第19話 ただの門番、ホラーだと気づく①

 ココリコの家をあとにした俺たちは、町の通りを歩いていた。


 陽は傾きはじめ、長い影が伸びている。

 もうすぐ夜だ。


 あのあと『ヴィゼオールの支配に怯える、哀しき朕の日々』という手記を読ませてもらったが。正直、話を盛った感がいなめなくて途中で読むのをやめた。


「嘘ではありませんのに……。話はちょっと脚色しましたけど……」


 ココリコは性根がバレてもミステリアスな雰囲気を崩そうとはしなかった。

 たぶんこの調子で、この町にタフに生きていたのだと思う。


 いやもう亡くなっているのか?

 日記は昨日今日で準備できるものではないだろうし、風邪と食べすぎてこの町に囚われたのは本当なのかもしれない。

 だけどココリコから強い生命力を感じるんだよなあ。


「って、ハミィ。前を見ないと危ないぞ」


 街灯に頭ごとぶつかりそうになっていたので注意する。ぶつかったところで街灯のほうがへしゃげるとは思うが。


 ハミィは気づいて避けたが、なんだか浮かない顔をしていた。


「……どうしたんだ? ハミィ」

「う、うん……。ちょっと、考えごとがあるの……」


 ハミィはそう言って、誤魔化すように笑った。

 ココリコの家をあとにしてからずっとこの調子だ。悩みごとだろうか。仲間には遠慮なく頼って欲しいのだが。


「――兄様ー。みなの衆ー」


 と、通りの奥からメメナとサクラノがやってきた。

 二人には別行動で町を調査してもらっていたのだが、苦笑いしているところを見るに、成果はかんばしくないようだ。


「二人ともお疲れさま」

「うむ、兄様たちもお疲れじゃ。それで、なにか進展はあったかえ?」

「……特に変わったところはなかったなあ」


 俺はココリコを一度見てから言った。

 彼女の変わったところをは見つけたが、けっきょく収穫らしい収穫はない。ヴィゼオールの悪さについてはわかったが、すでに倒したあとだしな。


「二人はなにか気づいたことはないか?」


 俺の問いに、サクラノはううむと眉をひそめて答えた。


「…………古代遺産の暴走には何度か出くわしました」

「古代遺産の暴走、そんなに頻繁に起こっているのか」

「師匠、本当に古代遺産の暴走なのでしょうか……いいえ、古代遺産の暴走ですね」


 サクラノは自分に言い聞かせるように言った。

 そういえばピアノや食器が暴走したとき、ココリコに襲いかかっていた。あんなことが頻繁にあったら危ないんじゃ。


「なあココリコ、古代遺産の暴走はよく起きるのか?」

「怪奇現象でございますよ……? そうですね……そう起きるものではありませんわ……。朕が狙われるようなことも……」


 昼間の件、ココリコにも予想外のことなのか。


 ……もしかして、俺はなにか勘違いをしているのか?

 ヴィゼオールを倒しても町から出られないでいる。古代遺産の暴走頻度もあがっているらしい。なにか根本的なところでズレている気がする。


 町を包む霧もいつまで経っても晴れないでいた。


 一度情報を整理するか。

 俺はひとまず宿に戻ろうとしたのだが、ボッボッボッ、と街灯がつぎつぎと灯った。


「な、なんだ⁉」


 仲間たちも突然の異変に警戒する。


 街灯が俺たちの影をさらにうすーく伸ばしいき、民家の窓に明かりが灯った。


 すると今まで存在しなかった人影たちが窓に映り、楽しそうにくるくると踊りはじめた。

 窓に映る人影たちは、クルクルクルクルと一心不乱に踊る。


 そして、クスクスクスクスと、笑い声も聞こえてきた。

 笑い声はだんだんと増えていき、まるで合奏のようにクスクス、クスクス、クスクス、と通りに声が満ちあふれる。


 そこで俺の直感がピピーンと働いた。


「そうか! わかったぞ‼‼‼」


 仲間たちの「はじまったかな?」という期待に満ちたっぽい瞳と、ココリコの「なにがはじまったのですか?」という疑問の瞳に応えてやる。


 そうっ!

 すべての謎が……今、解き明かされる!


「この町で起きる不可思議な現象! 喜ばせすぎようとした結果なんだ! この笑い声は住人をめいっぱい楽しませるもので! 夢と希望に満ちあふれた笑顔の絶えない――」

『ちげーよ‼‼‼ 恐怖演出だとわかれや‼‼‼』


 どこかで聞き覚えのある声が通りにひびいた。


 俺たちは声の方角……紫の炎が灯る街灯を凝視する。

 紫の炎はゆらゆらと燃えていたのだが、もはや耐えきれないといったばかりに荒れ狂うように燃えはじめた。


『せ、せっかく気配を殺してたのに……! 我慢できずに叫んじまったじゃねーか! 古代遺産の暴走ってアホか! くそう!』


 そして、紫の炎が爆ぜる。

 チリチリになった火花は、ガスとなって集まりはじめる。


「まさか……ヴィゼオールだと⁉」


 俺はロングソードを抜き、空中のモンスターを見据えた。

 倒したはずのヴィゼオールが苛立ったように紫のガスを蠢かしている。


「馬鹿な⁉ 手ごたえはあったのに⁉」

『はっ! オレ様は死を司る魔性ヴィゼオール! そう簡単にくたばるか!』

「狡噛流! 梳き噛み‼」

『ぎゃあああああ‼‼ ……だ、だからまだオレ様が話しているだろうが!』


 サクラノが無形斬りをけしかけてガスは霧散したが、すぐに集まった。


 ちゃんとダメージはあるみたいだが……。

 それにしてはしぶといな。


『いいか⁉⁉⁉ オレ様が話す番だからな⁉ ……よしっ! くひひっ! オレ様は死を司るゆえに不死身なのだ! ぎゅああああああああああ⁉⁉⁉』


 俺とサクラノとメメナで一斉攻撃をしかける。

 紫のガスは散り散りになるのだが、すぐさま元に戻っていく。


『う、うぐぐ……! な、なんて奴らだ……いっこうに話を聞きやがらねえ……!』


 ヴィゼオールは苦しそうだが、またも再生した。

 ダメージはあるみたいだが、なんだか死にそうな気配がない。 

 本当に死を司る魔性なのか?


『く、くひひ……無駄だぜ? この町でオレ様は倒すことは不可能だ。なにせは死に侵されている! 死の概念が狂っているのさ!』


 あの口ぶり、ハッタリというわけじゃなさそうだな。音をあげるまで1万回ほど斬りつけてやろうか考えていたのだが。


 息を呑むような声に俺はふりかえる。

 ハミィが、唇まで青くなっていた。


「や、やっぱり……ここは迷い狂いの町なんだわ……」

「ハミィ?」

「じゃ、じゃあ……死者が集うのも本当で……。古代遺産の暴走なんかじゃなくて……。町の人たちも本当はゾンビだったのなら……」


 ハミィはゾンビに噛まれた痕をこわごわとさする。

 そして、ガクンと意識が失ったかのように頭をさげた。まるで死後硬直にあったかのように立ったまま固まってしまい、動かなくなる。


「ハミィ……? ハミィさん? ハミィ? ハミィ?」


 俺はイヤーな予感がして何度も呼びかける。


 もし、思いこみが強すぎるゆえにゾンビ化を防いでいたのだとしたら。

 もし、思いこみが強すぎる子がゾンビだと正しく認知したのだとしたら……。


 仲間も彼女に心配そうに近づいていく。

 そして、ハミィはうつろな表情で顔をあげた。


「うー……。ハミィ……ゾンビになっちゃったー……」


 ハミィは可愛らしくゾンビ化した。

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