第22話 ただの門番、町の終焉を見届ける
ヴィゼオールの完全消滅をたしかめたので、俺はロングソードを鞘に納める。
迷い狂いの町の霧が晴れていき、夜空がだんだんと明るさを取りもどす。
朝焼けだ。
夜明けにはまだ時間があったはず。町が別空間にあったからなのか時間の経ち方が違っていたのかもしれない。正しい時間を取りもどしたようだ。
同時に、町の崩壊もはじまった。
すべては砂のごとく、さらさらと溶けていき塵となって平原に飛んでいく。
町も、死者も、初めからなにもなかったかのように消えていった。
ただ一人、町の住人であったココリコだけが取りのこされていた。
安らかに逝った死者たちを想っているのか、心あらずで立ち尽くしている。
「どうして……朕は……」
彼女からは強い生命力を感じていた。
他の死者とちがって意識があったのもあるが、タフというか、根っこのところがぜんぜん死に囚われていなかった。
生きている確信はあったが、なぜココリコだけなのかはわからない。
俺が不思議がっていると、メメナが説明する。
「この町にかけられていた術。おそらくじゃが、死者だけでは成立せんかったのじゃろう。それだけでは冷たき死が町を侵すだけ……。強き生……生きとし生ける者の存在で、死の一歩手前という不可思議な状態を保っていたようじゃ」
「朕は、
「じゃろうな。……術で死んでいると勘違いさせていたようじゃが」
ココリコは自分の両手をまじまじと見つめた。
自分の体に流れる息吹を感じているのだろう。
俺は彼女が思いつめないように優しく声をかける。
「ココリコ、勘違いは誰にだってあるさ」
「貴方がそれを言いますか?」
うんまあ、今回は派手に勘違いしてしまったが。普段はそんなことはないんだ。
と言いたいが、目を伏せた彼女になにも言えなくなる。
ずっと死者と思っていたのに、自分だけが生きていた。ココリコの胸に去来する感情は、俺なんかが計り知れるものじゃない。
が、ココリコは拳を高々とあげた。
「っしゃーーーーーー! 朕、自由ですわああああああああああああああ!」
ですわーですわー、と平原に歓喜の雄たけびが木霊した。
ココリコは「ざまあみさらせ、あの紫ガス! 最後はぶざまに散って清々ですわ!」と大はしゃぎ。
俺が呆気にとられていると、メメナがこしょりと告げてきた。
「術を成立するための生者じゃが……。おそらく、生半可じゃへこたれない者が選ばれたのだろうな」
「……死に負けないぐらい能天気ってこと?」
「有り体に言えばな」
メメナはおかしそうに微笑んだ。
ココリコはひとしきり騒いだあと、ふっと儚げな表情になる。
今度は作った表情ではなくて、塵となった死者を悼む顔だった。
「みなさんをきちんと手向けます。貴方たちにはお世話になっていて恐縮ですが……お手伝いいただけませんか?」
「もちろんだ」
断わるなんて選択肢はなかった。
それから平野を歩きまわり、俺は綺麗な花畑を見つける。
花畑で一番見晴らしのよい場所に、まずハミィが巨石を運んできて、サクラノのカタナで文字を刻んでもらい、最後にメメナに魔物よけのまじないをかけてもらった。
そうして、慰霊碑前で俺たちは黙祷する。
ココリコは膝をついて、時間をかけて死者たちへ祈りを捧げていた。
「今度こそ安らかにお眠りください……。朕もいずれまいります……」
あくまでしばしのお別れだと、死者と過ごしていた彼女らしい言葉だった。
長らくそうしていたが、ココリコは勢いよく立ちあがる。
「さあ! 儚きココリコ! 新たなる人生の始まり……でございます!」
少女のまぶしい笑顔が青空に映える。
つい数刻前まで死者をしていたとは思えないほど、カラリとした旅立ちとなった。
というわけで俺たちは平野を歩いていたのだが。
「なにもありませんわね……。素寒貧でございます」
ココリコはあっけらかんと言った。
あてはあるのかと聞いたら、この返事だ。
生家も塵となって消えてしまい、先立つものはなーんにもない。本当に着の身着のままの旅立ちなわけだから、俺のときより過酷な旅立ちだろう。
「困りましたわねー……。司祭様はとうにお亡くなりになっているでしょうし……」
ある意味では時を超えたようなものだ。
ココリコはそれでもお気楽そうだが。
「魔王が滅んで……この地は冒険者のメッカなのでございますよね……?」
「自由都市地方はいまだ未開の地が多いからね」
俺は真の魔王が存在するのは伏せた。
「んー……朕も冒険者に身をやつし、華麗に世界を旅するのも面白そうです……。ですが自伝を公開して、人気作家になるのも悪くありませんわね……」
前向きすぎて、世の中を楽観視すぎている気もする。
双子たちは世間知らずで心配だったが、ココリコもこのまま一人にさせるにはちょっと心配だ。
どうしたものか考えていると、サクラノが低く唸ってカタナを抜く。
「何奴だ! でてこいっ、でなければ斬る! そうでなくても斬る!」
「待て待て待て⁉ 誰かいるのか? ……うちの子が血を求めだす前にあらわれて欲しいんだが」
俺はサクラノをなだめながら言う。
すると、近くの岩場でガサリと物音がした。
「……ど、どうもー。旦那たち! 可愛い可愛いスルちゃんだよー!」
悪魔族のスルが笑みをひきつらせてあらわれた。
俺はちょっと面食らう。
「スル? どうしてここに?」
「旦那たちに町の調査を任せっぱなしも悪いなーと思って、やって来たわけ!」
「隠れていたのは?」
「女の子にそーゆーことを聞くのはよくないよ! 旦那!」
そう言われるとなにも言えない。
たたでさえ仲間のメンツは女子ばかりだし、迂闊な空気は作りにくい。
「それで旦那。大丈夫だった……みたいだね」
「ああ、迷い狂いの町ってところに捕まっていてさ。もう大丈夫だ」
「ま、迷い狂いの町? あの噂の?」
「心配することはないよ。町は滅んだし、もう誰も囚われることはない」
「迷い狂いの町が滅んだ?????」
スルの声がひっくり返った。魂が抜けたみたいに放心している。
俺が目の前で手をふっても全然反応ないな。どうにか意識が戻ってきたようだが、目を泳がせまくりだ。
一応。簡単にでも経緯は説明しておくか。
「――と、いうわけなんだ」
「えっとぅ……」
スルは言葉に困っているようだ。
無理もないか。ゾンビや怪奇現象を古代遺産の暴走だとちょっぴり……ほんとちょっぴり勘違いしていたなんて驚きだろう。
誰にでも勘違いするときがあるさ。
俺がそう言う前に、ココリコが口をひらいた。
「貴方……悪魔族ですよね?」
ココリコの瞳には警戒がにじんでいる。
「う、うん。うちは悪魔族だけど……それがどったの!」
「いえ……ずいぶんと仲がいいなと思いまして……」
悪魔族と仲がよいとおかしいのだろうか。
そういえば、悪魔族は大戦時に魔王側についたんだったな。迷い狂いの町は外と隔絶されていたみたいだし、今の事情はよく知らないか。
「スルは良い子だよ。悪魔族も気持ちのいい子ばかりだし」
「旦那? そ、そう面と向かって言ってもらえるのは、なかなかに……」
恥ずかしいのか、スルは俺から目をそらした。
そして目をそらしたまま、ココリコに告げる。
「えっと……君は、昔の人なわけだよね? い、一応説明させてもらうけどさ。うちら魔王側についた罰として、定住できない流浪の民になったわけで……。な、なんの言い訳にもなってないけど、昔の悪魔族とちがうわけでさ!」
スルはちょっと辛そうに笑った。
一族の者として弁明しにくい部分があるのだろう。俺がフォローをいれる。
「悪魔族が派手に悪さをしているって話は聞かないよ。俺の知り合いも悪魔族のキャラバンでお世話になっているし、そこまで警戒する必要はないよ」
「だ、旦那ー……。や、やだな……。そう簡単に信じちゃダメだよう……」
スルは照れ隠しなのか、声が細くなっていた。
俺たちを黙って見つめていたココリコは、意を決したように告げる。
「貴方たちのキャラバン……。見せてもらってもよろしいでしょうか?」
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