラノは無理やり納得したようにうなずいた。


 少し説教っぽかったかも。一応師匠だけど、俺はただの元門番なわけだから武を極めた人間ってわけじゃない。難しいな。


 俺が悩んでいると、吸血王が苦しそうにうめいた。


「うぐぐ……なにがガッツ勢だ……私を馬鹿するなよ! 私の名は――」

「狡噛流、荒噛み!」

「ぎゃああああああ⁉ だ、だから名乗りを……っ!」

「がるるるるるるるっ‼‼‼」

「ぎゃあああああああ⁉⁉⁉」


 いかん! サクラノがざっくざっくと斬りはじめた!

 彼女の瞳が赤くなっている。血に酔いはじめたんだ!

 大事な仲間だから強く言いたくないけれど、ホント血の気が多い!


「し、しつこいぞ……! この狂犬め!」


 吸血王は叫ぶなり、無数のコウモリの群れとなる。

 群れは高速移動すると離れた位置でまとまって、ふたたび吸血王の姿となった。


 吸血王は唸っているサクラノからは目を逸らしつつ、名乗りをあげようとする。


「そ、それでは改めて名乗ろう、私の名は吸血王――」


 ぺちん、と音がした。

 吸血王は眉をひそめ、無傷の頬をさすっている。


 そして攻撃を放ってきた十数メートル先にいる獣人の女の子に視線をやった。


「……私は名乗りをあげている最中だったのだがな。で、今のはなんだ獣人?」

「き、稀代の魔術師ハミィ=ガイロードの風魔術よ……!」


 ハミィはおっかなびっくりと言った。


 吸血王は醜悪にニタリと笑う。

 ハミィはメカクレ低身長爆乳牛柄ビキニの保安官で牛獣人と、属性てんこもりな子だ。

 だが性癖に刺さったから笑ったわけじゃないと思う。


「ふっ……今のが魔術? 蚊にさされたかと思ったぞ」

「う、うう……」

「しかも貴様、魔術適性の低い獣人だろう? 役立たずがいるようだな」


 吸血王は尊厳を取りもどしたかのように笑う。

 魔術師の獣人なんてのは本来ありえないし、ハミィの気弱な態度に見くびりたくなる気持ちもわからないでもない。


 実際ハミィはひどく落ちこんだ表情でいた。


「ううっ……。も、もうすぐ雨で、占星術的に大気の魔素が低下する時期で……」

「ハミィ、しばらく晴れるらしいぞ」

「……先輩ほんと?」

「ほんとほんと」


 俺がそう言うと、彼女は「そうなんだー」と気を持ちなおして拳を繰りだす。


風拳エアーフィスト!」


 ボンッッッと空気のはじける音がして、十数メートル離れていた吸血王を「うべええ⁉⁉⁉」とふっ飛ばす。


 壁に叩きつけられた吸血王はありえなさそうに叫んだ。


「な、な、な、なぜ火力があがったんだ⁉ どういうことだ獣人⁉」

「これが稀代の魔術師ハミィ=ガイロードの風魔術よ!」

「本当にそれは魔術なのか⁉⁉⁉」


 吸血王が俺たちに説明を求める視線を向けてきたが、スルーした。


 ハミィは得意満面の表情だが、もちろん魔術ではない。物理技だ。

 彼女は優れた身体能力と思いこみで魔術めいたことができるのだが、仲間内でも魔術ということにしていた。


 技術も極めれば魔術めいたことができる。俺だって空中でふんばれる。

 そのせいかハミィは俺を同系統の魔術師だと思い、先輩と慕ってくれていた。


「な、なんなんだ、この連中……! ふざけているのか⁉」


 吸血王は信じられなさそうに見つめてくる。

 敵から常識を疑われることがあるせいで、慣れつつある視線だった。


 俺、純正ツッコミ人間なんだけどな……。


「き、貴様たちがいかに無法者でも夜は私の世界! そうっ、私の名は吸血王――」

光陰十字架アロークロス!」

「またがあああああああ⁉⁉⁉」


 十字の形をした光の矢が吸血王の胸をつらぬき、壁に釘付けにした。

 魔導弓から矢を放った銀髪エルフの少女が、優雅にたたずんでいる。


「ふむ、効果覿面のようじゃな」

「ぐっ……聖属性の矢か……!」

「ワシの実家で似たようなのが湧くでのー、対処はお手のものじゃよ」


 メメナ=ビビット。

 エルフの元族長で仲間のなかで一番魔術にけている。まだ子供だがどんなときでも落ち着いて、頼りになるしっかり者だ。


 俺より何倍も生きている疑惑や、一児の母疑惑あるが、勘違いだろう。

 だってメメナは兄様にいさまと俺を慕ってくれるし。


「チィッ……! こんな枝のような矢なぞ、すぐ砕いてやる!」


 吸血王はいまいましそうに矢を掴むが、メメナは余裕の笑みをたたえる。


「簡単には砕けんよ、それはただの矢ではない」

「なんだとっ⁉」

「その矢にはな、ワシと兄様で育んできた力をこめておるのじゃ」


 きっと絆の力のことだ。

 真の魔王を探す旅で、俺たちはそれなりに苦労してきていた。


 ちょっと感慨深くなっていると、メメナが嬉しそうに告げる。


「ワシと兄様で、しっぽりねっとりいやらしく育んだ……愛の力をな!」


 吸血王が『子供相手になにを』とドン引きした瞳で俺を見つめてくる。

 いかん! メメナの悪戯癖がでた! 


「ち、ちがう! ぜんぜんちがう!」

「ふむ? たしかにちがうなー。兄様はワシたち三人と仲良くしてるものなー♪」

「大切に想っているけども!」


 意味ありげに言わないでほしい!

 基本しっかりしている子なのだけど……。面白そうな流れに持っていく、あるいは面白くなるなら黙る癖があるんだよな……。


 サクラノとハミィは大切発言に照れたのか、頬を染めていた。


 もんもんとした場の空気に、吸血王は悔しそうに睨んでくる。


「貴様ァ……! 私の古城までわざわざ見せつけにきたのか!」


 勝手に勘違いされるのは困るなあ!

 吸血王はこれまで以上に殺気をたぎらせる。そりゃもうヤル気に満ちていた。


「ま、待て! お前とはあんまり戦いたくはない……!」

「私を畏れたところでもう遅い!」


 吸血王は力任せに光の矢をひっこぬく。

 全身から無数のコウモリをひねり出して、俺に人差し指を向けた。


「生きたまま刻まれて……骨すら残さず消えてしまえ!」


 無数のコウモリが槍のようにビュンビュンと飛んでくる。

 戦意を失くしていた俺だったが、奴が二度と戻れない領域に踏みこんだとわかってしまい、覚悟を決める。


 そして、悲しみながら剣をふるった。


「門番バーーーーーーーストゥ‼‼‼」


 と、かっこうをつけて技名を叫んだはいいが、ただの連続斬りだ。

 百回ぐらいズバズババーッと斬っておいて、無数のコウモリを塵へと変える。


 俺の反撃に、吸血王は強気に笑ってみせた。


「ふっ。やるではないか……! そうこなくては面白くない!」

「お前はもう……そんなふうに強がることしかできないんだな……」

「……は?」


 吸血王は表情をこわばらせた。

 図星のようだ。


「お前が強者っぽく見せているのはわかっている」

「は? は? は……?」

「本当は繊細だってこともな……」

「私が……繊細……?」

「だって吸血王とか言いながらヨワヨワもいいところ。古城に仕掛けられた罠も、近隣の噂とはぜんぜん違う。そりゃもうさ、チャチなものばかりだったよ……。本当はたいしたことないくせに、周りが怖くて自分から怖い噂を流したんだろう?」


 王都の下水道は大変だった。

 俺は何度もつらい目にあったぐらいだ。

 その下水道に比べたら古城の仕掛けはお遊びみたいなものだった。


「臆病な自分を誰にも知られたくなかったんだよな……」

「やめろ⁉ 想像の翼を羽ばたかせるな‼ 貴様が強いだけの話じゃないのか⁉ 女たちもなにか言ってやれ!」


 サクラノたちは吸血王に返事をしなかった。

 なんか『いつものがはじまったー』みたいな顔でいる。


 敵に情けをかけた俺に、ちょっと呆れたのかもしれないな。


「俺は鍛えているが、ただの元門番だ」


 それなりに強いかもしれないけど、あくまで王都の一般兵士レベルだ。

 王と名のついた魔性と戦えるわけがない。


 吸血王はすごく傷つきやすい内面なんだと思う。だから怖そうな噂を流して、古城にこもっていたんだ。


「すべて……わかっているさ」

「なにもわかっておらんぞ⁉⁉⁉ お、おのれえっ!」


 吸血王は殺気をバシバシ発しながら突進してきた。

 そうやって臆病な自分を誤魔化そうとしているんだな……。


 だけど奴の仕掛けた罠で怪我人がでている。もしかしたら死んでいたかもしれない。臆病でヨワヨワな自分がバレたくないから、俺たちを殺しにかかったんだ。


 そこまで堕ちた魔性なのだ。だから。


「せいやああああ!」

「がああああああ⁉」


 ズバシューと一発斬りふせる。

 致命傷になったのか、吸血王は信じられない表情のまま固まってしまい、体から黒い煙を吐きだしながら崩壊していく。


 哀しき魔性の最後だ。


「さ、再生できない……? そんな……私は吸血王で……夜の支配者で……」

「……最後ぐらい、強がらなくていいさ」

「ううっ……私は……吸血王なんだ……」

「……その気概は王だったのかもしれないな。さようなら、名もなき吸血の王よ」

「名乗れなかったのは貴様たちのせいで――⁉」


 名もなき吸血王はそうして、悲しい表情のまま消滅した。

 魂の行方がどこかはわからないが、誰も傷つけない傷つけられない世界に旅立ってほしいとささやかな祈りをささげる。


 さて、サクラノたちにも言っておこう。


「村の人には伝えておかなきゃいけないね。繊細で、ただ臆病で、ヨワヨワだった自分を隠したいだけだった自称王が古城にいたってことをさ」


 第二第三の悲劇をふせぐためにも、ご近所づきあいは大切に。

 孤立とは無縁の温かい社会を築けるように願おう。


 サクラノたちは顔を合わせ、うなずきあう。


「師匠が」「先輩が」「兄様が」

「「「そう言うのならー」」」


 三人娘の笑顔はどこか作りめいていた。

 同意はできなくても納得はしてくれたのかも。俺は仲間に恵まれているなと思った。


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更新再開です!

このたび「ただの門番、実は最強だと気づかない」2巻が、サーガフォレスト様より7月16日(火)に発売します!


ここまで応援してくださった読者さまのおかげです!

楽しく、騒がしく、ただの門番とちょーっぴり個性強めなヒロインたちとの盛大な勘違いの旅はまだつづきます。


書籍版から文章を磨きあげ、女の子の可愛いシーンはマシマシです。

素敵すぎるイラストと合わせて、WEB版既読の読者さまにも楽しんでいただけたら幸いです!


書店で見かけた際はお手にとっていただけると幸いです!


またコミカライズ版もはじまりましたーーー!

コミックノヴァ様で絶賛配信中です!

web版と合わせて読んでくれると嬉しいです!

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