第20話 ただの門番、ホラーだと気づく②

「うー……。ハミィ……ゾンビになっちゃったー……」


 突然のハミィゾンビ化。俺もサクラノもメメナも、周りのゾンビも、なんならヴィゼオールも啞然としていた。


 なんで、どうして、どういうこと⁉ 

 思いこみか⁉

 思いこみかー……で、俺は納得できたがココリコが騒いでいた。


「なんですのなんですの⁉ どうしてゾンビに⁉ 平気だったんじゃないのですか⁉」

「たぶん、思いこみで……」

「たぶん⁉ 思いこみ⁉ ふざけてます⁉」


 これぽっちもふざけてないが、どう説明したらよいのか。

 この世界には思いこみで実力が変わる子がいて、肉体的素質は本当に優れていて、ゾンビ化を防いだのも突然ゾンビになったのもぜんぶ思いこみのせいで……。


 ダメだ! 事実なのに事実に聞こえない!

 当のゾンビ化ハミィは虚ろな瞳でうめいた。


「うー……うー……」

『ふ、ふひひ? よ、よくわからねーがゾンビ化したみたいだな? そうだよ! これがオレ様のやりたかったことなんだよ! ふひひひひひひっ!』


 ヴィゼオールはこことぞばかりに高笑った。

 ハミィはどっぷり思いこんだようで、周りが騒がしいのに正気に戻らない。サクラノもメメナもかなり動揺したようで、武器を手に固まっている。


『さあっ、ここからは恐怖の時間だあああああ!』


 ヴィゼオールが紫のガスを勢いよく広げてきた。

 と、ゾンビハミィが街灯をむんずと引っこ抜く。そして紫のガスに向かい、思いっきりぶん投げた。


『ぎゃひ⁉』

「ハミィはゾンビー……。めちゃくちゃ暴れる存在ー……」


 ぶおんっと突風が巻き起こる。

 街灯はヴィゼオールを突き抜けると、奥の民家を貫いた。

 それでもなお勢いが止まらないのか、民家の向こう側でドッゴンドッゴンと貫通する音が聞こえてくる。


 衝撃がすさまじすぎたのか、数軒の民家がガラガラと倒壊した。


「ハミィはゾンビ……ゾンビだからー……」


 パワーが桁違いにあがってないか???


 最近はサクラノと特訓しているみたいだが、その成果だろうかと視線をやる。サクラノは勢いよく首を左右にふっていた。知らないらしい。

 沈黙したヴィゼオールをよそに、ハミィはぶつぶつとつぶやく。


「ゾンビは肉体の枷を壊す……。だから……普通の人でもめちゃ強い……。今のハミィはリミッターが外れた状態……」


 そう思いこんでいるわけな⁉


 いかん! 魔術と思いこむだけでもあれほどのパワーなんだ!

 リミッターが外れたなんて思いこみでどこまで強くなるか見当もつかない!


 ハミィがふらりと歩いた。それだけなのに、とんでもない圧だ。

 彼女を制すればこの場を支配できると察したか、ヴィゼオールが先手を打つ。


『お、おい、女! ゾンビになったからにはオレ様の命令に従ってもらうぞ!』

「うー……?」

『オレ様がお前のご主人様だ! さあ、ゾンビらしく暴れやがれ!』

「うん……。ハミィ……ゾンビだから暴れまわる……」


 ハミィは熱にうなされたよう再度街灯をひきぬく。

 そしてまたも投げ飛ばして、民家を派手に壊した。


『ちょ、待て⁉ もう町は壊すな! 聞いているのか⁉』

「うー……ゾンビは制御不能だからー……」

『や、やめろって! ほんとやめろって!』


 町を壊しはじめたハミィに、ヴィゼオールが慌てふためていた。


 ……なんだ? 焦りすぎじゃないか?


 たしかに、自分の住処が壊れるのは困るだろうが、自分が攻撃されたとき以上に焦っている。それに民家が倒壊したとき……奴の存在がかすかに希薄になった。


 そこで俺はピピーンときた。

 いつもの信頼できる直感だ!


「メメナ! ちょっといいか! 聞きたいことがある!」


 固まったままのメメナに呼びかける。

 すると少女は余裕の笑みを返してくれた。


「なにか気づいたのか? 兄様」

「ああ。すまない、ずっと勘違いしていたみたいだ」

「ええんじゃよ。いつものことじゃしな」


 いつものこと?

 まあそれは置くとして、すぐに余裕を取り戻すのはさすがだ。本当に頼りになる。


「メメナ。もし、この町が奴の不死性に関わっているとしたら?」

「ふむ?」

「この町自体が、巨大な術式の可能性はあるかな?」


 ヴィゼオールの不死性。

 古代遺産だと思っていた怪奇現象。

 死ぬことのない死者たち。


 町が死に侵されているのではなく、町が死に侵されない術式の形をしていたのだとしたら。町の規格が統一されていたのも気になっていたんだ。


「兄様、それはありえるな。いや、正解じゃと思う。……それ!」


 メメナは光の矢をヴィゼオールに放つ。

 そう見せかけて、民家の屋根を派手に破壊した。


 ヴィゼオールはダメージを食らっていなかったのに『ぐっ!』とあきらかに焦っている。


 当たりだ!


『こ、こんなはずじゃなかったのに……! くそう……! し、死者ども全員集まりやがれ! こうなったら総力戦だ!』


 ヴィゼオールの号令に従い、青白い人たちがわらわらと通りに集まりはじめる。

 人垣となって迫りくるゾンビっぽい人の群れは、本当はゾンビだったとわかった今、かなりの迫力だ。


 俺はメメナに告げた。


「メメナ、この場を任すことができるか?」

「うむ。死者に安らかな眠りを与える弓術は心得ておるぞ。実家でその手のが湧くでのう」


 そういえばメメナの故郷では骸骨軍団が湧いていたな。

 俺はサクラノに視線をやる。


「サクラノ、もし戦いにくいようなら……」

「問題ありませぬ、師匠! 体を傷つけずとも殺すすべは学んでおります! 彼らに甘き死をさずけてやりましょう!」

「……そうか!」


 実社会でそのすべは使わないでくれよ!


 ココリコには隠れるよう指示をだそうとしたが、「朕は隠れておりますー」とすでに路地裏にいた。驚くべき生存本能の高さだ。


「師匠はどうするおつもりですか?」

「この状況を逆に利用する!」


 俺はゾンビハミィの前に踊りでる。

 ゾンビハミィは暴走をやめて、俺をねっとりと見つめてきた。


「せんぱい……?」


 思いこみの強い彼女が一度思いこんだのなら、なかなか修正できないだろう。

 ならば! ここはゾンビ化を利用したほうがいい!


「ハミィ! 俺は魔術師だが……実は、祈祷師でもあるんだ‼‼‼」


 祈禱師とは東のほうにいる術師だ。なんでも死霊系とよく戦うらしい。

 俺はそれっぽい動きで両手をわちゃわちゃと動かして、呪文っぽいものを読みあげる。


「モンバンバンバン、モンバンバン、モンバンババン、モッバッバ! モンバーーーー!」

「うー……あー……?」

「これでハミィは一時的にちょうぶく? えっとサクラノ……あってる? ……よし、チョウブクされた感じのものになった! ハミィは俺から離れることができない! さあ、ついてくるんだ!」


 いけるか……いけるか……いけるか……。

 と、ハミィが俺に向かって歩いてきた。


 いけた!


「ハミィ……ゾンビでちょうぶく? されたからついていくー……」

『待て⁉ ど、どこにいきやがる⁉ あーもう、めちゃくちゃだよ‼‼‼』


 ヴィゼオールの情けない声を背に、俺は駆けていく。

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