Sideスル:笑顔の裏

 スルは、今の状況について座りながら考えた。

 深夜の平原に、悪魔族のキャラバンが集っている。焚火の近くでは仲間たちが飯を食いながら馬鹿騒ぎしているが、まあいつものことだ。


 ただ今夜は、その中にココリコがいた。


「不肖ココリコ! 一曲、歌いますわ!」


 生者と判明したココリコがテンション高めに歌いだす。


「生きているとわかったけれど、なーんにもない♪ なーんにもない♪ なーんにもないけど明日がある♪」


 本当に今の今まで迷い狂いの町に囚われていたのだろうか。

 悪魔族より陽気な少女に、スルは呆れるやら感心するやらだった。


 ココリコがキャラバンを見たがったのは単純に、自分たちに着いて行くかどうかを決めるためだったらしい。

 ミステリアス風味の少女は仲間とおしゃべりしてから、こう言った。


『決めました。しばらくお世話になりますわ……!』


 来るもの拒まずな悪魔族だ。

 それにしても馬が合いすぎだと、スルは思った。


 先日加入した双子たちは、少し離れた場所で仲間と料理している。例の門番たちも楽しげに会話していた。


(双子ちゃんはうちから誘ったけど……旦那にしてもさあ。ホントさあ)


 自分なんかのどこに信用できる要素があるのか。

 得体のしれない悪魔族。しかも自分は意図して人を食ったような態度でいる。


 なのに双子は、自分や仲間の話を素直に聞いてくれる。

 ココリコもこのキャラバンは性に合うと言ってくれた。


 助けるつもりはなかったのに、関わってしまったからと半端に手を伸ばす自分。

 裏切り者の悪魔族らしいなと、スルの胸が痛んだ。


「――ココリコの面倒まで見てくれてありがとうな」


 一番の悩みである門番がやってきて、スルは嘆息吐く。


 まさか迷い狂いの町を脱出するどころか崩壊させるとは思わなかった。町が霧に包まれたから監視できなかったが、一応ことの経緯は全部聞いている。


(勘違いで済むレベルじゃないよ)


 スルがジト目で見つめると、門番は首をかたげて隣に座った。


「俺になにか言いたいことがあるのか?」


 しまった。いかにも文句があるように睨んでしまった。

 けど今さら取り繕うわけにもいかないかと、スルは口をひらく。


「……旦那、ちょっと迂闊に信用しすぎだよ」

「? アリスとクリスも良くしてもらっていると言っていたけど」

「それは……ちゃんと面倒見るつもりで……。そうじゃなくてさ。うちら、流浪の民で有名な悪魔族なわけで……」


 声が消え消えになってしまう。

 これじゃあなにか隠し事があると言っているようなものだと口をむすぶ。居たたまれなくて、逃げ出したい気持ちを堪えた。


 さすがに門番も困ったように頬を掻いていた。


「スルは……悪魔族は灰色の地点グレースポットを渡り歩いているんだよな」

「基本的にはね」

「住みたい場所はなかったのか?」


 スルは黙ったままでいようと思った。

 けれど、門番の素朴でまっすぐな瞳に隙ができる。


「…………約束なんだよ。絶対にやぶっちゃいけない約束」


 スルは楽しそうに騒ぐ仲間たちに視線をやる。

 自分が守りたい景色を見つめながら、少しずつ語っていく。


「大戦時、うちらの先祖が魔王側についたってのは知っているよね」

「ああ」

「うちら悪魔族は魔性に近い存在、どの土地でも良い顔されなくてね。だから先祖様は

「……魔王についた条件ってのは」

「悪魔族だけの土地がもらえる約束だったんだよ。さすがに世界の半分じゃないけどね」


 スルはご先祖への恨み節を吐こうとしたが、やめた。

 気持ちは痛いほどにわかるからだ。


「旦那。うちらの先祖は魔王や……魔王に類する存在と約束を交わした。その約束は子孫末代にいたるまで消えることが誓約なんだ。……悪魔族はね、強大な魔性と誓約した代わりに『彼らの願いが成就するまで、永住できない呪い』にもかかったんだよ」


 儀式の中でもとりわけて強制力の高い『血の祝福』が種族全体におよんだ。

 もちろん、血の祝福は一方的なものじゃない。双方合意あってのことだ。それに夜の闇に強くなったりもしたが、刻まれた誓約は強い。 


 特に悪魔族の族長……まとめ役となるものは血の祝福が色濃く反映される。


 スルが、そうであるように。

 門番は似たような呪いを聞いたことがあるのか思案顔でいた。


「……だからさ旦那、迂闊に信用すると大変だよー?」


 スルは話を終わらせようと、いかにも悪そうな笑みをつくった。

 そんなスルの笑みを、門番は迷いなく受けとめる。


「それはスルを? それとも悪魔族を?」

「? 旦那、それはどういう……」

「なあ、昔の悪魔族のままってわけじゃないんだよな」

「……そりゃまあ、いろいろありましたし」

「スル。俺はさ、楽しそうだと思ったんだ」


 門番は隣に座りながらスルと同じように悪魔族のキャラバンを眺めた。

 新しく加入したココリコが、仲間と共に馬鹿笑いしながら歌っている。


「楽しそう? いつもの馬鹿騒ぎだよ」

「うん。ココリコも、アリスもクリスも、居心地良さそうにしている」

「なにが言いたいわけさー」

「俺は門番だから……市井をよく見ていたから思うんだけどさ」


 本当に門番だったのか怪しいものだがとスルは思う。

 そんな彼は優しげに微笑んだ。


「楽しい居場所を作るのは大変なことだよ。それを守ることは……もっとすごく大変なことだ思う。今の悪魔族が楽しげで、居心地よく騒げているのならさ。それは、影で誰かががんばって、支えている人がいるからだと思う」

「それがうちって言いたいわけ?」


 トゲのある声で言った。

 はずんだ声になっていないか、スルはちょっと心配になった。


「君が仲間を見守っているのがよく伝わるよ」

「……別に。ほっとけないだけで」

「そんな人がみんなのまとめ役ならさ。俺は……迂闊に信用できる理由になると思うんだ」


 そっけなく返さなければ。

 でなければ彼の言葉が耳にするりと入って、心に染みわたってしまう。


 本当に、ただの門番なのかもしれない。どこにでもある普通のことを、すごく大切にしている人なのかもしれない。

 スルは自然にそう思った。


(こんな機会で会いたくなかったな……)


 スルは表情が崩れかけたが、意地でも悪そうに笑ってやった。


「ふーん。そ? いつか痛い目をみるね、旦那は」


 悪魔族の誰かがやらなければいけないのなら自分がやるしかない。

 三邪王のことも、奴らの企みも、仲間たちは知らずにいいことだ。

 なにかあればすべて自分が責任を負えばいい。


 そうやってスルは、悪そうな笑みにすべてを隠した。

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