第33話 ただの門番、勘違いする
夜の草原で、俺はパチリと目覚める。
ぐるりと見渡すと、メメナとハミィが焚火近くで毛布に包まって寝ていた。
冒険者用の野営地だ。利用者も俺たち以外にいなくて静かなものだ。温泉宿じゃない。
「うーん……?」
女神キルリが俺を温泉宿に呼びだしたはずなんだが……記憶がおぼろげだ。なんだか夢を見ていたような。
ただ、断片的な情報が頭にある。
悪魔族。邪王。血の祝福。許し。子作り禁止。どすけべ。
ん……? 余計な情報が混ざっているような……?
「がるる……っ」
獣のうなり声じゃない。番犬でもない。サクラノだ。
焚き火番のサクラノがカタナに手を伸ばして、闇に向かって唸っていた。
「なに奴だ! 出てこいっ!」
サクラノの怒声にメメナがすぐに起きて、寝ぼけまなこのハミィを支えながら同じように闇を注視する。
俺もロングソードに手を伸ばしていたのだが。
「――待ってくださいまし……! 永遠の儚き朕でございますわ……!」
儚さがこれぽっちも感じられない声。ココリコだ。
ココリコは闇の中からひゅるりとあらわれて、つづくように双子姉妹アリスとクリスもあらわれた。
「ココリコ……それに、アリスとクリス???」
真夜中の訪問者に、俺たちは驚いた。
彼女たちはみんな心配そうな表情でいて、アリスが頭を下げてくる。
「す、すみません。種族混合パーティーがこの近くで野営していると聞いて……。もしかしてと思いまして……」
「……なにかあったんだね?」
俺がそう言うと、クリスが答えた。
「ええ、彼女たちの話を聞いて欲しいの」
悪魔族が数人、身を寄せ合うようにしてあらわれた。
スルのキャラバンにいた子たちだ。俺も何度か話したことがある。エッチにからかってくるので、よくサクラノの冷たい視線を背中で浴びていた。
青角の子が今にも泣きそうな顔で話してくる。
「リ、リーダーがいなくなったの! アタイ宛てに『次の族長は君に任せるよ』なんて書き置きを残して、どこかに消えちゃったの……! みんな心配で……!」
「スルが⁉」
族長を任せるなんて、ただ事じゃないぞ。あの思いつめたような表情、きっとよからぬことがあったんだ……。
俺も不安になったが、ひとまず彼女たちをなだめるよう落ち着いた声でたずねた。
「どこに行ったか心当たりはないか?」
「お、お思いつく場所は探したんだけど……」
青角の子は目を少しそらす。口にしてよいのか迷う素振りでいた。
俺が不審に思っていると、メメナが淡々と告げる。
「おおまかなら場所はわかるぞ」
「……メメナ、わかるのか?」
「スルに渡したエルフのお守り。あの中に
大迷宮攻略時によく使われる代物で、先行した冒険者が置くことで後続が探知術で攻略しやすくなる。
「どうしてそんなものをわざわざ……」
「隠しごとがあるようじゃったしなー。……どーにも、よからぬ者と繋がっているようじゃったし?」
メメナはちらりと青角の子に視線をやる。
青角の子は唇を固くむすんでいたのだが、恐る恐る口をひらいた。
「リーダーがよからぬ者と繋がっていることは……アタイたちも知っていた。隠したがっていたから……なにも聞かなかったけれど……」
青角の子はひどく後悔したような表情だ。
もしかて、よからぬ者がなにか見当がついているんじゃ。
「スルがどこに行ったのか……本当は心当たりがあるんだね」
「……う、うん。邪王のもとに向かったんだと思う」
「邪王⁉」
予期せぬ名前に動揺がはしる。
滅んだはずの邪王が復活したってのか、まさか真魔王の影響なのか?
「本当に、
「わ、わからない……。リーダーの血筋にしか伝わっていない話があるみたいで……。邪王の子孫となにか約束をしていたのかも……」
邪王の子孫かもしれないわけか……。暗躍しているようだが。
悪魔族の子たちは、もう『リーダーを探してくれ』と頼んでこなかった。悪い繋がりが断てていないのならば、都合のよい頼みごとだと思ったのかもしれない。
だからか、ココリコが頼んできた。
「朕からのお願いじゃあダメですか?」
邪王の名前に臆することなく、ココリコは相変わらず能天気だ。
「スルさんにも悪魔族のみなさんにもお世話になっておりますし……」
アリスがババッと手をあげる。
「は、はい! わ、私からもお願いします! スルさんにはすごくすごく助けてもらっていますし! ね、お姉ちゃん?」
「……そーね。スルのことだし、深い事情があったのでしょう」
クリスは俺たちに向かって、お願いしますと頭を下げてきた。
深い事情……おそらく、血の祝福のせいかもしれない。
彼女を縛りつづける誓約を利用している者がいるんだ。
……俺たちと仲良くなったのは、ただの偶然じゃなかったのかもしれない。悪しき者と俺たちの狭間でゆらいでいたのだろうか。
スルの置かれていた状況だが、おおよそ察することができた。
俺のやることは決まっている。そうしたいと俺も願うからだ。
それに彼女が信頼されて、救われた者がいたかは、悪魔族やココリコたちを見れば十二分以上にわかる。
俺はメメナにお伺いをたてようとしたが、すでに少女は微笑んでいた。
「ワシも似た者同士だと思っておったしな」
最低限、確認するところは確認したかっただけらしい。
ハミィはだが、眠気がふっとんだようで戦意をたぎらせていた。
「クリスちゃんたちにお願いされちゃったしね……! ハミィ、がんばるわ……!」
そうしてサクラノ。
俺の旅にずっと付き合ってくれる倭族の子は、変わらない笑顔を向けてくれる。
「師匠のお側がわたしの居場所です!」
居場所を守りたい気持ちはよくわかると言いたげな笑みでもあった。
俺たちは、
夜は明けて、すでに昼なのだが周囲は暗い。
頭上を暗雲がおおっていた。
妙な気配を感じる雲だ。魔術めいた雲かもしれない。
そして、暗黒にまぎれるように神殿が存在した。
増改築をくりかえしたような歪なデザインだ。神聖な建物ではないとわかる。いかにも秘密なチョメチョメ場所って感じだな。
うーん……神殿っぽくないのは、そういうコンセプトなのか?
俺が難しい顔をしていると、メメナがたずねてきた。
「兄様、なにか感じるか?」
「よこしまな気配を三つ感じる。……正確な位置はわからない。ここらの空気が全体的によどんでいるからだと思う」
「ふむ。では予定通り、兄様がスルをまっさきに救出して、そのあいだワシらが時間稼ぎをしておくのがよさうじゃな」
スルが失踪して時間が経っている。
一番速度のある俺が大急ぎで救出したほうがよさそうだ。
ここで迷っている暇はないのだが、俺は彼女たちに謝る。
「……ごめん、みんな。本当ならこんな場所に連れてくるべきではなかった」
「先輩……急にどうしたの?」
「……ここにいるのは邪王の末裔で間違いないと思う。魔王分身体とまでは言わないけれど、それに近しいよこしまなものを感じたんだ」
彼女たちに緊張がはしる。
あの邪王の末裔と聞いて、なにも感じないわけがない。
「師匠! だからなんですか!」
しかしサクラノは表情をより溌剌と、メメナもハミィも力強い眼差しを返してくる。
わかっている。彼女たちがそれでも着いてきてくれることは。だからこそ、よこしまな場所に近づけさせたくはなかったが……。
俺は迷いをはらうように、まっすぐな眼差しで応える。
いざとなれば責任はとるつもりだ!
「行こう! 邪王の末裔からスルを救うんだ!」
断片的な情報が、この神殿がなにかを俺にビビビーンと直感で告げてくる。
悪魔族。あの邪王。血の祝福。許し。特殊性癖。子作り禁止。どすけべ。見た目がエッチな悪魔族。失踪したスル。
すべてはとある真実を告げている。
そう、ここは――秘密のどすけべ神殿だ‼
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