第30話 ただの門番、扉をあける

 俺は大急ぎで深夜の森を駆ける。

 真っ暗い森には、松明をもった村人がいた。儀式の警護をしているのか隙間がないな。真面目に仕事している彼らの邪魔はしたくないのだが……。


 子供メメナに逆さバニーはマズイ。

 時代の流れとか、世間の目とかいろいろあるが、結論としてマズすぎるのだ!


 俺は数メートル跳躍して、木の枝をつかむ。

 くるりと回転して次の木へ、次の枝へと飛び跳ねていき、警備の目をかいくぐりながらバニーやしろまで辿りついた。

 周囲には人がいない。祈りに専念させたいのだろう。


 木造りの簡易なお社だ。うすい扉向こうで人の気配がしたので、俺は周りに気取られないように素早く扉まで向かった。


「メメナ」

「……兄様?」


 扉向こうでメメナの声がした。

 立ちあがった音が聞こえて、床をふむ音が近づいてくる。


「兄様。今しがた新しいバニースーツに着替え終わったところじゃよ」

「着たのか? 着てしまったのか⁉」

「うむ、ワシも長(おさ)として村を想う気持ちはわかる。一肌脱ぐのもやぶさかではないからのー」

「待て待ってくれ! そこまでする必要はないんだ!」


 一肌どころかほぼ全裸だ。

 メメナのあられもない姿を衆目に晒すわけにはいかない。もし少女が村の調査のためにと考えているのならば誤解を解かなければ。


「メメナ、バニー村に闇なんてなかったんだ。いや、ある意味では人間の闇だけど……」

「ふむ?」

「メメナが今着ている『逆さバニー』こそが、バニー村が隠したかった真実なんだ。昔バニー祭りが過激になりすぎて国から怒られた。ただそれだけの話なんだ。だから調査はこれで終わり。もう着替えて大丈夫だよ」

「…………兄様は優しいのう」


 どう優しいのかわからず、言葉に詰まる。

 そんな俺の心情を扉越しでも察したのか、メメナが告げてきた。


「ワシはな、兄様にもっと見てもらいたいのじゃ」

「見ているよ。俺はいつもメメナを頼りにしている。君がいるから俺たちのパーティーは仲間らしくいられている。感謝しているよ」

「一人の女性として、じゃよ」


 メメナにはまだ早い。

 そう言うには少女の声色は情感がこもっていた。


 俺は大人としての責務を果たそうと言葉を選んでいく。


「メメナはまだまだ成長中なんだ。無理な背伸びする必要はまったくないんだよ」

「成長中……それならば、どれだけ良かったか」

「メメナ?」

「兄様、ワシはな。魔素を使いすぎてこれ以上成長しない可能性があるんじゃ」


 メメナの声は真剣そのもので、俺は黙りこむ。

 エルフ族は魔素を糧として生きる種族だ。モンスターに近い存在らしく、適者生存で姿を変えることもある。ビビット族の現族長であるモルル=ビビットも、男から金髪美女に変貌したぐらいだ。


 少女がただ調査のために着たのではないと、痛く気づかされた。


「ワシが兄様の好みではないとわかっておるよ」

「そんなことはない。メメナは魅力的な女の子だよ」

「兄様の性的好みではないとよくわかっておるよ」


 言いなおされた……。生半可な気持ちは届かない……当たり前か。

 少女は心をひらき、切なる想いを伝えてきているのだから。


「どんな形であれ、兄様がワシを見てくれるのならそれに勝る幸せはないのじゃ」

「だからって……」


 逆さバニーを着ることはないと、言葉をつづけることができなかった。

 メメナも生半可な覚悟で、バニー本祭りのバニーガールとして選ばれたわけじゃない。半端な答えではきっと納得してもらえないぞ。


 しかし、どうすればメメナに応えることができる?


 性癖は人それぞれだ。そして簡単に理解しあえるものじゃないし、わからないものはわからない。それが性癖だ。


 尊敬する兵士長だって『子供に甘えたい性癖』を持っている。

 だからか熟女好きの俺とは真に理解しあえることはできなかった。


 ……いや子供に甘えたい性癖がわからないと言った俺に、兵士長はなんと言った?

 たしか『性癖には正直であれ、さすれば新たに道がひらかれるだろう』だ。


 俺の性癖か。どうして熟女が好きなのか、どうして年上の女性が好きなのか……考えろ考えろ考えろ、考えるんだ……!


 そこで俺の直感がピピーンと働いた。

 いいや! 新しい扉を見つけたのだ!


「メメナ、俺の正直な気持ちを聞いて欲しい」

「……」

「俺は熟女好きだ。年上の女性が大好きだ。そして、爆乳が大好きでもある」

「……ワシとはかけ離れておるのう」

「けどさ。おっぱいの大きさに関係なく、熟女が好きなんだ。容姿も含めてもあるけれど……俺はさ、精神的に成熟した女性が好きなんだ」


 照れはある。こんなことをさらけ出していいのかと葛藤も。

 だが、そんなもの!

 メメナと向きあうためにも投げ捨ててしまえ!


「それは……ワシのような子でもか?」

「メメナは落ち着いた子だからさ。側にいると安心するんだ」

「ふふっ、お婆ちゃんと言われているみたいじゃのう」


 お婆ちゃんみたいだと言われて喜ぶ子供はいないか。

 だけど、俺は正直に自分を語っていく。


「メメナ、バニースーツはいいものだな。その人の魅力をいろんな角度から引きだす魅惑蠱惑のバニースーツだ。こんなに素敵な服はそうないよ」

「ワシもそう思うがゆえ、バニー村をおとずれたかったのじゃ」

「でもさ、逆さバニーはやっぱり違うよ。バニーであってバニーじゃあらず。逆さバニーは尊厳破壊に近しいものを感じる。逆さバニーを着ることで、その人の本質が変わってしまう。そんな危険なスーツだと思うんだ」


 逆さバニーが好きな人の気持ちもわかる。需要があることも察せる。


 とってもえっちな衣装だし、とてもえっちなものは俺だって好きだ。

 でも今は俺の性癖の話なんだと覚悟を決める。


「メメナのバニースーツはとても魅力的だった。それはきっと、メメナの可愛さが存分に引き出たからだと思う。俺はさ、いつも余裕があって悪戯好きのメメナだからこそ、魅力を感じたんだよ」

「……つまり、バニーなワシをガン見しちゃうこともある、と?」

「時と場合によっては‼」

「ワシで……バキバキになるかもしれない、と?」


 剛速球が投げられた。

 だが俺は顔面で受けとめて、出血多量になろうとも倒れるつもりはなかった。


「時と場合によっては‼‼‼」


 すべてをかなぐり捨てて、俺は叫んだ。


「……っ」

「だから今は焦ることなくさ――」

「兄様ぁ!」


 バンッ、と扉があけられる。

 喜色満面の笑みのメメナが俺の胸に飛びこんできた。


「兄様! そこまでワシのことを!」

「ちょ⁉ メメナ⁉ 着替えって……あれ?」


 メメナは俺の胸でにんまりと笑っている。

 逆さバニーなんて着ていない。上等そうなバニースーツを着ているだけだ。


 すぐに俺はピピーンと察する。


「謀ったな⁉⁉⁉」

「うむうむ。いーっぱい怒ってくれてもかまわんぞ。兄様の怒った顔も素敵じゃ♪」

「どこから⁉⁉⁉」

「いつから謀っていたのか? 別に狙ったことじゃないぞ。逆さバニーの存在は知っておったしな。うまーくことが運べばええかなーと考えておっただけで」

「村長さんは⁉⁉⁉」

「元族長として村長と話したのじゃよ、『逆さバニーじゃなく、村の者が丹精こめて作ったバニースーツを信じてやっておくれ』。そう言ってあげただけじゃ」


 事実可愛いじゃろうと、メメナはバニースーツ姿を見せつけてくる。

 可愛いけど! 可愛いけども‼‼‼


「隙ありじゃー♪」


 メメナは俺を押し倒して、社の床にひっぱりこむ。

 バニースーツ姿ですりすりと密着してくるメメナは、子供らしからぬ淫蕩さを感じるものだったが、さすがにこのときばかりはつれなくしていいと思った。


 俺はつーんと、そっぽを向く。

 しかし頬を染めたメメナが唇を近づけてくる。


「待て待て待て⁉」

「ワシも兄様といちゃいちゃしたいんじゃー」

「こんなところ誰かに見られた、俺の人生が終わってしまう!」

「社にはだーれも近づかんよ。そう命じられておる」


 蜘蛛の巣に飛びこんできたのは誰だったかなー、とメメナの瞳が訴えてくる。

 史上最大のピンチを迎えた俺だが、案外助け舟は近くにいた。


「――えっと、な、なんだか悪いねー」


 スルがそれはもう気まずそうにすぐ近くに立っていた。

 そういえば俺が先に行くから着いてきてとは言ったな……。


 石化したみたいに固まった俺に、メメナが告げる。


「もちろん責任はとるぞ、兄様♪」


 一生メメナには勝てないと思わせるには十分な、小悪魔な笑みだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る