Sideココリコ:夢の終わり
ココリコは路地裏に隠れながら戦いを見守っていた。
常にうっすらと霧がかかり、死者のうめき声が子守唄代わで、日常的に怪奇現象が絶えない。一度迷いこんだら絶対に逃げることができず、数百年前は恐怖の象徴として君臨していた町。
その迷い狂いの町が、終焉を迎えようとしていた。
優しい光が煌めく。メメナの魔導弓だ。
「
光の矢が無数に枝分かれして、ゾンビたちの心臓を穿つ。
いつも苦しそうにうめいていたゾンビたちは安堵の声をあげて、ゆっくりと塵となって消えていった。
なおも迫りくるゾンビたちをサクラノが斬る。
「狡噛流! 魂噛み‼」
ゾンビたちがふらりと倒れていき、なにもわからない表情で安らかに逝った。
おそらく目にも止まらぬ高速の突きだ。
本当に強い。ヴィゼオールを倒したのもうなずける強さだとココリコは思う。
そのヴィゼオールは子供みたいにわめいていた。
『ぐぞうぐぞうぐぞう‼ こんなはずじゃ! お前たちを恐怖に陥れて……死にもがく様子を見物するはずだったのに……! もうめちゃくちゃだ!』
でしょうね、とココリコは思った。
数百年前にも町に強者が迷いこんでくることはあった。
だがヴィゼオールが演出する恐怖には形無しで、いくら強者であっても死に侵されていく。魔術師の集団が町を別空間に封印するまで対処不可能とされていたぐらいだ。
ヴィゼオールがわめくのも当然だ。
奴からすれば尊厳をむちゃくちゃにされたに等しいのだ。
(本当にむちゃくちゃすぎますわ……)
門番一行は怪奇現象に怯えもせず、あろうことか『古代遺産のせい』と言いはった。強がりでもなんでもなく、本当にそう思っていたのだから信じられない。
サクラノは常日頃から死に心を置いている。
メメナは対死霊に強い。
そして門番とハミィがあまりにも能天気すぎた。
そのおかげで迷い狂いの町に呑まれることはなかったのだ。
本来ならば倒しても蘇るゾンビが安らかに昇天していっている。町を破壊しはじめた効果もあったのだろう。
(ふふ……本当に騒がしい。でも生きるってこういうことでしたね……)
生前は好んでミステリアスキャラを演じていただけに、いつしかそれが自分の性根だと勘違いをしていた。
自分がどんな人物であったかココリコは久しく思い出していた。
迷い狂いの町はもう終わる。
静かな静かな狂乱の日々は、お馬鹿な人たちの手で終わると確信した。
『ちいいいっ! こいつら揃いも揃って強すぎる‼ 悪夢みてーだ‼ ど、どうする……このままじゃあ……!』
ヴィゼオールは大焦りしていた。
もはや死を司る魔性としての威厳なんてない。
そもそも大がかりな仕掛けで術を維持していたみたいだし、ヴィゼオールそのものは強くないのだろう。
『⁉ ふひひっ……‼ ココリコ、そこに隠れていたのか‼』
「え? きゃっ⁉」
途端、自分の体が宙に浮いた。
紫のガスがまとわりついて、通りまで引っぱって来られる。ココリコはもがいたが脱出できず、サクラノたちに見あげられていた。
『お、お前たち! こいつがどうなってもいいのか⁉』
ココリコは気丈に叫ぶ。
「……かまいません! 朕はすでに死んだ身! 気にせず戦ってくださいませ!」
『ふひひ! 無駄無駄! 人間はこの手に弱いからな!』
サクラノがカタナをかまえる。
「では遠慮なく!」
「朕は一度死んだ身でございますが……! 心の準備がちょーーーっぴり必要なのでございまして……!」
わかったーと素直に従ったサクラノに、ココリコは安堵した。
『こ、こいつら常識がなさすぎてイヤになるぜ……。だが今度こそ! 正真正銘オレ様のターンだ……!』
ヴィゼオールは恐怖をたっぷりお見舞いしてやる。
そう意気込んでみせていたのだが。
「そこまでだ!」「……そ、そこまでよぅ!」
場に明るい声がひびき、ヴィゼオールは『もういやぁ……』とうめいていた。
門番とハミィだと、ココリコは視線をうつす。
二人は通りでババーンとかっこよさげに立っていた。
ハミィはゾンビからちゃんと立ち直ったみたいで、いやそれも意味はわからないが、とにかく赤面したままモジモジしている。
門番もなんだか照れている様子。
二人のあいだに流れる悶々とした空気にココリコがいぶかしんでいると、メメナが喜色の声をあげた。
「兄様たち! ヤッたのか⁉」
二人がボッと赤くなる。
メメナは羨ましそうにキャッキャとはしゃいだ。
「ずるいぞーずるいぞー。ワシも混ぜて欲しかったぞー」
「メメナにはまだ早いって……ち、ちがうやってない! 生の実感を与えるために刺激を与えていただけで……!」
ワタワタした門番に、サクラノが冷たい声をとばす。
「師匠、つまり戦闘時にそれ相応のことはしたと……?」
「き、緊急事態でいろいろとさ……!」
「なんじゃサクラノー。一緒に混ざりたいならそう言うんじゃよー」
「わ、わ、わたしはそういうことが言いたいわけでなくて⁉」
サクラノも真っ赤になってワタワタしはじめた。
ラブラブでコメコメな桃色空間に、ついにヴィゼオールが泣きをいれた。
『ふざけんなよおおおおおお……! なんだようもおおおおおお! ここからってところだったのにようううう……!』
門番が慌ててキリリと真顔になる。
「死を司る魔性ヴィゼオール! 俺はお前をゆるさない!」
『いまさら遅いんだよ⁉ 恐怖ってのは段取りが必要なんだ‼‼‼ お前たちアホのせいでもうそんな空気微塵もねーーーーじゃねえか!』
「……死を司る魔性ヴィゼオール! 俺はお前をゆるさない!」
『言いなおしても一緒なんだよ⁉ ぐぞおおおおお!』
ココリコはとても胸のすく思いでいた。
死を司る魔性ヴィゼオール。
奴が演出する恐怖に囚われた者たちのことを思うと、最高に滑稽な末路だ。
『せ、せめて、こいつだけでも……!』
ヴィゼオールはガスを操って、人質を突きだした。
ココリコは宙に浮かびながら彼らを見つめる。
「朕もろともやってくださいませ……!」
本心だ。嘘じゃない。もう覚悟はできていた。
お馬鹿な原因で死に……死の町に縛られつづけてきた。魂が永劫に囚われたままだと思っていたのに、こんなワチャワチャした空気で終われるのならば文句がない。
生前は果たせなかったが、みんなに囲まれて楽しく逝くのが願いだった。
ココリコは根から明るい女の子だった。
「朕は死んだ身でございます……! さあ今度こそ遠慮なく……!」
門番が困ったように眉をひそめた。
「……ココリコ、君は生きているぞ?」
「は?」
生きているとはなんぞや。
死んだから町に囚われたのになにを言っているのだろう。勘違いが得意そうだし、またなにか勘違いしているのだと少女は思った。
いや、あるいはだが。
「もしや……朕に生きる希望を持った感じで、明るく逝けと⁉」
「え……」
「そうおっしゃりたいのですね⁉」
「いや……」
「わかりました! 超ハッピーな来世に期待しながら逝きますわ……!」
ココリコはどうぞどうぞと胸を張った。
門番はちょっと頬をかきながら、ヴィゼオールと対峙する。
「よーし、いくぞー」
『人質……意味なかったかあ……。うぐぐぐぐ……オレ様が……死を司る魔性ヴィゼオールが……こんな、こんな……ゆるい空気の中で滅ぶのか……』
「必殺! 門番……なんとか斬り!」
『うぉい⁉ せめて必殺技ぐらいちゃんと――』
飛ぶ斬撃が放たれる。
斬撃はココリコを綺麗に避けて、ズバシューといい感じでヴィゼオールにめりこみ、そして紫のガスは霧散していった。
ココリコが地面にぽてんと落ちる。
周りでどうしたらいいのか困っていたゾンビたちも、支配者であったヴィゼオールが完全消滅したことで、安らかに、だんだんと塵となっていく。
ココリコも死出の旅先案内人としての覚悟を決めた。
「ああ……ついに朕も夢から覚めるのですね……」
最後の最後だ。
それはもう、ミステリアスに儚く散ろう。
ココリコはここ一番の演技力を発揮する。
「旅のお方……。朕を、このココリコという儚き少女の存在を、どうか、どうか……。心の片隅にでも記憶してくださいませ……」
うっとりと感情をこめながら、熱量たっぷりに儚き少女っぷりを見せつけよう。
――そうして、彼女がいつまで経っても塵にならないなと気づくのは、演技をはじめて10分後になる。
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