第32話 ただの門番、女神とまた出会う

 俺は妙な寝苦しを覚えて、ぱちりと目が覚める。

 知らない天井。知らない倭族っぽい部屋。畳のうえで寝転がっていたようで、草原で野宿していたはずなのにと頭がこんがった。


 そんな俺の耳に、能天気な声がつんざく。


「どーも! おばんでーす! 夜分遅く失礼しまーす!」


 金髪美少女がこれっぽっちも静かにする気のない様子で正座していた。

 着物姿で糸目で、ものすごーくうさんくさい子に俺は見覚えがあった。


「め、女神様⁉⁉⁉」


 女神キルリ。戦士を癒す女神様で、あの世に近い場所で温泉宿を経営している。俺たちも以前にお世話になった人だが。


 なんで? 本物???


「そう! 私は傷ついた戦士を癒し、迷える魂をみちびく至高の存在……。あの女神キルリ様でーす! びっくりしちゃったかなー? たはーっ!」


 女神キルリは盛大にドヤりながら胸を張った。


 ああ……。このうるさい感じ……本物だ……。

 一応女神様の前なので俺は上半身を起こして、居住まいを正す。


「あの……ここ温泉宿ヴァールデンですよね……?」

「はいな!」

「俺、草原で寝ていたはずなんですが……。仲間たちは……?」

「魂だけを無理やりお連れしました! 今の貴方は夢を見ているようなものですねー!」


 魂だけて。わりと怖いことをニコニコ言われても困るんだけど。

 温泉宿に来たはずなのに、ドッと疲れを感じる。


「ちなみに! 魂だけでのご入浴は気持ちよすぎて浄化しかねないので、今回は申し訳ありませんが温泉は入れません!」

「いや別に温泉は……」

「お願いごとがあるのに、ねぎらいなしは女神の沽券にかかわりそーですし!」

「……お願いごと?」

「というか連絡ごとですね、はい!」


 話の要領をつかめず俺が眉をひそめると、女神キルリは笑顔のまま言った。


「悪魔族スル=スメラギが危機に瀕しています」

「え⁉」

「魔性の手に堕ちてしまい……彼女の命は風前のともしびです」

「た、大変じゃないですか!」


 思いつめた表情をする子だったが、なにか関係あるのか。

 俺は女神キルリの言葉を待っていたのだが、彼女はちょっと困った笑みのまま話そうとしてくれない。


「……女神様、お願いごとってそれですよね?」

「はい」

「詳しく教えてくれないんですか?」


 俺が急かすように言っても、女神キルリは答えてくれない。

 だったらなぜ呼んだのかたずねようとしたが、やっとこさ口をひらいてくれた。


「私たちは現世に強く干渉できません。なので、こーやって戦士を癒したりして、裏方のサポート役に徹しています」

「それは……前に聞きました」

「ですが、悪魔族は例外です」


 女神キルリは笑顔のままだ。

 だが、悪魔族への強い怒りと嫌悪を感じた。


「彼女は戦士じゃないと言いたいんですか?」

「大戦時、悪魔族は魔性側につきました。ご存じですよね?」

「……知っています」


 女神キルリの笑顔の裏から悲しみが伝わってくる。


「……ひどい裏切りだったんです。悪魔族のせいで苦しむ必要のない人が苦しむことになりまりした。本当にひどいひどい裏切りで……まあ、勇者ダンはきっと許すのでしょうが。私はまだ許しておりません」


 女神キルリの笑顔が怖いくらいに固まっている。

 まるで当事者だったかのように、たぎる怒りを抑えているようだった。


 女神様として見過ごすことができない裏切りだったのは察する。でも子孫がずっと罰せられなければいけないのかと、みんなの楽しい守ろうとするスルの笑顔を思い出した。


 俺はまっすぐに女神キルリを見る。


「スルは、仲間想いの子です」

「でしょうね。そんな性格を利用されて、邪王の駒になったようですし」

「……邪王の駒?」

「裏切っていましたよ? あの子、貴方たちをずっと騙していました」


 女神キルリはひどい子だよねー、とニンマリ笑う。

 俺は動揺したが、彼女がどうして思いつめた表情を見せていたのか、別に直感が働かなくてもわかった。


「……納得できました」

「でしょー? 怪しそうな子でしたものねー?」

「やっぱり仲間想いだってことがわかっただけです」

「そーですか」


 ずっと笑顔のままの女神キルリに俺は告げる。


「スルはみんなの楽しいを大事にする子です。信頼できる子なのは変わりません」

「……裏切っていたことを怒らないんですね」


 女神キルリは「わかってましたけどー。……はあ、当代もお人好しだわー!」と仕方なそうに微笑んだ。


 キョトンとした俺に、女神キルリがぶっちゃける。


「まー。私、彼女の居場所とかわからないんですが!」

「はっ⁉⁉⁉」

「なんか危機があったなーと感じたぐらいです」


 雑……っ! あいかわらず雑い……!


 俺そっちのほうが怒りたいんだけど目で訴えたが、ニコニコ笑顔で返された。


「あははー。ここに呼んだ時点でちょっーっとだけ助けることにしていますよ」

「ちょーっとだけですか?」

「はい。ぶっちゃけ彼女の危機に関しては、私はなにも心配していません。私が助けるのはその先でのお話しです」


 その先ってのはなんだろう。

 俺がスルをまず助ける前提みたいだけど……。


「スル=スメラギの……悪魔族の『血の祝福』は光の者と魔性……そして狭間にいる者が恒久的な平和を願って施したものでした」

「……えーっと?」

「悪魔族は本来、他種族の橋渡しになる調停役だったんです」


 ……そして肝心のところで裏切った、と。

 女神キルリは静かに微笑んだままだ。


「スル=スメラギの呪縛は、


 話がちょっと抽象的でよくわからない。

 それ以上教えてくれる気がなさそうだが。


「女神様、もっと具体的にお願いします」

「あははー、今回の呼び出しも神々的に際どいラインでしてー! 夢として伝えなければ無理めでした。おそらくですが、目が覚めたら断片的にしか覚えていませんよ」


 神々でも派閥やらなんやらがあるのだろうか。

 悪魔族への救済は総意ではないっぽいのは確かみたいだが……。


「断片的、ですか……」

「心配せずとも、貴方はきっと手を差しのべますよ」


 女神キルリは俺を信じているようだ。

 ……彼女も本音のところはスルを助けるべき派なのかもしれない。


「まー、先祖のやらかしを子孫にまで押しつけるのはよくありませんもの」


 女神キルリは心苦しそうに俺を見つめてくる。

 しばらく贖罪でもしたそうな表情でいたのだが、感情を押し殺すように小さく息を吐いたあと、女神らしく微笑んだ。


「それに私も、みんなが楽しくいられる世界が一番だと思いますから」

「……はい」

「じゃ! そろそろ起こしますので! バシューッとがんばってくださいね!」


 適当みあふれる台詞だ。用件が終わったので現世に突きかえすらしい。

 女神キルリが俺に両手をかざしきた。


「……慌ただしいなあ」

「今度、温泉宿にきたときはちゃーんと労いますので! あ! でも! 温泉内での子作りは厳禁ですからね! いかに英雄色を好むといっても節度ある……! ダンもそーだったんですよねー! 人畜無害みたいな顔でどすけべで! 本人は『不可抗力だー!』とか言っていたんですが、ぜーったい――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る