第28話 ただの門番、バニー本祭りを警備する

 そうして次の夜。

 バニー本祭りがはじまった。


 バニー村はよりいっそうバニーな雰囲気に染まり、出店も増えている。バニー村のお姉さんたちは冒険者や貴族相手に「おにーさん、ちょっと寄ってかないー❤」「キゾクさん、店においでヨー」と呼びこみしていた。


 やはり色街なのでは???


 過度な呼びこみは王都では禁止されている。

 伝統文化なのだとは思うが、その伝統にのっかりつつ、風営法にひっかからないギリギリの範囲で祭りをやっている気がする。


「それにしても……」


 逆さバニーがわからないな。

 村ぐるみで隠して怖れているのはわかる。それほどまでに恐ろしいものなら記録が残っていてもいいのに、ごっそり消えていた。


 言葉の意味を考えれば、バニーを逆さにするのだろう。

 だが逆さをしたからなんだっていうんだ?


 逆さバニー! いったなんだというんだ逆さバニー!


「……旦那、旦那」


 背後からの声にふりかえる。

 民家の陰で、スルがちょいちょいと手招きしていた。


 俺は周りに気づかれないようスーッと近寄っていく。


「スル、なにかわかったか?」

「昔、逆さバニーのせいで村が滅びかけたのまではわかったよ。うちらのばっちゃま世代ならなにか知っていそうだけど……ここいらは若い悪魔族しかいないからね」

「……そうか。ありがとう」

「これぐらいなんともないよ」


 スルは静かに微笑んだ。

 悪魔族の情報網で調べてもらったが仕事が早いな。というか密偵ポジションやけに慣れていない? 色眼鏡でみすぎか。


 しかし、村が滅びかけていたなんて……。

 俺が考えこむと、歓声があがった。人だかりが割れて、大きな道ができていく。


 バニー神輿がやってきたのだ。

 村の男衆がウサ耳ヘアバンドをつけながら神輿をかつぎ、村を練り歩いてきた。


「ぴょんしゃん! ぴょんしゃん! ぴょんしゃんしゃん‼」


 我はウサギ、ウサギなりけり。

 男衆はそう言わんばかりにウサ耳ヘアバンドをぷるぷるとゆらし、「ぴょんしゃ! ぴょんしゃ!」と叫ぶ。


 男衆の勢いにあてられて、村の熱気があがったように思えた。

 いや、それだけじゃない。みんなが熱に浮かされたように神輿を眺めているのは、銀髪のバニー少女の存在があるからだ。


 メメナバニーが神輿にちょこんと座っている。

 ヴァニー様の御使いとして祀りあげられた少女は、祭りの灯りに照らされてそれはもう綺麗だった。


 元々神秘的な美しさを持つ少女だ。

 祭りという幻想的な空間がメメナを一つ上のステージに押しあげていた。


「ぴょんしゃ! ぴょんしゃ!」


 少女こそがヴァニー様の御使いだと、男衆は神輿をえいやと持ちあげる。

 メメナの神秘にあてられた人たちが、ふわぁと感嘆の息を漏らした。見惚れるほど綺麗な子だと俺も心の底から思う。


 メメナは今から森深くのおやしろで、ヴァニー様に祈りをささげる。

 そして相応しい衣装に着替えて、ただ一人のバニーガールとなるのだ。


 ビビット族の儀式を連想するかのような真似だ。俺は本祭りを辞退してもいいと少女に告げてはいたのだが。


『メメナ、調査だからって無理をする必要はないんだよ』

『兄様の力になれるのならなんだってやるぞ。それにこれでもワシは元族長じゃ。なにかあれば一人で対処できる』

『メメナ……』

『それに……どうにもできぬときは、兄様が守ってくれるんじゃろう?』


 信頼の笑みに応えるため、俺はそのとき力強くうなずいた。

 と、俺の視線に気づいたのか、メメナが可憐な笑顔を見せてくれる。


「兄様ー! ワシ、がんばるから見守っておくれー!」


 神輿から笑顔で手をふる少女に、俺は心配させないよう笑顔で手をふりかえした。


 そうして、バニー神輿が去っていく。

 このまま余韻に浸りたいところだが、警戒がうすれる今がチャンスだ。サクラノやハミィには別行動で調べてもらっているが……さて。


 バニースーツ歴史博物館をもう一度調べてみるか。


 記録がごっそり消えるだなんてありえない。逆さバニーが忌むべきものだしても、後世に伝えるためにも記録は大事なはずなんだ。


 俺がそう考えていると、華やかな祭りを台無しにするような声がひびいた。


「――逆さバニーはいかんのだ‼‼‼」


 アヤシ婆だ。

 迫力ある表情で怒鳴ったので、夢気分いた人たちを強制的に現実へと戻していた。


「お前たちは逆さバニーの恐ろしさを知らぬ! あれは……触れてはいけぬものぞ!」


 旅人や冒険者も足を止めて、なんだなんだとアヤシ婆に注目している。

 よくないと思ったのか、ウサ耳ヘアバンドをつけたお爺さんが慌てて駆け寄った。


「アヤシ婆さま……儂が話し相手になりますんで、その話は向こうで……」

「逆さバニーは手を出してはいかんぞ!」

「手を出しません。ええ、手を出しませんとも……」

「村を滅ぼしたいのか!」


 けんもほろろなアヤシ婆に、お爺さんは冷や汗をかいていた。

 アヤシ婆の瞳がギラリと光る。


「わかっているぞ! 口ではそう言うが、逆さバニーの復活を願っておるのだろう⁉ 貴様が村長の言いなりなのは……逆さバニーの復活を仄めかされたのではないか⁉」

「そ、それは……その……」


 お爺さんはわかるぐらいに狼狽する。

 瞳をキョロキョロと泳がせて、罪の意識を誤魔化すように早口で告げた。


「ア、アヤシ婆様、今は大事なときなんだ。大人しくしてもらわなきゃ困るよ。け、警備の人ー……早くきておくれー……」

「貴様!」


 トラブルに発展しかねなかったので、俺が間に入る。


「はいはい。お婆ちゃんー、俺と一緒に向こうに行きましょうねー」

「なんだ若造⁉ 気安くさわるではないわ!」


 アヤシ婆が怒鳴ってきたが、俺はニコニコしながら「話は聞きますよー」とちゃんと聞く姿勢を見せたら、ぶつぶつと言いながらも従ってくれた。


 祭りの人垣を避けるようにして、俺はアヤシ婆を静かな場所へと連れていく。


「まったく! 村がどうなってもいいのか! ……ん? お前、村の者ではないな?」

「はい、俺はただの流れの門番です。……逆さバニーについて教えてくれませんか?」

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