Sideスル:笑ってしまったので

 バニー村に来てから、スルはずっと笑いそうになるのを耐えていた。


 邪鬼ヴァニーがあっさりと倒されたこと。邪鬼ヴァニーの伝承がねじ曲がって伝わっていたこと。邪王がどすけべ集団にされていたこと。邪鬼ヴァニーやら邪王グッズやら面白おかしく販売されていたこと。


 すべてスルにとって痛快すぎる出来事だった。


(ダメ……絶対に笑っちゃダメ……)


 今もほぞを噛み、バニー本祭りを見守っている。


 そのバニー本祭りは佳境にはいっていた。

 村の集合広場では、何百人もの見物客が集まっている。


 今から獣追いの儀式がはじまるのだ。

 選ばれたバニーガールがヴァニー様にふんした者と、放たれる野生の獣を狩るのだ。

獣は邪王代わり。二人は邪王(野生の獣)を倒すことで、安全祈願・子孫繁栄・学業成就もろもろ、人間に都合のいいものフルセットな願いが叶うらしい。


 村の注目を浴びているのは、メメナと門番だ。

 可愛らしいバニーガールのかたわらには、少女の策略にはまった彼が目を点にしながら立っている。


(あのときの旦那の顔といったらさー)


 誤解だと必死で叫びつづける門番の顔はおかしかった。

 メメナは前夜祭ですでに注目を浴びていたが、彼に関しては「誰あれ?」「あんな人いた?」「モブっぽいなー」と見物客が首をかしげている。


 警備員としてここ数日がんばっていたのに、誰も覚えていなかった。


(……さすがに不自然すぎるよね)


 あそこまで覚えられないなんて普通はありえない。

 自分だって、最初は強く意識しなければ忘れかけるほどだ。彼と人となりを知っていき、関係性が増すにつれて覚えられるようになったが。


(うん、やっぱりただものじゃない)


 桁違いの戦闘力。理外の存在だ。


 きっとだが、神獣カムンクルスも彼の手によって滅びた。

 英雄と評されてもおかしくない人物……なのだけど英雄と覚えてもらえることもなく、本人も強さに自覚がない。


 ただの門番であるはずがない。


(魔性を滅ぼす存在だ……)


 邪王たちに正しい報告をしなければいけない。

 彼は貴方たちを滅ぼす存在ですよ、と。


 だけどスルは、門番たちの気のぬけたようなハチャメチャっぷりが好きになりつつあった。


(笑っちゃダメ……笑っちゃダメ……)


 笑ってしまえば絶対に好きになる。

 自分にとって楽しい人たちだと大事にしたくなってしまう。半端な裏切り者が都合のいいことを考えているなと自分を戒めた。


 だからスルは笑うのをこらえていたのだが。

 歓声が大きくなる。野生の獣が追い立てられてやってきたのだ。


「邪王様がやってくるぞー!」

「御二人方! 武器をかまえてくだされ!」

「…………なんだか大きくないか?」


 どうにも様子がおかしい。見物客も異様な気配を感じたのか、歓声に緊張がはらみはじめている。

 そうして異変はやってきた。


 闇の奥から影をまとったモンスターが駆けてきたのだ。


「うごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 叫び声だけで気絶してしまいそうな迫力だ。

 洞穴内にあらわれた同じモンスター……邪鬼ヴァニーだ。


(な、なんで⁉ 旦那が倒したはずじゃ!)


 そのとき、スルは邪王ウオウの言葉を思い出す。


『邪鬼ヴァニーの右にでる奴は……いいや、もう一匹いるか』


 なんてことはない。もう一匹いたのだ。

 邪鬼ヴァニーは最初から二匹いた。


 歴史の闇に葬り去られた存在が、数百年の時をえて牙を剥こうとしている。スルは逃げて叫ぼうとしたのだが。


「せいいいいいいっ」


 門番がロングソードを抜いて、あっさりと倒した。

 もう一匹の邪鬼ヴァニーは地面に転がりながら滑っていき、黒い煙を吐きだしてゆっくりと消滅していった。


 見物客は反応に困っていた。

 なんだか強そうなモンスターがあらわれて、あっけなく倒されたからだ。


 門番もみんなの反応に右往左往している。


「え? 俺、だんどり間違えた?」

「兄様、今のは洞穴にいたモンスターのようじゃが……」

「ホント? 他にもいたのか? ……もしかして、祭りにつかうモンスターを勝手に倒していたのかな」

「とりあえず笑顔で手をふってみたらどうじゃ?」


 メメナに催促されて、門番は不器用な笑顔で手をふってきた。


「邪王を倒しましたー!」


 彼のなんでもなさそうな態度に、見物客は安心したように息を吐く。

 そして今の珍事について憶測を語っていた。


「トラブルだったのか? 強そうなモンスターだったがのう」

「にしては、あっさりと倒したようだが」

「よくわからんが、無事に倒せたのならばそれでええではないか」

「ヴァニー様もお喜びになるだろう」

「悪しきモノを、バニーガールと旅の者が倒す。ヴァニー様の好きそうな話だな」


 と、呑気に雑談していた。


(いやいや! 悪しきモノって、アンタらが祀っているヴァニー様だよ⁉)


 と、言えるはずもない。

 彼らにとってヴァニー様は邪王に反旗をひるがえしたモンスターで、人間が大好きな特殊性癖の持ち主なのだ。


 なんだそれなんだそれと、スルの口元がゆがむ。


(ダメ……ダメだ……)


 彼は相変わらず笑顔で手をふっている。自分のしでかしたことのスゴさにまったく気づいていなくて、ずーっと平和そうな顔でいた。


「はい! はい! 俺、邪王を倒しましたー!」


 見物役の拍手に懸命に応えている彼に、スルはとうとう限界を超えてしまう。

 いつもこんな風にして、みんなを助けていたのだとわかってしまったからだ。

 なんというトンチキっぷり、脱力もいいところだよ、とスルの笑いのツボに鬼刺さりしてしまったのだ。


「あはっ――」


 スルの声が夜の闇をはらうように響く。

 十数年の鬱屈をすべて取っぱらかのような明るい声。


 おかしくて、おかしくて、大笑いしてしまった。

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