第34話 ただの門番、すごく勘違いする

 どすけべ神殿の通路をひた走る。

 俺は魔術探石マーカーの光に導かれるまま、スルのもとへ駆けていた。


 廊下の両端には妙ちくりんな像が並んでいる。うっすらと霧っぽいものがでていた。


 ゴテゴテした内装だ。ニッチな客層に向けてなのか?

 さっきからいかがわしい霧っぽいのも出ているし……雰囲気はあるな。


 邪王が特殊性癖の持ち主なら、やはり末裔も特殊性癖の持ち主なんだ。


 と、建物がズズーンとゆれた。


「……振動? サクラノたちが見つかったのか?」


 邪王の……どすけべの末裔との戦闘に入ったみたいだ。

 伝承に語り継がれる邪王はローブですっぽりを身体を隠して、同行の士を集めては夜な夜な猥談で語り合う。そうアヤシ婆は言っていたが……。


 だが、どすけべの魔性であっても油断はできない。

 魔性であるならばそれなりに戦えるはず。とはいっても末裔だからか、強い気配は感じないが。魔王分身体より弱いと思う。


 仲間が陽動している内に、早くスルを助けなければ。


「スル! 俺の声が聞こえるか⁉ 返事をしてくれ!」


 どすけべ神殿の闇に、俺の声が吸いこまれていく。

 まるで暗黒神殿のようだ。


 っ……気が焦るあまり、どすけべ神殿を暗黒神殿だと勘違いするなんて……。

 落ち着け、俺! ここは暗黒神殿なんじゃない!

 どすけべの末裔が同好の士のために作った、どすけべ神殿だ!


「スル! 頼む、無事でいてくれ……!」


 魔術探石マーカーの光がさらに増す。

 すぐ近くで、妖しげな彫像の瞳がビカビカと光っている。隣には頑丈な扉があった。


 使用中ってことか⁉

 俺が乱暴に扉をあけようとすると、彫像の瞳から光線が放たれる。セキュリティ万全なようだが、扉とついでに彫像を破壊しておいた。


「スル!」


 冷たい牢獄のようなプレイ部屋。

 スルは壁際にいて、手首を鎖でつながれていた。気絶しているのか横に倒れている。


 そして、見えそうで見えないぐらい服が破けていた。


 世間には捕まえた姫騎士プレイが好きな者がいると聞く。痛めつけて且つ、相手の尊厳をギリギリ保つような服の破けっぷり、その道のプロの仕業だ!


「スル……! すぐ助ける!」


 俺は手首の鎖を破壊して、腰カバンから回復薬をとりだす。

 回復薬では傷は治らないが体力を取りもどせる。彼女の頭を支えながら瓶のふたをあけ、ゆっくりと口に注ぎこむ。


「ん……」


 意識はかすかにあるのかコクコクと呑んでいた。

 瓶の半分ほど飲み干すと、スルが目をあける。


「だ、旦那……? ど、どうしてここに……?」


 目の焦点はまだ合っていないが、言葉はしっかりしている。

 どうにか間に合ったようで安堵する。


「俺だけじゃない……仲間もいるよ。エルフのお守りに魔術探石マーカーが入っていたんだ。それを辿ってここまできたんだ」

「お守りに……? そっか、そうだよね……許せないよね……」


 スルは自虐的に笑う。

 彼女に回復薬を手渡しながら俺は言った。


「誰もスルを罰したいなんて思ってないよ。ココリコたちはさ……君がよこしまな者と繋がっているとわかっても、俺たちに助けて欲しいとお願いしたんだよ」

「ココリコたちが……?」


 スルは信じられなさそうな顔をした。


「信じてあげなよ、君が守りたかった人たちのことをさ」

「うん……」


 スルの瞳はうるんでいたが彼女なりの矜持か、泣きだすことはなかった。


「ひどい折檻をうけたみたいだね」

「奴らには……もう従わないって言っちゃったからね……。でも、うちに利用価値があるとわかっているから……殺さず『再教育』だって……」


 再教育という言葉に、激しい怒りが湧きあがる。

 自分たちのどすけべを満たしたいだけのくせに、なーにが再教育だ。なんてよこしまな存在なんだ。


「こ、ここには旦那たちだけで……?」

「ああ、サクラノたちだけだ」

「だ、だったら早く行ってあげて……あ、危ないよ……」

「みんな覚悟しているよ」


 どんなどすけべ部屋が待ち受けていたのだとしても、彼女たちはビックリしないと覚悟が決まっている。


「油断はダメだよ……いくら旦那たちが強くても奴らのおそろしさは……」

「俺たちの強さなんて関係ない。そうじゃないのか?」

「うん……。うん……???」


 スルは何度もぱちぱちとまばたきした。

 まだ意識がハッキリしていないのかな。


「う、うちのせいでみんなが傷ついたらイヤだよ……。うちは裏切り者なんだよ……」

「血の祝福でうまく利用されていたんだろう?」

「でも……騙して近づいて……」

「わかっている、どすけべ神殿で働く人を探していた。そうだよな」

「………………旦那?」

「どすけべな店員になりえるか……探っていのだろう? サクラノもハミィもメメナもすごい美少女だ。ただちょっーーーと個性が暴れすぎるところがあるから慎重になっていた。……全部わかっているよ」

「だ、旦那……?」


 そうでなければ、ただの門番である俺に接近しようとはしないはず。

 邪王の末裔の狙いは、あくまでサクラノたちだ。


 ぜったいに俺なんかじゃない。


「悪魔族も魅力的な子ばかりだ……。スルを支配下に置きたがるのも、ここにわざわざ人避けの術を使っているのも、すべては秘密のどすけべ店を開店するため。同志を集めて、ゆくゆくはどすけべ帝国を作る気なのかもしれないな」

「旦那……うち、ツッコミをいれる気力が……」


 スルは体が痛むのか精魂尽き果てたかのような表情だ。

 話の細部はちょこっと間違えているのかもしれない。ある程度は俺の推察だし。


 でも、筋は大きく間違っていないはずだ!


「逆さバニーを見るために貴族が隠れて祭りに来ていたらしいし、どすけべの輪で有力貴族と繋がるつもりなのだろう」

「旦那……旦那……」

「そうして世界をどすけべに染めあげようとした……。本当におそるべき魔性だ」

「根本的なところは間違えていなのかもしれなけどぅ……」


 スルはもう好きにしてといった表情でぐったりした。

 傷ついているのに無理をさせすぎた。俺は彼女を寝かしつける。そして残りの回復薬と救急セットを置いてから、勢いよく立ちあがる。


「スルはここで休んでいてくれ! 終わらせてくる!」

「だ、旦那……油断しちゃダメだよ……。殺されるよ……」

「どすけべが拒否されると殺しにかかるのか⁉」


 な、なんて奴だ……!

 どすけべの風上にも置けない!


「三邪王は弱くはないよ……それぞれで強力な個性を……」

「邪王の末裔が三体もいるのか??? なるほど……! 三つの性癖が集まれば確かに油断はできない……!」


 スルは沈黙した。

 もうしゃべるのも疲れたみたいな感じで目をつむっている。

 今は休ませよう。俺は……俺のやるべきことやるだけだ!


「行ってくる! 君を……どすけべの執念から断つために……!」


 俺が駆けだすとどこからともなく『あんぽんたーん! ああでもでも、今回は私が余計な情報を与えたばかりに……! 私もうしーらない! いっけー勘違い勇者ー!』と女神キルリの声が聞こえた。


 怒りのあまり幻聴が聞こえたのだろう。

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