第29話 ただの門番、逆さバニーの真実に気づく

 アヤシ婆に連れられて、俺とスルはバニースーツ歴史博物館にやってきた。

 祭りの喧噪を背中で聞きながら、誰もいない博物館を歩く。アヤシ婆が照らすランタンの光が壁に飾られたバニースーツを妖しく煌めかせていた。


「――ほれ、ここだ」


 アヤシ婆がウサギ石像前で立ち止まる。

 そして石像のプレートを三回押しこむと、石像がズズッと音を立てて滑るように動いた。


「か、隠し入り口⁉」

「そうさ、この下にはバニー村の暗部が納められておる」


 やっぱり完全には歴史を抹消しなかったんだ。

 アヤシ婆はあらわれた隠し階段を降りていったので、スルと目を合わせる。俺たちは息を呑んでから、闇の中へと足を踏み入れていった。


 カツンカツンと、石造りの階段を降りていく。

 地中を掘りぬいた場所のようで壁は土肌がむき出しだった。


「お前たち、ヴァニー様についてどこまで知っておる?」


 アヤシ婆が階段を降りながらたずねてきた。


「伝承で聞いたとおりです。人間を好きになって邪王に反旗をひるがえした、と」

「ふん、都合のよい歴史だよ。……いや、間違ってはおらんか……。ヴァニー様はたしかに人間が好きだった。けれど、ただの好意ではない。いや好意ではあったのだが……」

「好意に違いがあるんですか?」


 アヤシ婆がすこし間をあけてから答える。


「性的に好きだったのだよ」

「えっ⁉ 人間相手って、つまり特殊性癖の持ち主だったってことですか⁉」

「ああ、そのとおりだ」


 それじゃあヴァニー伝承の内容が変わってしまう!

 己の性癖に素直になった魔物の話になってしまうじゃないか!


「ごふっ、えふっ!」


 スルも驚いたのか、俺の背後でむせていた。

 しかし笑いでも堪えるように下唇を噛んでいるのはなぜ?


 まあ今はアヤシ婆の話のほうが大事か。


「ですがヴァニー様は邪王の眷属なんですよね? 邪王とも呼ばれる魔性が特殊性癖の持ち主を眷属にするでしょうか。いえ、特殊性癖を批難するつもりはありませんが……」


 性癖には素直であれ、けれど節度は守れ。

 兵士長の大事な教えだ。


「理由ならばある。自由都市地方には邪王伝承がいくつも残されておるが、どれも禍々しいものだ。まるで『魔性に畏れを抱け』と言わんばかりにな」

「それでしたら」

「それこそが歪められた伝承なのだよ」

「歪められた……伝承?」

「魔性の真実を隠すために歪められた伝承さ。バニー村にも邪王伝承は残っておるが、他とは違っておってな。それこそが真実なのだろう」


 階段が終わり、長い廊下に降りたつ。

 アシヤ婆はこの先にひそむ闇を畏れるように、ゆっくりと歩を進めていく。


「それで邪王の真実とは……?」

「……うむ。邪王もな、特殊性癖の持ち主なのだ」

「邪王も特殊性癖の持ち主⁉」

「人間たちをどうやって弄ぶのか……。ローブで身を隠して同行の士を集めては、夜な夜な猥談をしていたらしい」

「どすけべの集団じゃないですか⁉⁉⁉」


 とんでもない真実だ!

 人間に恐れられた邪王なる存在が、まさかどすけべの集団だったなんて!


「ごふっ‼ げふっ‼ えふっ、えふっ、えふっ‼」


 スルにも衝撃的だったのか、さっきよりむせていた。

 顔面真っ赤で叫びだしそうなのをプルプルと耐えている。衝撃の真実だったからな……無理もない。


 スルが落ち着いたのを見計らい、俺はアシヤ婆に言う。


「……邪王がどすけべなら眷属も特殊性癖の持ち主。矛盾はありませんね」

「なんであれ、我らが助けられたことには変わらんよ。だからこそ我らは先祖代々から眠りにつくヴァニー様に祈りを捧げておるのだが……」


 アシヤ婆はどこか呆れたように言った。

 俺は、そこでピピーンと直感が働く。


「バニースーツは純粋に、ヴァニー様の好みだったわけですね」

「なかなか勘の良い子じゃないか」

「はい、勘はかなり良いほうです」


 俺の背後から『本当かなー?』と視線の圧を感じたが、気のせいだろう。

 なぜなら俺は勘が良いからだ。


「……けれど、わかりません。ヴァニー様への感謝の祭りが、どうして暗部を生みだしたんでしょうか」

「過激化したのだよ」


 アヤシ婆の声には憐憫がにじんでいた。


「やはりな、バニースーツはウケがよい。ウサ耳ぴょんぴょん、お尻ふりふり、見麗しいバニースーツの前にはみんな財布の紐がゆるむものさ」

「もしや、昔のバニー祭りはもっとどすけべだった……と?」

「邪王が生きていたのなら飛んでやってくるだろうね」


 村が滅びるとは言ったのは、よこしまな者がやってくるからだろうか。

 アヤシ婆はすべての答えはここにあると示すように、ランタンを真正面にかざす。


 そこはちょっとした広間になっていて、中央にはガラスケースがあった。


「――さあ、これが逆さバニーの正体だよ」

「これは、マジかあ……‼」「そ、そんな! えーっ……」


 俺もスルも言葉を失ってしまう。


 バニー村の恐るべき闇。

 歴史の裏に葬られた暗部に、目が釘付けになっていた。


「どうだい? お若いの」

「これがバニースーツなんですか……?」

「バニースーツの改良型。逆さバニーだ」

「で、でもだって! こんなの着たら……痴女じゃないですか⁉⁉⁉」


 バニースーツらしきものがガラスケースに飾られていた。


 ないのだ。ほとんど布地が。

 いや手足には布地がある。だが肝心要のボディスーツの部分がほぼ全裸なのだ。乳首と股間を隠しているだけで。


 まるでバニースーツの布地と肌面積を逆にしたみたいに……。


「ああっ⁉ だから逆さバニーなのか⁉」

「そうさ。バニー祭りは過激化して、ついには逆さバニーが生まれた。昔は逆さバニーを見るために貴族が身分を隠してやってきたものだよ」


 アヤシ婆は逆さバニーを懐かしそうに見つめている。

 昔、逆さバニーを着ていたことがあるのだろうか……。


「こ、こんなアウトな衣装……よく怒られずにすみましたね……」

「怒らせたさ」

「へ?」

「祭りだからと許されていたことが、あきらか一線を越えた。しかし金回りはいいものだからやめるわけにもいかず……国の注意を『伝統文化』と跳ねのけつづけだのだ……。けっきょく、風営法で何人もの村人がしょっぴかれてな。免除されていた多額の税も払うことになった。村の治安もかなり荒れたさね」


 逆さ歌の真実って、まさかそれか……。


「この村はな、逆さバニーで滅びかけたんだ」


 なんという闇。なんという暗部。

 まさかこんな真実が隠されていたなんてと俺は愕然としていたのだが、スルが冷静にツッコミをいれてきた。


「旦那、そんな真剣な表情をしなくても。村の恥ずかしい歴史を隠したかっただけだよ」


 ま、まあ、そうだよな。あやうく雰囲気に呑まれかけた。


 アヤシ婆も重々承知なのか呆れた表情でいた。


「こんな場所まで作っておいて、いまさら逆さバニーを復活させようとしておる。村長は『根回しは十分だ』と言っておったが……どうだろうね」

「村長さん……村興しにはりきっていましたね……」

「衰退は悪いことじゃないさ。そうして、新しいものが生まれるものさね」


 責任が強すぎるのも考えものだよと、アヤシ婆は悪態をついた。

 スルは感じるものがあったのか、アヤシ婆の言葉に聞き入っているようだが。


 う、うーん……。村の人たちには大真面目なことなんだろうけど、わざわざ隠すほどのことには思えないが……。まあ血みどろの歴史じゃなかったのならそれでいいか……。


 んんん? 

 つまり、この逆さバニーを今回の祭りで着るわけだよな。


「って、ダメじゃないか‼」


 子供メメナが着たら、いろいろマズイやつだ‼‼‼

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