第35話 ただの門番、ものすごく勘違いする

 暗い通路を一陣の風となって駆けて行く。理不尽などすけべに対する怒りで、どこまでも力が湧くようだった。

 ズズーンと神殿全体がゆれる。


 近い! この通路を抜けた先か!


 通路を抜けた先はちょっとした広間だった。

 サクラノたちがローブを身にまとった魔性二体と戦っている。


「師匠⁉」「兄様⁉」「先輩⁉」

「待たせたな! みんな!」


 駆けながらロングソードをすらりと抜く。

 体格のよい魔性が俺に向かって叫んだ。


「ぐははっ! わざわざ殺されにきたようだな! 俺は邪王ウオウ! お前の頭蓋骨で酒を呑んでやるぜ!」

「これで終わりだああああああああ!」

「ぎゃあああああああああああ⁉⁉⁉」


 とりあえず、これで終わりだざんで倒しておく。


 邪王ウオウとやらは「バカな……あ、ありえねぇ……」とつぶやきながら地に伏せて、全身から黒い霧を吐きだして消えていく。


 次に、神経質そうな魔性が叫んだ。


「くひひっ! なかなかやるようだけど僕は簡単にやられないよぅ! 僕は邪王サオウ! お前の四肢を捥いで壁に飾ってやるよう!」

「これで終わりだああああああああ!」

「びゃあああああああ⁉⁉⁉」


 同じく、これで終わりだ斬で倒しておいた。

 邪王サオウとやらは「うそだ……うそだ……」とうめきながら地に伏せ、全身から黒い霧を吐きだして消えていく。


 うん、やはり邪王の末裔だから強くないな。

 魔王分身体より全然弱い。


「さすが師匠! こうもあっさりと……って、どこに行くんです⁉」


 サクラノの声を背中に聞きながら俺は広間を飛びだして、さらに通路を駆けていく。

 どすけべ神殿の最奥でよこしまな気配を感じたからだ。


 通路の両端ではおどろおどろしい彫像が並びはじめる。

 なんだろこれ。どこかで見たような見なかったような?


 邪王の末裔が崇めるどすけべ神なのかも。姿形がなんというか卑猥な気もする。

 こんな奴が世界を支配してはいけないと、決意をあらたに俺はさらに風となる。


 そして、両開きの扉を派手にあける。

 背もたれの長い椅子が三つ置いてある部屋で、中央の椅子にはまたもローブ姿の魔性が座っている。妙ちくりんな霧も漂っていて、空気がひどくよどんでいるような。


 なるほど、ここが伝承に語り継がれる猥談の場なんだな!

 俺は気をひきしめながら中央の魔性をにらむ。


 中央の魔性は動じることなく、ねっとりとささやいてきた。


「こいつは驚いたね、ウオウとサオウがやられるとは。ただの人間じゃないみたいだが……快進撃はここまでだよ」

「これで終わりだああああああああああ!」


 さくっと一発、これで終わりだ斬。

 これですべてが終わるはずだった。


 しかし、俺のロングソードは六つの腕に防がれる。

 奴の背中から四本の腕が生えてきて、これで終わりだああああ斬を防いだのだ。


「ちっ!」


 俺は後ろに飛び跳ねて、距離をあける。

 中央の魔性はもったいぶりながら立ちあがり、余裕ありげに語ってきた。 


「私は邪王チュウオウ。邪王を束ねる魔性であり、邪の根源でもある。他の邪王を倒したのは褒めてあげよう。だがすべてが無為に終わる。なぜなら、同胞たちの力が私に集まるのだからね……!」


 邪王チュウオウはローブを脱ぎさると、そこには六本腕の紫肌の男が立っていた。

 バッキバキの筋肉を見せつけたいのか、服は下半身を隠しているぐらいだ。


 露出狂みたいだな……!


「三邪王が集いし今! 新たに名乗ろう……! 私こそがシン邪王である!」


 シン邪王は六本の腕でポージングを決める。


 妙だ。さっき倒した魔性の気配を奴から感じるぞ。

 俺が戦々恐々としていると、シン邪王は気をよくしたのかねっとりと笑う。


「私の中のウオウとサオウの気配を感じとったようだね」

「奴らを吸収したのか???」

「ふふふ……彼らは私の中で生きている。彼らの強烈な個性を一つに束ねたんだ。……この意味、わかるよね?」

「そ、そんな……そんなの……」


 三つの偏った性癖が混ざりあったってことか???

 そいつはつまり超ド級の……。


「そう、今の私は魔王様にすら匹敵するほどの――」

「超ド級のどすけべってことじゃないか‼‼‼」


 どすけべじゃないかーと、猥談の間で俺の声が木霊した。

 シン邪王は真顔になり、動揺したように何度も顎をさわっていた。


「ふむ。……人間、私がなんだと?」

「三つの性癖が混ざりあった魔性ってことだろう⁉」

「ふむ……ふむ……? ふむ……? 私がなんだと?」

「どすけべの魔性‼」


 シン邪王は目を細めてから怒鳴り散らしてきた。


「突きぬけた阿呆な奴がいるかこの阿呆! 私たちはこんな奴にふりまわされていたのか⁉ こんな奴のために計画が……!」

「計画……? なにを企んでいる!」

「この地を……いいや、世界を魔性に染めあげるに決まっていようが!」

「どすけべ店じゃあきたらず、世界をピンク色に染めあげようとするなんて! おのれ、どすけべの魔性!」


 シン邪王がいまいましそうに叫ぶ。


「どすけべどすけべと馬鹿にしているのか‼」

「どすけべそのものは否定しない! やり方の問題だ!」


 どすけべがなければ人類は発展しない。それはわかる。

 だが過剰などすけべは世界を蝕んでしまう。いずれ、バニー村の逆さバニーのように滅びに向かうかもしれない。


 時と場合、そして節度あるどすけべを。

 シン邪王とやらは、世界をある意味では混沌に陥れてしまう魔性なのだろうな。


「……ふんっ、阿呆とマトモにやりあっていたら私まで阿呆になる! 阿呆は阿呆らしく勘違いしたまま――」


 シン邪王は強烈な殺気を浴びせてきた。


「死ねええええええええええええええ!」


 六本の腕を大きく広げてきた。

 なにかしらの特殊プレイなのかなと思いつつ、とりあえず縦に斬っておく。


「せいやあああああああ!」


 シン邪王をドッゴーーーンッと床に叩きつけた。

 猥談の間が大きく振動して、床に亀裂がはしったが、シン邪王そのものは斬れていないな。けっこう丈夫だ。


「がはっ……⁉ なっ……⁉ 混ざりあった私たちがこうもあっさりと……⁉」


 性癖が混ざりあったからなんだというのだろう。

 性癖で強さが決まるのなら世界最強が究極のどすけべになってしまう。


「耐久力は魔王分身体ぐらいまではあがったみたいだけど……うーん?」


 俺がそう言った途端、シン邪王は目を見張る。

 わなわなと身体をふるわして、絶対にありえないと言いたげに見あげてきた。


「お前………………お前が当代か⁉⁉⁉」


 シン邪王は「バカなバカなバカな……こんな奴が……」とうめている。

 トーダイ。どすけべ界隈に伝わる隠語だろか。


「俺はトーダイなんて特殊性癖じゃないぞ」

「ち、ちが……!」

「内輪でしか伝わらないどすけべワードを言われてもわからないんだが」

「やめろ! 私たちをただのどすけべ集団にするな⁉⁉⁉」


 シン邪王が歯を食いしばる。猥談の間に満ちていたよこしまな空気がいっそう濃くなったと思うと、奴はおもむろに襲いかかってきた。


「うおのれええええええええええええええ!!」

「せいやー!」


 とりあえずズバシューと斬っておく。

 ドッゴーンッと、シン邪王がさらに床にめりこんだ。


 致命傷になったようで、全身から黒い霧が漏れはじめている。


「そうやって暴力で強引に話を進めようとするのホントよくないぞ‼」

「お、お前が言うのか……お前が……」


 シン邪王は恨めしそうに俺をにらんでくる。

 とっくに消滅してもおかしくないのに執念で世界に留まっているようだ。


「私たちの願いが……魔性の時代が……。バカな……私たちは過去の遺物でしかなかったというのか……? ウソだ……ウソだウソだ……」


 かなり鬼気迫るものがあるな。

 どすけべに染まってしまった世界……か。俺だってエッチな人間だ、ちょっと見てみたい気持ちはあるが。


 俺はふうと一息吐いて、奴の前で膝をつく。


「俺も、どすけべそのものを否定するつもりはない」

「やめろ……」

「たとえ純粋な願いであってもさ。どすけべ成就のために暴力を使った時点で……お前たちは大きく道を踏みはずしてしまったんだ」

「私たちを貶めるな……」

「俺の尊敬する人の言葉をせめて送ろう。『性癖は素直に、節度は大事に』だ。お前は……合体したからお前たちか。お前たちはその意識が欠けていたんだ」

「うううっ………」


 兵士長の言葉が刺さったか、嗚咽をもらすようにうめいている。

 さすがです。兵士長。


 と、背後で気配がした。俺がふりかえる前に、シン邪王が叫ぶ。


「スル! よくぞ来てくれたぞ! スル!」


 スルだ。

 歩けるぐらいには回復したようで、サクラノたちに支えられて俺を……いや消滅しかけているシン邪王を無感動に見つめている。


 黙っているスルに、シン邪王が懇願するように叫ぶ。


「私たちの敗北は認めよう! 負けだ! 敗北だ! 私たちの願いは叶わなかった! だが……だが! こいつの勘違いだけは正してくれないか!」

「…………」

「私たちは過去の遺物だ! 認めよう! だからせめて敗者らしく……どすけべ集団と勘違いされたままでは……あまりにもだ!」


 え? 俺の勘違いなの???

 やっべー……どすけべどすけべと言っていたけど、俺の勘違いならものすごく恥ずかしいじゃんか。


 スルはなにも言わず、シン邪王を見つめていたのだが。


!」


 スルは眉根をひそめて、嫌悪の表情を見せる。

 そして、それはもう悪そうな笑顔で微笑んだ。


「こいつらは……ただのどすけべ変態集団だよ」

「なっ……⁉⁉⁉ ス、スル⁉ スルウウウゥゥゥゥ…………」


 限界に達したのか、シン邪王がだんだんと消えていく。そして失意にまみれた表情でこの世界から消滅した。


 なんだかワチャワチャしていたけど……。

 えーっと、変態集団であってたんだよな?


 俺の不安そうな視線を、スルが苦笑しながら答えた。


「どすけべは節度を守らなきゃね」

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