最終話 また。いつか

 暗黒神殿から脱出して数日。

 スルは悪魔族のキャラバンで休息をよぎなくされた。

 ダメージが残っていたのもあるし、長年の支配からの解放で精神的なゆるみが一気にあらわれてしまい、まともに動けなかったのだ。


 そのあいだ、仲間に怒られもした。

 ココリコたちからは甲斐甲斐しくもお世話もされて、自分の至らなさをただただ恥じるしかなかった。


 そして体調が6割ぐらい回復する。


 スルはゆるりと起床する。

 朝ぼらけの草原を眺め、うーんと背筋を伸ばしてから仕事にとりかかることにした。


 冒険用アイテムの仕入れ、仲間が調合した薬のチェック、バニー村との交易をはじめるにあたって契約書の確認もろもろ。


 休んだその分、仕事が山積みになっていた。

 生きるためには働かなければいけない。

 けっきょくのところ人はなにかの奴隷なのだと、スルはシニカルに考えた。


(根本的なところで解決にはなってないしね……)


 血の祝福があるかぎり、自分たちを利用しようとする魔性が再びあらわれるだろう。

 ただもう言いなりにはならない。

 仲間たちと相談して、強くやっていこうと誓った。


「うー……身体が重い……」


 荷台から物を積み下ろししただけで、けっこう疲れてしまった。

 本調子はまだ先だなあとぼんやり考えていると、騒がしい声が聞こえてきた。


「師匠ー?」「せ、先輩……!」

「ち、ちが……! 不可抗力だ!」


 門番たちだ。

 仲間の悪魔族にエッチにからかわれたようだ。

 どこか嬉しそうな彼を見るあたり、やはり根はどすけべなのだろう。どすけべについて熱く語っていたわけだしと、ちょっぴりジト目を送る。


(……心配してきてくれるのは嬉しいんだけどね)


 門番一行は、たまたまこの近くに用事があったとかで何度も訪ねてきてくれた。

 申し訳ないやら恥ずかしいやらでスルは顔をしかめる。


「――まだ無理はしないほうがええんじゃないか?」


 そう声をかけられて、ふりかえる。

 メメナが心配そうに立っていた。


「おかげさまで五体無事だしね。働けるときに働けないとさ」

「お主はもう少し自分を労わるべきじゃぞ? ……まー、ワシがどーのこーの言えた立場ではないか」


 メメナは苦笑した。

 彼女は故郷で同族のために犠牲になろうとしていたらしい。そこのところで共感してくれたからお守りを渡して助けてくれたのだろう。


 いや疑惑のほうが大きいかと、スルはこの機会に聞いてみることにした。


「……あのさ、うちのことはいつから疑っていたの?」

「ん? 悪魔族がまだ魔性と繋がっている噂を昔、耳にしたことがあったのでな。疑惑という疑惑ならば……まあ最初からじゃぞ」

「……よくそれで旦那の装備を預けさせたね」

「本人が信用するようじゃったしな。悪い気配もしないと言っておったし。ならワシが口を挟むことはない」

「確信をもったのは?」

「バニー村あたりでじゃよ」


 メメナは呑気そうに微笑んだ。


「バニー村って……うち、わりと放置気味だったよね……」

「ワシもええ歳じゃしなー。基本は若者に任せる方針じゃ」

「……兄様兄様と慕ってるのに」

「それはそれ。慕っているのは確かじゃし、妹プレイを楽しませてもらうぞ」


 食えないよなー邪王よりもずっと食わせ者だよ。まあメメナがいるなら門番パーティーは大丈夫なのだろうなと、スルは思った。


「旦那のあの勘違いっぷりは……うちらの血の祝福と似たような術が?」

「うむ。本人の性格もあるが、かなり強力な術がほどこされおるな。おそらくじゃが、神々の手によって血に刻みこまれておる」


 だよなと、スルは眉をひそめた。


 強さもだが、彼の性質は対魔性に特化している。


 悪しき者はだいたい裏で暗躍し、強い光の前には隠れてしまう。

 そこに目立たず、噂にならず、決して英雄になることがない最強の存在は、さぞぶっ刺さるだろう。しかも悪人センサー持ち。


「旦那には直接言わないの?」

「言わんさ」

「どうして?」

「楽しいからじゃ」


 メメナこそが一番の悪しき者ではないかと、スルは疑いの眼差しを送る。

 銀髪のエルフは動揺することなく、おかしそうに笑ったままだ。


「誰にも気づかれなくてもよい、みなが楽しいと思える居場所を守る。兄様の理想でもあるようじゃしな。ならばワシは黙するだけだ。……お主はちがうのか?」


 同じ理想を抱いているのではないかと見透かされる。

 どおりで助けてくれたわけだと、スルは納得もした。


「うん……そうでありたいね」


 スルはみんなが楽しくできる居場所を眺める。

 と、門番がスルの視線に気づいてこっちにやって来た。


 メメナが「兄様は話があるようじゃな」と言って、ここから離れていく。


(……変な気遣いはやめて欲しいんだけなー。歳は教えてくれなかったけど、絶対おばあちゃんでしょ)


 スルはちょっと身だしなみを整えて、彼を待つ。

 そして彼が心配そうに顔で声をかけてきた。


「スル、もう起きあがって大丈夫なのか? まだ無理しないほうがいいんじゃ」

「……同じことを言うなあ」


 やっぱり仲間だなあ、とスルはしみじみ思った。


「? 同じこと」

「なんでもない。寝てばかりだと余計にしんどいよ。動けるなら動ないとね」


 スルはちょっと強がって笑った。


「ならいい。……それでさ、スル。俺、ちょっと思い出したことがあるんだ」

「思い出したこと?」


 門番はそう言って、なんだか難しい顔をした。

 記憶でも探っているのか、むーと唸っている。


「思い出したというか……頭の中にあった情報が急に繋がったというか……。いつもの直感のようで、なんか違ってさ……」

「旦那ー。全然わかんないんだけどー?」

「す、すまん。えーっとさ、つまり俺が言いたいのは」


 門番はコホンと咳払いして、真面目な表情で告げた。


「俺の故郷に来ないか?」

「………………え? なにそれ、うちをハーレム要員にしたいわけ?」

「ち、ちが! ちゃんとした理由で、ってハーレム要員ってなんだ⁉」

「さあねー」


 まあ真面目な理由だと思うが、頬が熱くなっている自分に気づいた。

 スルは努めてなんでもない顔を作っておいた。


「すまん。言葉足らずだった。えーっとさ、急に思い出したんだけど……俺の故郷に不思議な場所があってさ。モンスターが絶対に寄りつかない場所で、術も無効化するような場所があるんだよ。ちょっと聖地っぽい場所」


 それはまんま聖地じゃないのか。

 旦那の故郷に珍しいものがあるなーと、スルは思った。


「でさ。悪魔族は……もしかしたら、そこでなら住めるんじゃないかって」

「旦那、気持ちは嬉しいけれど……」


 血の祝福が働いているかぎり定住はできない。

 定住しようと考えるだけで気持ちが悪くなって、居ても立っても居られなくなる衝動に駆られる。


(今だってさ。今だって……今だって?)


 ない。

 気持ち悪さをまったく感じない。


 それどろこか血の祝福がだんだんと消えていくのを感じる。


(なんで??? ど、どうして???)


 わけもわからずに動転したスルに、門番は言葉をつづける。


「血の祝福をかけられたのは大昔だろう。効力が弱まっているかもしれないし……。いい加減さ、悪魔族もゆっくりと休める場所があっていいと思うんだ」


 光の者より許しを得た。

 直感で、血で、スルは悟る。


「故郷の人たちも若い子がきたら嬉しがると思う。俺の名前を出せば……ああ、でも俺のことみんな覚えているかなあ……」

「……旦那の名前って?」

「ダン=リューゲル」


 彼は「昔の勇者と同じ名前なんだよなー」と恥ずかしそうに笑った。


 勇者と同じ名前。桁違いの強さ。神々が施した術。

 まちがいなく勇者の血筋であり、彼こそが当代なのだとわかった瞬間、『ちょーーーーっぴり助けるだけですからね?』と知らない女の声を、スルは聞いた。


「ぅ……ぁ……」

「……スル?」


 無様を晒しまくったから、これ以上情けないところを晒したくないと思っていたのに、感情の波が大きすぎて耐えることができない。


 先祖からつづく祝福……呪いが、完全に解けたのだ。

 自分はみっともなく泣いているのがわかった。


「な、泣くほどイヤなら別にいいんだ! 強制しないし!」


 あいかわらず盛大な勘違いっぷりをしているダン。

 スルは当代勇者の前で膝をつく。


「悪魔族は……この御恩をけっして忘れません……。悪魔族……ううん、うちは貴方様に永遠の忠誠を誓います……」

「ええ⁉ なんで⁉」

「うぅ……」


 ボロボロ泣いてしまったスルに、ダンが同じように膝をつく。

 そして困ったように笑いながら言う。


「よ、よくわからないけどさ! 永遠の忠誠なんていらないって!」

「受けた恩があまりにも大きすぎて……」

「本当に住めるかわからないんだし、試すだけ試してからさ? うまくいっても忠誠だとかはいらないよ」

「ですが……」

「俺たち、一緒に旅をした仲間じゃないか」


 ダンは対等対等と笑いながら手を差しのべてくる。

 スルが涙をこすりながら手をためらいがちに握りかえすと、彼は優しく立ちあがらせてくれた。


「……うちが仲間」

「だからさ。スルが落ち着いたら……またいつか、一緒に旅をしよう」

「また、いつか」

「ああ、またいつか」


 歳を重ねるごとに軽くなる『またいつか』。

 ずっと縛られていた彼女にとって、ずいぶんと気が楽で、心地の良い言葉だと感じた。



「うん、またいつか。絶対だよ、旦那」



 スルは心からの笑みで絶対をとりつける。

 必ず果たしたい約束だと伝わったのか、ダンも気持ちよく笑い返してくれた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ここまでお読みいただきありがとうございます!

おそるべき(おそるべき?)三邪王復活編はこれにて完結となります。


久々の更新再開でしたが、お付き合いいただきありがとうございます!

更新は一度ここで終わらせていただき、次章の再開はまだなんとも決めかねていますが、なるべく早めに再開できたらなとは考えております。

今はネタ集めとアイディア探し。


あと宣伝です。

「ただの門番、実は最強だと気づかない①」がサーガフォレスト様より書籍が発売しています。

続刊もめでたく決定いたしました。

これも読者さまの応援あってのことです。

門番とその仲間たちの冒険をゆるーく楽しんでいただければ幸いです。

それでは、また、いつか!

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