第25話 ただの門番、バニー村の因習に気づく②

 村長の家におとずれて、お手伝いさんに用件を伝えると応接間に通される。

 かなり広めの応接間で、来客用の大きなテーブルにふかふかソファ。壁には高価そうなバニースーツが飾られていた。


 一介の冒険者がどうしてこんな部屋にと、俺は面食らう。

 とりあえず交渉ごとに強そうなメメナとスルには隣に座ってもらい(サクラノとハミィは別ソファ)、村長に用件を伝える。


「――それで、バニー祭りに参加してみたいのですが」


 村長は若い男で、やっぱり頭にはウサ耳ヘアバンドがついていた。

 村長は溌剌した表情で答える。


「ぜひぜひ参加してください! ……今晩の宿はお決まりでしょうか? 私の家には空き室もありますし、よければ使っていただいても!」

「い、いえ、そこまでしてもらわなくても大丈夫です」


 話がトントン拍子で進むってーか、やけに親切だ。

 なにか裏があるのかと勘ぐってしまう。


 と、村長が貼りついたような笑顔で菓子を差しだしてくる。


「ささっ、長旅でお疲れでしょう。村の名物はいかがでしょうか?」

「あの、こちらは……?」

「ヴァニー様キャンディーです」


 バニースーツ姿の可愛らしいウサギの飴細工だった。

 邪王とやらに反旗をひるがえし、人間と共に戦ったヴァニー様は愛らしく象られていた。


 コツンッ、と音がする。

 スルがテーブルに頭をこすりつけていた。


「スル? なにその反応?」

「……おかまいなくぅ」


 甘いものが苦手なのだろうか。

 村長もそう考えたのかヴァニー様キャンディーをテーブルに置き、今度は別のものを差しだしてきた。


「こちらはいかがでしょう? 村名物のパンでして」

「……村長さん、このパンはなにを象ったもので?」

「その昔、この地で悪さしていた邪王を象った……邪王パンです!」

「邪王パン」


 いかにも悪そうな顔つきのパンだ。


 ドゴンッと鈍い音がする。

 スルがテーブルに頭を叩きつけていた。


「スル? ……どういう感情?」

「…………………おかまいなくぅ」


 パンも苦手なのかな。流浪の民で好き嫌いが多いですってのはちょっと大変そうだが。

 スルの妙ちくりんな反応に、村長は慌てたように次のものを差しだす。


「で、では、ヴァニー様チョコレートはいかがでしょう! こちらは甘さひかめとなっておりまして、当たり付きのものがあるんです! 銀のヴァニー様を5つ集めると、特別なバニースーツと交換できるようになっておりまして――」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 いきなり商品紹介をはじめてくるので俺は困惑した。

 と、メメネがうーんとうなったあとで村長にたずねる。


「村興しかえ? 村長殿」


 落ち着きなさいとたしなめるような声色に、村長はハッと我に返った。


 村長は気まずそうに商品を下げる。


「……おっしゃるとおりです。お恥ずかしい」

「なーんも恥ずしがることはないぞ。村のおさともなれば、村の行く末を心配するのは当然じゃろうて」


 メメナは元族長らしく威厳ありげに微笑んだ。

 村長はただただ恐縮そうに苦笑いする。


「……名産とは言いましたが、実はようやく形になったばかりのモノでして。外の人の反応が気になるあまり強引になりすぎました」

「ふむ。バニー祭りは盛りあがっておらんのか?」

「…………昔に比べると、いささか。見物客も少なくなりました」


 重苦しそうな雰囲気はいささかじゃないのだろう。

 村長は責任を感じているのか背中を丸め、ウサ耳ヘアバンドも垂れ下がった。


「おかげさまでバニースーツの需要はあるのですが、バニー村はあくまで職人の村です。村も主要路からは離れていて人の定着率が悪く……若者は王都に移り住みたがります。今はまだ村のていを保っていますが、いずれは……」


 村の様子を見たかぎり、特に廃れているわけではなさそうだが。

 村長として先の先まで考えているみたいだな。なにか言ってあげたいが、俺も自分を変えたくて田舎から王都にやってきた手合いだし……。


 近場に王都があるのなら王都に行くかもしれないか。

 村長は額の汗をぬぐいながら、スルに視線をうつす。


「よろしければですが……。バニー村の名産品を流通させるために、悪魔族の販路をつかわせていただけないでしょうか?」

「え? ど、どうかなあ……」

「ぜひに、ぜひに! どうかご一考を……!」

「……邪王パンはさすがにマズイなあ」

「では邪王木刀! 邪王キーホルダー! 邪王ワッペンなど他にも商品が!」


 スルは下唇を噛み、なんだか笑うのを必死で耐えているようだった。

 悪魔族。避けられてはいるのだろうけど、嫌悪はされていなみたいだな。定住しないのが不気味がられているだけで、相互理解が進めば関係が良好になるんじゃないかな。


 しかしスルの笑いのツボわからん。

 笑い上戸なのかなー思っていると、扉が勢いよくひらく。


「――災いがくるぞおおおおおおお!」


 老婆の絶叫がひびき、俺たちは金縛りにあったかのように固まった。


 な、な、なんだ???

 突如としてあらわれた老婆は、他の村人とちがって祈禱師みたいな恰好だ。それでも頭にウサ耳ヘアバンドはしているが。


 老婆は目玉が飛び出るかのような勢いで村長をにらむ。


「逆さバニーに手を出してはならん‼」


 村長は表情を青ざめさせたが、すぐ笑顔に切りかえた。


「アヤシ婆様、今はお客様とお話ししている最中でして……。あ、この方はアヤシ様と申しまして、村の相談役を担っております」

「逆さバニーに手を出してはいかんのだっ‼」

「アヤシ婆様……その話は終わったではありませんか。手を出さないと……」

「お前は逆さバニーの恐ろしさを知らんのだ! よいか⁉ アレはこの地に災いを呼び寄せる! 逆さバニーはバニーの忌み子よ!」


 アヤシ婆はまくし立てた。


 ……逆さバニー? 

 陰のある少女も歌っていたがいったいなんだ?


 俺が胸騒ぎを覚えていると、騒ぎを聞きつけてお手伝いさんたちがやってくる。

 そして、興奮しているアヤシ婆を強引に連れて行った。


「逆さバニーには手をだすんじゃない! 村に、災いがくるぞおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ……!」


 アヤシ婆の声がだんだんと遠くへ消えていく。

 耳にいつまでものこるかのような絶叫だった。


 俺たちはどう反応すればいいのか困っていると、村長がへりくだったように笑う。


「ははは……みっともないところお見せしましたね。バニー祭りについて村人同士で揉めまして……本当にたいしたことはないのですが」


 たいしたことなのは、その流れる汗で十分伝わってきた。

 バニー村。邪王と戦ったヴァニー様。そして逆さバニー。


 この場でただ俺一人だけが気づいたと思う。

 この牧歌的な村にひそむ、目を覆いたくなるほどの人間の闇を――

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